第25話 昇級試験

 庭師が階級を上げる方法は二つある。

 ひとつは、実戦でエダの討伐数を一定以上獲得し、上官の推薦を得ること、もうひとつは、二年に一度行われる昇級試験に合格すること。

 ヤマトは前述の方法で、星堕ちをしてからも順当に階級を戻していた。罪人であるヤマトが一等星まで星を戻せるのかは明確にされていないが、ヤマト自身は二、三等星までは戻れるだろうと踏んでいる。それだけ現場で動ける上級の庭師の数が少ないのだ。

 庭師の大半は銅星止まりだったし、そこで命を落とすことが多かった。経験浅い銅星の期間を生き残り、銀星、金星に昇級してなお現場に留まる庭師は多くない。そして銀星になろうと金星になろうと、死ぬ時は死ぬ。這い上がり、生き残った者は政府から下級庭師の管理に時間を割くことを求められ、現場から遠ざかる。管理者としての役割と、現場を駆けまわる役割の双方を担っているのは、ヤマトが知っている限りではアララギとスサノオくらいだ。

 タオの出現、エダの発生で命を落とす庭師は一向に減らず、現場で指示する金星銀星も数が増えず、心身の消耗を回復させる間も無く出動し、疲労から判断ミスをしてエダに命を取られたり、心を病んだりする者が増加している。

 その疲弊した金星銀星の補充を兼ねての昇級試験なのだ。

「俺を監視員に?」

「そうだ。元一等星の銀星六等星サンよ」

 ヤマトは面倒臭そうな顔をする。それを見て、上官であるアララギは口の端を片方だけ上げて、手にした書類を軽く叩いた。

「お前は若いからな。他の星をどの現場に送り込むか管理するのはまだ早い。しかし管理以外の仕事なら幾つか任せてもいいだろうと言うのが上のご意見だ。まぁ諦めてちぃと手伝ってくれ」

 一等星だった頃も、14歳の少年だったヤマトには、管理の仕事は任されていなかった。ただただエダを屠ることだけを望まれていた。それから罪を犯し5年が過ぎ、階級を銀星まで戻した今なら、多少の仕事を任せられると判断されたのだろう。罪人ひとごろしにエダ討伐の仕事以外を任せていいのかともヤマトは思ったが、それだけ人員が足りないのだ。先週もまたエダの大量発生が起き、そこで銀星5人が死んだ。自分はその穴埋めだ。

「昇級試験の監視員って、どんなことするんですか? 俺、昇級試験受けたことないんで分かりませんよ?」

「監視員は会場のトラブルを収めるのが仕事だ。昇級試験自体は試験官が目を光らせている。マニュアルもあるし、顔馴染みも多いからどうにかなるだろう」

 要は現場に行って体で覚えろということなのだ。ヤマトは嫌味の一つでも言おうとしたが、外から響いた「失礼します、会議のお時間です」の声に遮られた。

 ヤマトは渋々、椅子から立ち上がった。


 昇級試験は、『都』の端で行われる。

 試験は金銀銅の星ごとに区別され、そこから更に細かい階級に分けられる。試験内容は上級の庭師との模擬戦。銅星は通常の長さの木刀、銘のある刀を所持している金星銀星は、その刀と同じ長さの木刀を渡され、試合に挑む。勝負は3回。先に2勝した方が勝ちである。挑戦者が勝てば昇級し、負ければ討伐数をこなさない限りその年の昇級はない。試験官は金星が8名、銀星が10名、銅星が16名。そして試験会場全体を監視員が見て回る。昇級試験の緊張から他の庭師と喧嘩をする者、試験官への賄賂を行い昇級の便宜を図る者、それらを未然に防ぎ、起きた場合には迅速に処理する。

「めんどくせ……」

 ヤマトは試験会場の入り口で悪態をついた。隣に並んだオトタチバナがこちらを見る。ヤマトと同じく、監視員として招ばれたらしい。監視員の腕章が左腕に巻かれていた。

「ヤマト六等星、そんなこと言ってるとまたアララギさんに叱られますよ?」

「おっさんはエダ退治に行ってるから聞こえやしねぇよ」

「誰かに告げ口されるかもしれないですよ」

「構うもんか。もう慣れてる」

 星堕ちをしてから、他の庭師が上官たちに有る事無い事吹き込んでいるのは日常茶飯事だ。上官たちもその悪意を承知しているので、信頼している庭師以外の報告は無視しているようだ。実際、ヤマトは反抗的なのは口だけで、与えられた任務をさぼったり、喧嘩もこちらから先に手を出したりはしてこなかった。14歳で一等星になり、華々しい戦果を上げていたヤマトを目障りに思い、星堕ちをしたのをいい事に告げ口をする庭師も多かったが、告げ口の内容が偽りである事を見抜いていた庭師もそれなりにいるのだ。

 会場内はヤマトの予想より賑やかだった。試験を受ける者、その応援に来た者、試験官、監視員。剣戟と歓声。自分の命がかかる資格(この表現も引っかかる)の試験だというのに、どこかスポーツ観戦のような軽い印象を受けた。

(こんなもので星を上げるのか)

 ヤマトは憮然とした。いっそ昇級をエダの討伐数だけにすればいいのにと思いつつも、それだけでは金銀の庭師の数が足りなくなるのだとは分かっていた。しかし、こんな和気藹々とした試験で、本当に大丈夫なのか。命のやりとりがある戦場の、その昇級を、こんな温い試験で行っていいものなのか。ヤマトがそこまで思っていると、会場の一端から大きな声が聞こえた。

「そんな腕で金星になれると本気で思っているのか」

 声のした方を見ると、赤い巻き髪の青年が見えた。ドイツから来た庭師の最年少のトラウトだ。左腕に試験官の腕章を巻いている。日本にいる庭師を差し置いて試験官としてこの場にいるということは、上から相当信頼されているのだろう。トラウトの前に、若い男が蹲っている。男の顔を確認すると、ヤマトにしょっちゅう皮肉を言っていた四等星の銀星だった。男は悔しそうにトラウトを睨んで吠えた。

「試験で本気なんか出すなよ」

「お前は手加減されて昇級したいのか。ここで本気を出さずに戦場で本気が出せるのか?」

 3本勝負に全て負けたらしい男は、クソッタレと叫んで落とした木刀をトラウトに投げた。赤毛の青年は素手で投げつけられた木刀を受け止め、男を見下ろす。

「さっさと去れ。次の挑戦者の邪魔だ」

 銀星の男は、怒気で顔を赤くしながら去った。

「オト」

 ヤマトは隣で様子を伺っていたオトタチバナに声をかけた。

「あの男を見張ってろ」




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緑青のタオ 東 友紀 @azumayuki

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