6.感謝してもしきれない二人

 春から着ている制服は、大きめのリボンが付いていて可愛らしいです。普段着よりもおしゃれに見えるので、お出かけにもこれを着ていきたいくらい。かなり気に入ってます。


「立花さんおはよー」

「おはようございます。今日はいつもより早いですね」

「朝練早めに終わってさ。そのまま部室いてもよかったんだけど、立花さんいるかなーと思って覗いてみたんだよ」

「え、わたしになにか用事でもあったんですか?」

「立花さんが考えてるような用事はないかなー。ただ話したかっただけだよ」


 教室では、他愛ない会話が絶えません。あまりお喋りは得意ではないのですが、それでもなかよくしてくれる人ばかりで、友達と呼べる方もいます。


「だめだった?」

「いえ、嬉しいです。ぜひ、お話させてください」

「やったー! じゃあ、えっと、昨日の夜にさ、おいしそうなスイーツのお店を見つけたんだけどさ……」


 今度お店にスイーツを食べに行く約束をしたり、こんなかっこいい俳優さんがいるんだよと教えてくれたり。ちょっと前までまったく興味なかったことですが、最近はそんなお話をするのが楽しみになっています。


 勉強が少し得意なので、休み時間や授業中の自由時間に教えたりしています。それもあって、クラスメイトとの交流が増えてきました。定期的に試験があるので、それが近づいてくると大賑わいです。


 今日は何もすることがないので、授業が終わってまっすぐ部室へと向かいました。


「立花さんって放課後はいつもここに来てるの?」

「うん、一応部長だから。それに、最近は宮里くんたちがよく来るから、鍵開けないとと思って」


 友達は部活に行ってしまうので、放課後は決まって文芸部の部室に来ます。週に数回、宮里くんと葵くんのどっちかが前触れもなくここを使うのでちょっと困ってます。──ここに来てくれるのはものすごく嬉しいのですが。


「あーごめん。じゃあここに来る前に職員室に鍵取り行くことにしようかな。その、勝手に使うのはどうかなと思うけど」

「職員室行くの面倒くさくない?」

「使わせて貰ってるんだし、それくらいは大丈夫だよ」


 と、宮里くんは言いますけど、良い解決法はないかな。

 悩んでいて、そういえばと思いました。


 ただ、それを言うのは少し恥ずかしい。勇気がいります。いまさらという感じなので、余計に言い出しにくい。


 ふと、宮里くんの隣に座る葵くんのほうを見てみました。なるほど、何を考えているのかよくわかりません。


 そう思いましたが、葵くんは呆れたようにぶっきらぼうに言いました。


「……連絡先、交換すればいいんじゃないか」

「あ、そっか。僕がここを使いたいときに連絡して伝えればいいだけか」

「無駄足にならなくて効率いいだろ」

「んーでもそうなったら」


 宮里くんは申し訳なさそうに言いました。


「かなり頻繁に立花さんにメッセージ送ることなるけど迷惑かからない? 大丈夫?」


 やっぱり、宮里くんは優しい人です。少々、他人に気を使いすぎてる気もしますけど、わたしは美徳だと思います。


「こっちからも頻繁に送るので、お相子ということで」

「うん、お相子で」


 SNSのアカウントを教えあって、わたしの数少ない友達リストの中に宮里くんが追加されました。嬉しい。


「葵は交換しなくてもいいの」

「だってもう知ってるし」

「友達にストーカーがいるなんて知らなかったよ」

「前に教えて貰ったんだわ」


 葵くんとは、この前、宮里くんたちと再会した数日後くらいに交換しました。突然のことだったので、かなり驚いた記憶です。


「ところでさ、文芸部ってどんな活動してるの」


 課題の休憩中、宮里くんは言いました。


「実はあんまり決まった活動はなくて、文化祭で文芸誌は出さないとなんだけど、まだまだ先のことだから」

「じゃあ、本を読むくらい?」

「最近はそうかな。学校によっては、もっと足を使って調査に出かけることもあるらしいって聞いたよ」


 活動の方針はそのときの部員や顧問の先生によっても変わってきます。運動部とは違って大会に出場することはしないし、文芸誌さえ出せば活動は自由だそうです。


「なんだ。てっきり、また小説の賞を取るために頑張ってるのかと思ってた」

「え、えっと、それは……」


 意表を突かれました。

 まったく書いていないと言ったら嘘にはなります。ただやっぱり。


「あんまり成果が出なくて」


 また、ちょっと前の自分に戻ってしまいそうになったけど、なんとか踏ん張れているのは、人生が彩られてきたからでしょうか。


「そっか。なら今度読ませてよ。

 めっちゃ面白かった! って言えるかはわからないけど、また前みたいに読者目線で感想言えると思うし。なにより、立花さんの作品をまた読みたい」


 また読みたい。そんな何気ない読者からの一言は強く胸を打ちます。宮里くんはこういうことを平気で言うのです。誰の影響でしょうか。


「うん。今度書いたのを送るね」

「俺も読ませてよ」

「わかった。ありがとう」


 ありがとう、宮里くん、葵くん。あなたたちのおかげで、わたしは今日も頑張って生きていけそうです。


 この2人には、感謝してもしきれないのです。

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