第2話

 かさり、と草を分けると人が現れました。

 ぼろぼろのローブを纏った青年です。

 金色の髪に碧の瞳をした青年は顔に火傷の跡があります。

 他にも傷を負っていました。


 青年は周りを一度見回してから泉に近づきます。

 そして、緑を映す泉を覗き込むと皮の手袋を外して水をすくい上げました。

 澄んだ水を一度見つめてから口に運び、飲み干します。

 それを数度繰り返し喉の渇きを癒しました。


 ふと、青年が泉の中心……その底に目をひかれました。

 僅かに揺らめいた水面の奥。

 何もない其処が異様に揺らいで見えました。


 揺らいだそこは揺らめき方を変えて競りあがり、水面に突き出てきました。

 そして緑の髪に翡翠の瞳をした少女の姿を形作りました。


「ニンフ……否、ここならばナイアードか」


 青年は擦れた声で少女を泉の精霊ナイアードの名称で呟きました。

 ナイアードは揺らぐ翡翠色の瞳で青年を不思議そうに見ています。


「人間は初めてか。この国境の――まして道を成すには不向きなこの地のこんな小さな泉では仕方あるまいな。嗚呼、だが……」


 青年は碧の瞳を眩しそうに細めました。


「それ故に、こんなに美しい姿をしている」


 細められた碧に映されたナイアードは静かに青年に近づきます。

 青年は僅かに身を硬くして様子を見ます。

 ナイアードは青年の眼前まで近寄ると青年の火傷を負った頬に触れました。

 先ほど触れた泉と同じ水の冷たさを持つその手は何処か心地よく、青年は目を伏せました。

 こぽこぽと音が聞こえ、薄く目を開くとナイアードの唇が動いていました。

 水面に消える水泡のような音がナイアードの声などだろう。

 青年がそう思うとナイアードは手を放して微笑みました。


 何を笑うのだろうか。

 そう思案すると違和感を覚えました。

 頬に指先を触れさせると痛みがありませんでした。

 ごく最近にできた火傷は触れればまだピリッと痛みを伴うはずにも関わらず。


「お前が……癒したのか?」


 青年は思わず問い掛けるとナイアードは微笑むばかりでした。

 純粋無垢な子供のような微笑みで。


「すまない。礼を言う」


 青年もまた微笑みで返すとナイアードの周りはパシャパシャと跳ね回りました。

 それが喜びを表しているように青年には見えました。


「無邪気なものだな。だが、あまり迂闊に人には近付かぬ方がいい。人はお前を捕えるかもしれぬ」


 青年が忠告を告げるとナイアードはそれを理解できないのか首を傾げていました。

 青年は地に置いた皮手袋を付けなおしながら続けます。


「人は愚か故、異物を好まぬ。それが例え時に神に仕えるものであるとしてもだ」


 立ち上がり、ローブを払うと隠れていた傷だらけ身体を晒しました。

 ナイアードの瞳が大きく開きました。


「まして、プロドティスの私には容赦はない。……邪魔をした。心優しきナイアード。せめてお前に害が及ばぬ様に私は逃げよう」


 凛とした低い声音は何処か優しく水面に波紋をもたらしました。

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