第21話 作戦会議
地中に小さな緑青の渦ができた。
それはぐるぐると台風のように土を掻き回し、どんどんと大きくなり、次第に鯨の形を作っていった。
鯨を模ったモノは、鯨の如く尾鰭を振り巨躯をくねらせ、地表へと浮上していく。
地上に設置した金属探知機が緑青の反応を感知した。
「タオの浮上を確認。地上まであと100メートル」
「ヤツの移動速度なら100メートルの浮上などなどあっという間だろう。もう少し深い位置で探知できないのか?」
「できていたら苦労していない」
「そもそも緑青はどこから発生しているんだ。そうそう地中にあるものでもないだろう」
「地中に自然的にあるものが磁力のようなもので集まっているとしか仮定できません」
「あの……」
ベテラン勢の論戦に新人科学者がそろりと手を挙げた。モニター越しの視線が鋭く刺さる。
「なんだね」
「地下100メートルでもタオの出現警報は出せますよね。なぜこの段階で出さないのですか?」
「バカだな君は」
「そのままタオが地中に戻ったらどうするんだ?」
「我々は『正確で精密な』タオの発生と移動法則を解明しなきゃあならんのだ。天気予報のように『外れました申し訳ありません』じゃあ済まないから雁首揃えて研究しているのだろうが」
「政府からの要請は、タオの発生の警告、タオの移動法則を解明しての正確な進路とそのエリアに住む人間へのスムーズな避難勧告。曖昧で不確実な現状では警告も避難勧告も無駄な混乱を招くだけなんだよ」
若い科学者はベテラン勢の一斉射撃を受けて、小さく縮こまった。しかし、彼も素人ではない。現状から最適解を導き出そうと必死だった。
「現在庭師に提供している緑青の金属反応を可視化したゴーグルの応用でなんとかならないでしょうか」
「なんとかしての今の状況だ。アレをもっと大規模に、かつリアルタイムに可視化できるようにしなければならない」
コツコツと指で机を叩く音がスピーカーから聞こえる。この数十年、ずっとタオの発生のメカニズムや移動の法則を探してきたが、ネットワークがほとんど使えなくなって以来、有効打を打つことができなかった。この会議でさえ、政府が唯一稼働させている『クヴァシル』の稼働領域を割いてもらって行っているのだ。インターネットがほぼ使えないという痛手が、現状を悪化させていた。
「そろそろお偉いさんが対抗策を打ち立てろと煩くするぞ。お前も何か案を出せ」
若い科学者はせっつかれてぴんと背筋を伸ばした。何か無いか。何か。
ふと、故郷の街の風景が頭をよぎった。
彼の故郷は港町で、小さな漁船がタオをエダを恐れながら港を離れるのを目にしていた。
帰ってきたら街が緑青化されて全滅していた。そんな悲劇を幾度か聞いたことがある。海の男は海難事故でもエダの襲撃でも家族との別れを覚悟しなくてはならなかった。
彼の父も漁師であった。近海を漁場とする父の船に兄弟で乗せてもらったことがある。様々な計器に、魚群探知器というソナーが2つ。海の深さと、魚の群れを探知する機器。
「『クヴァシル』の外周環を使い、魚群探知器の原理を応用できないでしょうか」
クヴァシルとは政府のネットワークサーバーである。サーバー本体が宇宙空間にあるため、これだけは緑青化を免れていた。
「外周環を?」
「魚群探知器……ソナーか。しかし地球全体を探知する機器となると大掛かりだぞ」
「それでも、クヴァシルの外周環なら、広範囲をカバーできます。そこに、ソナー機能を備えた機器を搭載すれば、タオの発生も地中での深度もリアルタイムで観測できます」
「馬鹿な。幾らかかると思っているんだ。そんな金、上が出してくれるわけないだろう」
「そこをなんとかするのが我々の役目です」
「その世界規模のモニタリングは誰がするんだ? 人を雇うにも限界があるぞ」
「AIでの監視も視野に入れています。タオの発生データを学習させれば、より高度な行動予測ができるはずです」
「だいたい宇宙に上がるにも、全世界をカバーするソナーを開発するにも時間がかかりすぎる。第一そんな工場を建てる場所がなかろうが。すぐ緑青化されるに決まっている」
「月やコロニーの方達にお願いできませんでしょうか」
若者の言葉は一瞬にしてその場を凍らせた。
「月やコロニーの……?」
「あんな宇宙人どもに頼れと!?」
「彼らはタオやエダに襲われることはありません。土地もまだあるでしょう。あちらは人口増加で人々の働き口がないと聞いています。この計画に一枚噛んでくれれば、働き口が見つかるし、我々地球との交流も再開できるでしょう」
若い科学者はモニターに向かい、前のめりになって熱く語った。
月やコロニーとの交流はタオが発生して以来半世紀以上途絶えている。宇宙へ進出してようやく住居スペースや発電施設の発展が軌道に乗った矢先の出来事だった。
彼らの詳細は政治家でも一部の者しか分かっていない。若者の中には、宇宙に同胞が暮らしていることすら知らない者が多い。ただ、ときおり政府から公表されるニュースを真面目に聞くものがいたら、地球よりやや発達した科学技術などを持ち、月とコロニーの間での交流が活発だということは基礎情報として持っているであろう。
「ふん、あんな薄情者たちに地球の未来が託せるか」
「そうだ、宇宙人の手を借りるくらいなら我々はいっそタオに滅ぼされたほうがいい」
「地球の試練は我々地球の者たちで解決するべきだ」
そうだそうだと画面に映る年老いた科学者たちの顔が怒りで真っ赤になった。
「そんなことを言っているから後手に回っているんじゃないですか。タオの進路予測と打倒は地球人類の悲願ですよ。今までの遺恨を捨て、手を取り合う時です」
変な意地を張らないでください、と若者は訴えた。ふざけるな、馬鹿者、恥知らずめ、老いた科学者たちは口々に若者を罵った。
「面白い」
凛とした声が、その罵声の中から聞こえた。
今まで唯一沈黙していた女性─金星一等星の庭師であり政治家でもある─が、言葉を発した。
「教官、面白いとは……?」
「宇宙人どもの手を借りてタオを追跡する。我々は正確な出現ポイントを予測してあの糞鯨を叩くことも可能になってくる。それが面白くなくて何が面白いと言うのだ?」
教官と呼ばれた庭師は口の端をにぃと歪ませた。右頬から顎にかけて治療痕がある。初期段階の再生医療を受けた者の顔だ。
「
本日の会議は以上で終わりとする、と言って『教官』は画面から消えた。
「では自分も計画の予算と資材を計算しますので失礼しますね。皆さん上からの許可が下りたら何卒ご協力よろしくお願い致します」
言葉を早口でまくしたて、若い科学者もさっさと通信を切った。
「よぉし、いっちょ世界を救っちゃいますか」
リン博士は父たち海の男が信仰する神に、祈りの言葉を捧げた。
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