オレはもうダメかもしれない

右中桂示

ダメかもしれない

 朝の通学路。静かな冬の空気を歩いていたら、バタバタとうるさい足音が追いかけてきた。

 そして背中に、冷たい感触。


「よっ、あーかーや!」

「……っ! ……なにすんだよっ!」


 思わず声を荒らげ振り払う。襟から冷えた手を突っ込まれたせいだ。


 そんなしょうもない悪戯をしたのは同級生の女子の、福田いのり。

 太いフレームの眼鏡に、うねった髪。制服スカートの下にはジャージ。

 男子みたいなノリが面白くて、よく一緒にいる。


 にししっ。と歯を見せて笑った福田は悪びれずに肩を叩いてくる。


「まーまー赤也。そんなに怒るな。なんなら同じ事してもいいんだぞ?」

「……う、っるせえ」


 オレは遊びに付き合わず適当にあしらった。口ごもったのを誤魔化すように、内心がバレないように、そのままズンズンと先を進んでいく。


 ……ふう、危ない危ない。危機一髪。よく堪えたオレ、と自分を褒める。

 もう少しで「可愛い好きだ」と口走るところだった。




 男友達と同じような感覚で一緒にいた福田への気持ちを自覚したのは最近。ただの友達じゃなくて異性としての意識から離れられない。

 今の関係から変えたいとも思っている。

 でも、今は受験に向けた大切な時期。

 告白しようものなら、成功失敗どっちに転んでも影響が出る。

 告白するなら、合格してからと決めた。

 死亡フラグみたいな気がして嫌だが、こっちの方がマシ。

 だからそれまでは隠し通ないといけない。



 だというのに。



「隙ありっ」

「うお!」

「ししっ。やっぱり面白い声出すよな」

「かっ……いい加減にしろ!」


 福田は懲りずにまた冷たい手で首筋に触れてきた。ニヤニヤと人の悪い笑み。子供みたいにふざけているだけなのに目が離せない。

 内心は驚きとは別の意味でバクバクだ。


 ダメだ可愛い。

 見た目だけじゃなくて、指の感触とか、近いとなんかいい匂いするとか、色んな理由でドキドキしてくる。


 意識してから余計に可愛く思えてきた。

 あのジャージも可愛い。

 本当にそうか? そうだ。

 もうなんでも可愛い。


 息を深く吸って吐いて、冷静になるよう努力する。

 その様子を怪しく思ったのか。

 福田は下から覗き込むようにして聞いてくる。

 だからあんまり近付くのは止めて欲しい。


「……なんかここ最近変だよな? どうした」

「そりゃ受験が近いからな」

「な訳ないって! 遊んでばっかのあんたが勉強気にするとか!」

「人の事言えねえだろ」

「いやあ、あたしは成績いいからなー。じゃあ勉強教えたげようか?」

「別に要らん」

「あー。そっかそっか。あたしに見惚れちゃって集中出来なくなっちゃうか。じゃあ仕方ないなー」

「う……んんんっ! んな訳ねーっ、て……」


 うっかり口が滑りかけたところを、全力で否定した。

 危なかった。ギリッギリの危機一髪。いや、少しかすったかもしれない。

 でも一応セーフ。だよな?

 チラッと見ると、福田は真顔になってオレを見つめている。


「は? なにその反応……え、まじで……? 最近変なのも……?」


 おい待て。考えるな。それ以上はダメだ。

 本当にギリギリ。こうなったら無理矢理にひっくり返す。


「いやっ、いきなり変な事言うからビックリしただけだって。もうふざけんなよ!」

「だ、だよな!? ははははは……」


 二人で裏返った大声を出して、おかしくなりかけた空気を誤魔化す。


「じゃ遅刻しないように急がないとなー」


 福田はバッと振り向いて早歩き。棒読みの台詞を吐いて、逃げるように去っていく。

 その背中はぎこちない。厚着から唯一見える耳は真っ赤だ。

 いつもふざけているのに、こういう話題には弱い。


 そんなだからオレは……


「あーもう、可愛いなあ! 好きだ!」

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