第23話 人生と彼女について
ヤマトは自分の所に戻ってきた愛刀をじっくりと眺めていた。綺麗に手入れをされた刀を握っていると、まるで昔からいた友人と握手をしているような感覚を覚える。鋒から刃紋へと視線を移し、傷ひとつない美しい姿を見つめる。
「まほちゃん、お手入れから帰ってきたんだね」
350ミリリットルのスポーツドリンクのペットボトルを両手に持って、ユキが近づいてきた。脚の運びは以前よりもずっと滑らかで、義肢とは一瞬分からないような動きを再現している。
銀星に戻ってから、配給品のレパートリーが増え、配給される物の数も増えた。このスポーツドリンクも銀星になってから入手できた物だった。
「ああ、これでまた仕事ができる」
ヤマトは丁寧に刀を納め、ユキからスポーツドリンクを受け取った。アミノ酸とミネラルが補給できる単純な飲料だったが、庭師のヤマトにはありがたい配給品だった。
「お兄ちゃん、仕事ばっかりじゃなくて、少しは遊んだり好きなことしていいんだよ?」
滑らかな体重移動でソファがわりのベッドに腰掛け、ユキは言葉を続けた。
「私を養うのに頑張ってくれるのは嬉しいけどさ。私も自分のお仕事あるし、タカクラさんからお給料もらってるし、好きなものも買ってるんだよ。お兄ちゃんも自分の人生を私に割きすぎないで欲しいな」
「お兄ちゃんだって筋トレと読書が趣味なんだぞ」
妹のお小言を神妙な顔で聞いていたヤマトは、そっと反論した。
「それだけじゃなくて。もうちょっと仕事以外に興味を持って欲しいの。お洋服とか、お友達とできるスポーツとか恋とか」
興味。全く無い。
人生の大半は弟の復讐に費やしてきたし、妹を守るので精一杯だった。それら以外に目を向ける心の余裕なんてなかった。
そりゃあ今は復讐も果たしたし、妹も自活できる年頃になり、懐と時間にゆとりができるようにはなったが。
庭師の仕事は、いつ発生するか分からないエダを狩ること。
誰が庭師でも、その責務は変わらない。
そしてヤマトはその責務を生涯遂行していこうと復讐を終えたときに誓っていた。
だから自分の人生は庭師として一体でも多くのエダを屠ることにあると思っていた。
そんな中、妹に趣味を増やせ人生を豊かにしろと説教されるとは思ってもみなかった。
庭師の仕事以外、自分の人生を考えたくなかったのかもしれない。おそらくそうなのだろう。他人を見ているとなんと煩雑に生きているんだろうと思っていたから。
ただ、恋という言葉を聞いて、とある女性の顔を思い浮かべた。あわてて頭を振って思考の中から追い出そうと試みる。
彼女は単なる同僚で、コードネーム上の妻というだけだ。
オトタチバナ。
花のような明るい笑顔が脳裏に再生される。
─ 彼女はエダに強イ憎しみを抱いているナ
そしてシュルツの言葉も。
自分には関係ない、気にせずいようと思っていても、心のどこかに引っかかっているのだ。あのはにかむような笑顔の奥にある、彼女にあるであろう闇の部分が。
自分になら憎しみの原因を教えてくれるだろうか。それはコードネームで繋がった、好意だけで教えてもらえるような軽いものではないだろうけど。ではどうしたら彼女は心の闇を打ち明けてくれるだろうか。
それはやはり恋愛というモノを行い、コミュニケーションを重ねて彼女の心の扉を彼女自身に開けてもらうようにするのが一番なのだろう。
そこでヤマトは、なぜこんなことを考えているのだと正気に戻り、時計に視線を向けた。そろそろ出勤の時間だ。
「じゃあ、遅番の仕事に行ってくる」
スポーツドリンクを飲み干して、ヤマトはそそくさと妹の言及から逃げ出した。
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