第22話 手入れと換装

大和は国のまほろば。


 その言葉を冠する刀、『国のまほろば』を手入れする時期がやってきた。

 銘のある刀は政府が抱え上げた研師によって古来からの手法できちんと手入れされる。


 ヤマトは都の中枢近くにある鍛治地区に足を踏み入れた。このエリアは庭師でも特別な許可を得ていないと入れない。今日は数週間前から申請していた許可証のIDカードを首から下げて、上官であるアララギと共にエリア内を歩いていた。


「永山のじーさんに会うのはいつぶりだ?」

「星堕ちしてからは初めてかと」

「そうか。まだまだ元気だがいい歳だからな。今のうちにマメに手入れ申請しておけよ」

「了解」


 木造の日本建築を模した建物が並ぶ中、ヤマトたちは20分ほど歩き、とある建物の中へ入った。

 中には70代ほどの、眼光鋭い男がひとり、畳という敷物の上に座っていた。ヤマトの刀の手入れをしてくれる、研師の永山だ。

 建物の奥には手入れに必要な道具が綺麗に並べられ(永山は『工房』と言っていた)、塵ひとつない静謐な空間がそこにあった。


「永山さん、ご無沙汰しています」

「おう、ヤマトか。何年ぶりや? 手入れは毎年欠かさずぉ言うとるやろ」

「ヤマトは星堕ちをして一度刀を回収されています。間が空いたのはその所為で」

「持ち主から手ェ離れても手入れは来させろや。1年欠かしたら10年刀の寿命が縮む言うとるやろ。それがおはんの仕事やないんか」

「はっ」

 アララギは恐縮して頭を下げた。

 上官のアララギがここまで丁重にこの永山を敬う姿は、普段、自分たちに指示を出す彼からは想像がつきそうもない。しかし彼がこの人物は尊敬に値すると判断した場合は、最上級の敬意を相手に払うことに、ヤマトは長年付き合って分かっていた。

 ちなみに永山の他にアララギが敬意を払っているのを見ているのはこの鍛治地区の『師匠』たちとスサノオ、あとは再生医療のドクターくらいである。


「ほな、貸してみぃ」

「はい」

 ヤマトは素直に『国のまほろば』を永山に手渡した。

 研師は刀を持つと、慣れた手つきですらりと抜いた。刃を様々な角度から検分する。

「まぁ綺麗に使こてるな。だがこまい傷が幾つかある。一晩貸しぃや。男前にして返してやるさかい」

「よろしくお願いします」

 ヤマトは永山に向かって丁寧に頭を下げた。自分を守る、エダを屠る大事な武器の手入れだ。星堕ちになる前から、この研師には全幅の信頼を寄せている。

「アララギ、お前はんは残りぃ。おもろい話があるようやな?」

 永山がニヤリとアララギに笑みを向ける。何がどうおもろい話なのかヤマトにはわからなかったし、分かりたくもなかったので、では失礼しますとすまし顔で言って永山の工房を出た。アララギが苦い顔をしていたのは見なかったことにした。


 ヤマトは足早に鍛治地区を後にした。今日はユキの義肢の換装があるのだ。手入れの件があったのでタカクラに同行を頼んでいたが、やはり最新の義肢となる妹の笑顔はすぐに見たい。


 鍛治地区から医療地区は歩いて50分ほどの距離になる。換装の時間はヤマトの手入れの時間よりかなり後だったので、まだ間に合うはずだ。

 ヤマトがうっすら汗をかきながら医療地区にたどり着くと、白亜の巨大な建物が目に入った。建物は大きく3つに分かれており、内科や歯科などの通常の医療を行う棟、庭師やエダに触れられた者の再生医療を行う棟、そしてエダに触れられ、緑青化した部分を切除された者の義肢の調整や換装を行う棟がある。ヤマトは真っ直ぐ最後の棟へ向かった。


 受付で名と認証コードを確認してもらうと、ユキたちはちょうど換装室で調整を行なっている最中らしく、処置室の番号を案内された。

 待合室は様々な人が居た。腕を切り落とされ、再生医療が間に合わなかった庭師、義足が合わないと文句を言っている一般人、新しい義肢にはしゃぐ子供。


 みな、エダの犠牲者だ。


 これだけの人間が再生医療ができなかったり間に合わなかったり、ユキのように成長に合わせて換装を繰り返す者がいる。彼らは、全てエダの犠牲者だ。

 そう思うと、明日まで任務が行えないもどかしさで気が逸るが、ここにいる人々は命が助かっている。エダ化も緑青化の進行もない、『まだ幸運』な人々だ。


 ユキもまた、運の良い方なのだ。年頃の少女の脚が切り落とされたのは不運だろうが、兄である自分は庭師であり、義肢のメンテナンスはきちんと行われている。

 命が助かっても、義肢を用意する金がなくて、そのままの姿で暮らす人や、緑青化で命を落とすか、エダになる者もいる。緑青化もエダ化も、意識があるまま侵食される恐怖を味わうと聞くので、その点についても、まだマシなのだ。

 上を見ても下を見てもキリがないのは分かっているが、自分たちはどうにか生きている。それだけで幸運なのだ。この世界では。


「お兄ちゃん」

 教わった処置室のドアを叩くと、ユキが自らドアを開けた。

「どう? この脚。すごく綺麗じゃない?」

 換装しやすいようにホットパンツ姿で来院していたユキは、ヤマトの前でくるりと一回転してみた。生身の脚との繋ぎ目に金属の輪が付いてはいるが、その義肢の部分は、彼女の肌の色や脚の太さに合わせて作られていた。これなら一瞬、義肢だとは気づけないだろう。

「いいもの作ってもらったな」

「うん、お兄ちゃんのおかげだよ。ありがとう」

 ユキは花のような笑顔を見せた。近くでその様子を見ていたタカクラと換装した技師も、穏やかな笑顔を見せている。


 今日の休みはいい1日になりそうだ。

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