第5話
月が水面に映るとナイアードは蛙にお礼を言って右手の道を進みました。
今までと違い多くの人間が歩いて踏み固められた道が確かにあの人に続いているのだと感じました。
振り返ると夜の闇と女神の白銀の光。
気が付けばナイアードがいた森はもう見えません。
自身が知る小さな小さな世界を一つの森という世界が覆っていました。
その世界の外側はまた別の世界がありました。
嗚呼……私の世界がない。
見上げるばかりの揺らいだ小さな世界がナイアードの世界。
ふと込み上げてきたのは懐かしさと恐怖でした。
自身を包む冷たくも優しい泉の水が懐かしい。
囀る小さな鳥の声が懐かしい。
喉を潤した動物たちが懐かしい。
とても、遠くへ来てしまったように感じられました。
もうあの世界に帰れないような気がしました。
前を見ても夜の闇と女神の白銀の光。
追い掛けてしまってよかったのだろうか。
進んだ道は間違っていなかったのだろうか。
ナイアードは独り立ち尽くしました。
闇と光と水のせせらぎが覆う。
自身が選んだ道は誤っていなかったのかと問い掛けます。
会って、どうしたいのかと問い掛けます。
嗚呼……それでも……。
ナイアードは歩きだしました。
懐かしさは恋しいけれど。
誤りであるとも分からなくても。
先の答えが分からなくても。
ナイアードは歩むと決めました。
水に定まりはない。
流れるままに形を変え、色を変え、熱を変え。
それでも変わらないものがある。
世界が遠くても、今も世界を思い出せるから。
誤りだとしても、それを選んだ私は私だから。
ただ……無事な姿を見たいから……。
一つの思いで流れましょう。
私の流れを。
ナイアードは人の足で歩きだしました。
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