#そして葵樹と柊晶は出逢う
葵樹はその日、「カナリア」の革張りの椅子に腰掛けていた。「カナリア」という名の通り、店内は暖色の光で満たされ、柔らかな金色が静謐な空間を包んでいた。
彼女の前には、深い紅を帯びたワインが置かれている。
彼女の心は、そのワインの色の如く、複層的で深遠なものがあった。
男性としての自己像に対する渇望、女性としての外見に対する葛藤が渦巻いていた。 柊晶はもその運命の晩、友人に誘われるままに「カナリア」を訪れていた。
彼の歩みは、誰もが羨むパーフェクトな男性美の体躯を有しながらも、その内に秘めた女性である自分との葛藤により、心に重くのしかかっていた。
店に入るや否や、彼の目はライブラリーラウンジの隅に静かに座る、ある人物に引きつけられた。
二人の視線が交錯し、まるで時間が一瞬停止したかのようであった。
二人は瞬時に理解した。
お互いがお互いの「理想像」であることを。
そしてお互いが悪魔が着せた鎧の中に囚われた魂であるということを。
◆
私、柊晶は衝撃的な交錯を体験した。
私の目はたった一人の存在に釘付けになった。
彼女? いや、彼? の名は葵樹と言った。
その人は、私が永遠になれない理想の女性像であり、憧憬の塊だった。
私の理想、私の願望、私の内側に秘めていた憧れの全てが、葵樹の中に映し出される。
彼女の線の美しさ、彼女の美しい声、彼女のすべてが、何とも言えず私の心を捉えた。
彼は女性としての外見を持ちながら、男性としての魂を秘めており、その葛藤が私自身のもののように痛みとなって私の心奥深くに響く。
なぜなら、私もまた同じだからだ。
男性の体を持ちながら女性の心を秘め、世間の目を避けながらただ一人で理解を求めている。
女性としての優雅さを夢見、それでいて世界は私を男としてしか見ようとはしないのだから。
「君は、ここの常連さんかい?」
私は男を演じて葵樹に尋ねた。
その何気ない挨拶が、私たちの間の壁を崩し、私たちの魂が願ってやまない繋がりを築くきっかけとなった。
葵樹は「たまにね。ここの静謐さが好きなの」と答え、その口調に含まれていたのは理解し合える者同士の間に生まれる、安堵の共鳴だった。
私たちは紅を帯びたワインを囲みながら、夢中で語り合った。
男性の肉体に宿る私の女性の感情は、女性の外見に男性の心を秘める葵樹と共鳴し、孤独な闘いを感じる心が、少しだけ救われたような気がした。
私は、葵樹に自分の鏡像を見た。
彼は、女性でありたい私の欲望を体現してくれる存在。
彼の中には私が追い求めてきた憧れの理想が凝縮され、それが私には眩しいほどに輝いて見える。
そしてやがて、彼と私は親密な交流を始めた。
◆
私、葵樹は、心の中で激しい鼓動を覚えた。
その日、ぼんやりと透明なワイングラスを眺めながら、今日も誰も知ることのない男性としての自らを秘めていた。
そこに不意に晶は現れた。
彼の存在は一見、完璧な男性の塊でありつつ、しかし彼の中には、私が持たざる繊細さ、それは女性の如きまろやかな感性を秘めているのに気がついた。
彼に対する私の憧れは、彼が持つ全てが私のなりたい理想であり、同時に彼を男性として深く嫉妬してもいる。
あの夜、彼が静かに近づいて「君は、ここの常連さんかい?」と訊いてきた瞬間、私の心の中に潜んでいた男性の精神が、柔和な印象の中にも存在感を示している彼の声に反応した。
彼の問いに対して私は女を演じて応えた。
「たまにね。ここの静謐さが好きなの」
そう言った私の中で、すでに肉体を超えた魂の対話が始まっていた。
柊晶は私にとって、ただの他人ではなく、混乱した自我を静かに受け入れてくれる理解者だった。
彼は私の内面に潜む苦悩と葛藤を誰よりも理解することができる数少ない存在で、彼が感じる孤独と渇望を私も同じように感じていた。
彼と私、男性の肉体に女性の魂を秘める私と、女性の肉体に男性の魂を秘める彼、私たちはこの世界で絶えず違和感を抱え、理解されずに生きてきた。
しかし、その夜、互いに自己を映し出し合い、魂の奥底にある共感と理解を深めていったのである。
私たちは言葉を交わすだけでなく、さらに深い絆を築いた。
彼の書く文章から私は、彼の抱える女性性、そして私の内に秘める男性性が、繊細ながら強固な個として共鳴することを学び取った。
私たちの会話は、長い時間をかけて綴られた文学のように、繊細で濃密なものだった。
言葉にはできない心の交流があり、私たちは心の中で深く、静かに微笑みあっていた。
その夜、私たちはお互いの魂がぴったりと納まる場所を見つけ出し、真に自由になることができた。
「カナリア」での出逢いは、私たちの心の中に新しい意義をもたらし、新たな物語の始まりを予感させた。
そして、私たちはお互いに適した肉体で新しい夢を見続けるだろう。
一夜の奇跡が、私たちの日常に息吹を吹き込み、二人の未来が永遠に続いていく。
それは、魂が肉体を超える、真の理解者としての絆を抱いているのだ。
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