第24話 非日常な日常
「ヤマト六等星! 今度はあのコースターに乗りましょう!」
花のような鮮やかな笑みを向けた女性が、ヤマトを誘う。桜色のワンピースがふわりと舞った。
ここは都でも屈指のアミューズメント施設で、中央に近い分、タオやエダの襲撃の可能性も少ない。
だからか、ヤマトの周囲の人たちの表情は、不安ひとつない顔をしている。ように、見える。
他人の心なんてわからないものだ。自分の心すらわからないときがある。ましてや、自分が情報を引き出そうとしている彼女が、今どんな気持ちでいて、情報を引き出すためにデートに誘ったと知ったらどういう顔をするか。ヤマトは空恐ろしくなってきていた。
事は遡ること3ヶ月前。妹のユキの前でオトの話をしてしまったことから始まった。
お兄ちゃんに恋する人!? どこの誰なの!? えっ、あの家系の人らしいの!? それって逆玉の輿じゃない! 付き合っちゃいなよ! タオに恨みとか憎しみ持ってない人の方が珍しいって!
いくら興味がないと言っても、自分からオトのことを話題に出してしまった時点で、ユキ的には兄はオトと言う女性に興味あり脈ありなのだと思ったのだろう。まぁ興味はなくはないが、それは恋愛ではない。断じて。
そう強調すれば、じゃあ情報収集すれば好意的な面も見つけられるんじゃないのかな、といつの間にか背後にいたタカクラにトドメを刺された。わー、今度休日2人が重なるように申請してね! とユキは自分の事のようにはしゃいだ。当日着る服を買いに行かなきゃね。このままでもいいだろう。制服でデートする気? ヤマト君、乙女心をもうちょっと勉強しないと。
とまぁ、なんだかんだでユキとタカクラに押されて、オトに今度の休みを合わせて遊びに行かないかと誘ったのであった。無論、オトは二つ返事でそれを受けた。頬を薔薇色に染めて。ヤマトは滅多に抱かない罪悪感を抱いていた。オトに対する情報は欲しい。しかしそれはデートではないのだ。
新しい服も買い、無事に休日を合わせた2人が中央部のアミューズメント施設にやってきたのは、秋も深まる11月。屋外の遊具が多いからか、さほど混み合ってはいない。タオやエダの襲撃のストレス緩和として作られた施設だが、本当にストレスを緩和して欲しい人々は都へは入れない。
ヤマトは庭師として特別通行証とアララギが最近もぎ取ってくれた施設利用証明証があるのでこの付近まで近づけるが、都のものでも下層部の銅星庭師たちはここまで入ってこれない。
「どうしました?」
のろのろと歩を進めているヤマトを、オトは首を傾げて見つめていた。邪気のない目だ。
「いや、ここは初めて来るから、どれも珍しくてな」
「じゃあ、いろいろどんどん乗りましょう! チケットは一日中遊べるものですから、ナイトパレードを見て帰りましょうか」
「いや、乗り物はもういい。それより腹が減った」
日没が早くなったとはいえ、日暮まで彼女と一緒にいるのは自分には無理だとヤマトは感じていた。情報を聞き出したら、適当に言い訳を作ってさっさと帰ろう。
「そうですね、お昼ももう結構過ぎちゃいましたし……。あ、あのお店はいかがですか? バーガーのイラストが描かれているから、きっとヤマト六等星も満足できるお食事ができるんじゃないかしら」
オトはヤマトの返事を待たずして、その店に向かった。
「今度の改正で星堕ちも通常の庭師と変わりない待遇が受けられるようになってよかったですね」
「アララギのおっさんが奮闘してくれたみたいだな」
この店で一番大きなバーガーを頼み、大口を開けてかぶりつこうとしていたヤマトが答えた。この半年間で、星堕ちの自分の待遇はかなり改善されたのだ。元金星一等星ということも理由の一つだろう。元金星に単独行動を強制して命を落とす方が損失はでかい。とアララギは常々愚痴っていた。これからは(というより少し前からだが)任務を1人でこなすことはなくなった。
「これでヤマト六等星と同じ任務に着く回数が増えるといいなぁ」
「……一つ聞くが、なんでそこまで俺にこだわる? 命を救った恩人だからか?」
夢見る瞳でこちらを見つめているオトに、ヤマトは尋ねてみた。
「それもありますけど、星堕ちしてもなお庭師に喰らいつくその根性が気に入りましたの。大体、罪を犯した庭師は退職するでしょう? そこがいいなぁって」
オトはオレンジジュースを一口飲んで、微笑んだ。
「俺が星堕ちしてまで庭師を続けているのは罪滅ぼしのためだ。あとはまぁ、庭師以外の職にありつけるとは思えなかったし。才能がないからな」
大人でも苦戦するであろう巨大なバーガーを、ヤマトは6口で食べ終えた。気を使うし、慣れない服を着ているし、何かとエネルギーを消費していたらしい。
「罪滅ぼし?」
「弟を殺した庭師を殺すために庭師になった。復讐を終えたら生涯庭師として生きていこうと決めていたんだ」
「まぁ」
ここで初めて、オトは表情を暗くした。花のような笑顔が曇ったことに、ヤマトは意外にもどきりとした。これから、今以上に表情を曇らせる事を言うのだから。
意を決して、ヤマトは本題に入った。
「あんたはなぜ庭師になった。俺についてくるためか? それとも家のためか?」
オトタチバナから感情が消えた。
ヒヤリとした空気が流れた。晩秋の涼しさのせいではない。周囲の賑やかな声も、遠くなったような気がした。
「私は、私の意思で、庭師になりました。ヤマト六等星のこともありましたが、自ら進んで、庭師になりました。家は関係ありません」
のっぺりとした、抑揚のない機会的な声音で、オトは答えた。
「タオを恨んでいるのか?」
「はい」
ヤマトの問いに、暗い瞳で返事をした彼女は、先ほどとは打って変わって、殺し屋のような雰囲気を滲ませていた。
「タオは。必ず仕留めてみせます」
呪詛を吐くように、オトはつぶやいた。
これは、過去の自分だ。弟の仇をとるために、庭師になった時の自分。そのころの、憎しみしか知らない自分。
どうにかして彼女を憎しみから救いたい。
いつの間にか。ヤマトはそう思うようになっていた。
「オト。一緒にタオを屠ろう」
その言葉を聞いた途端、ぱちりとオトの瞳に感情が戻ってきた。
「まぁ、まだ
「私と一緒に戦ってくださるのですか?」
オトがヤマトの両手を握ってきた。バーガーを食べたばかりの手はベタベタだったが、彼女は構わないようだ。
「オト、手が」
「構いません、あなたと一緒なら、油でも血でも汚れていたって全然平気です」
表情が戻ってきた。いや、先刻以上にキラキラと輝いているようだった。
「私、頑張って一等星になります。その時は、一緒に肩を並べて戦いましょう」
バーガーの油まみれの手に口づけされ、ヤマトは何かが変わったことに気づいた。
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緑青のタオ 東 友紀 @azumayuki
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