第20話 強さの理由

 午前4時21分。夜勤明けまであと少しというところでタオの発生警報が鳴り響いた。雷のようなタオのうねりの音と、警報音が相まって不協和音を奏でる。市民は相当不愉快な気分で目を覚まし、避難を始めるだろう。


 当直の庭師たちは集合場所の天幕前へ駆けつける。金銀銅、それぞれの階級の庭師が綺麗に整列して司令官の指示を待つ。吐く息は白く、周囲はまだ暗かった。防寒着を整える軽い衣擦れの音が、あたりに響く。


 ヤマトは1人、銅星の隣に立つ。銀星とはいえ星堕ちが同星と並ぶことは許されない。

数人の銅星が、ヤマトの方にちらちらと視線を向けたが、ヤマトはその視線を無視した。


 金星の列にシュルツとヴィルの姿が見えた。あの2人は周囲の身長より頭ひとつ出ていたし、夜営の照明に照らされた髪が、キラキラと光を弾いていたから、すぐに分かる。夜戦で一緒になるのは初めてだな、とヤマトはぼんやりと思った。


 天幕からアララギが出てきた。手には大太刀を携えている。

「M10区トラノモンでタオが出現した。周辺の住民がエダ化したことを複数の通報から確認している。金銀銅3名ずつ4組の班に分かれて各ポイントで迎撃せよ。エダをこれ以上増やすな」

「はい!」


 ポン、と携帯端末に組分けのリストが送られてきた。シュルツと中年男の金星と同じ班だった。もう1人いるはずの金星の名はない。

「アララギ、俺の組はヤマトを金星相当とみなしテ動いていいんだナ?」

シュルツが挙手しアララギに確認を取った。

「おう、それでいい」

「わかっタ。ヤマト、こき使うから覚悟しておケ」

「了解」

だろうな、と思いながらヤマトはヘリポートへと歩みを進めていた。ヘリはエダの数が多いポイントから出撃する。無論、特等星シリウスのシュルツがいるヤマトたちの班が激戦区一番目に投入される。


「ヤマト六等星」

 ヤマトはヘリの搭乗口に掛けた足を思わず踏み外しそうになった。

「ご一緒できて光栄です」

 ゆっくり振り向くとそこには頬を桜色に染めたオトタチバナが駆け寄る所だった。制服の上から羽織ったケープが、ふわりと舞う。

「アンタもこの班だったのか」

「そうです。足を引っ張らないように頑張りますね」

 和かな笑顔を向けられて、ヤマトはどうしていいか分からず、まぁ死ぬなよ、と一言言ってヘリに乗り込んだ。オトがそのあとに続き、はにかみながら当然のようにヤマトの隣に座る。


 その一部始終をヘリの中で見ていたシュルツは「ヤマトもスミに置けないナ」とニヤニヤとした笑みを浮かべて見せた。顔立ちのせいで下品に見えないが、だいぶ嫌らしい笑顔だったので、ヤマトはシュルツの向う脛を蹴った。負けじとシュルツもヤマトの足を踏みつける。

「痛いじゃないカ」

「俺で遊ぶんじゃない」

「遊んでいなナイ。若いナと思っただけダ」

「あんただって若いだろうが」

「4歳差は大きいゾ」

「大きくねぇ」

「ヤマトはまだ酒が飲めないだロウ」

「来年飲めるわ」

『おう、シュルツ班。遊んでないでとっとと点呼して行け』

「ホラ、怒られタ」

「うるっせ。さっさと点呼しろよ班長」

 アララギとヤマトに促されて、シュルツは手短に点呼確認を行った。その顔からはもう笑みは消えていた。



「目的地到達。班員は降下の準備を」

「了解」

 暫しヘリに揺られ、目的地上空へと辿り着く。降下用のロープの確認を行い、ハッチへと近づいた。ゆっくりと両側のハッチが開くと、強風が機体内を暴れ回る。暗視ゴーグルのスイッチを入れ、降下の態勢をとる。

「降下」

 シュルツのかけ声で星たちが一斉に流れ落ちる。薄暗闇の中、暗視ゴーグルが蠢くモノを捉えた。


 エダは熱反応が無い。なのでゴーグルに組み込まれた緑青への化学反応で敵を見極め、斬り伏せる。

 数体のエダがゆっくりと、または素早く襲いかかる。

 ヤマトは一体一体慎重に敵を葬る。斬り捨てる際のざらりとした金属の塊を斬る感触はいつものものだ。これが元人間ということは頭の中から追いやっている。


 オトは庭師としてエダを刈ることをどう思っているのだろうか。元人間を殺めている自覚と覚悟はできているようだが、ヒト殺しには変わりない。そこを気にして精神を蝕まれ、廃人同然になった庭師も少なくない。

 彼女もそうならないとは言い切れない。ヤマトはなんとなくオトの周囲のエダを刈っていた。

 そんなヤマトの思惑も知らず、オトは縦横無尽に動き回っていた。右手の短刀でエダの首を刈り、左手の短刀でエダの薄い胴を断つ。彼女の太刀筋には躊躇いも容赦もない。


 まるでエダは元からそのような存在だと思っているようなそぶりで、ヤマトが無慈悲だと感じるほど機械的にエダを屠っていた。

 庭師を多数輩出している家系だと聞いていたが、特殊な訓練でも受けていたのだろうか。


「彼女はエダに強イ憎しみを抱いているナ」

 間合いを詰めるために足元を整えていた矢先、混戦で近くにいたシュルツが一言そう言い放ってエダの群れに突っ込んでいった。


 憎しみ。家族か友人か犠牲になったのだろうか。自分のように。


 そう考えれば、あの強さは納得がいく。そもそも色恋ひとつで血を吐くような訓練も、死と隣り合わせの実戦も乗り越えられるものではない。とヤマトは思っている。恋で強くなったと思っていたイワナガも、過去に喪った者がいたのかもしれない。


皆、何かを喪って生き残り、強くなったのだ。


 ヤマトはそう考えながら、エダを刈り続けた。自分だって弟の仇を討ちたくてここまで強くなった。恋も確かに強くなる動機の一つにはなるだろう。だが、復讐の力は強い。

 弟の仇は獲ったが、エダへの憎しみはまだ薄れない。ヤマトは金星まで戻り、ユキを比較的安全な都に住まわせたかった。彼女の脚を再生医療で元に戻してやりたかった。


 星落ちが都に再び住めるのか分からない。再生医療も年月が経つと効果が薄いと聞く。

 それでも、妹だけでも、真っ当で幸せな生活を送って欲しかった。

 ヤマトはその一心で刃を振るう。


 エダの首に鋒を差し込み、ぐるりと手首で捻って千切り落とす。

 胴を断ち、袈裟懸けに斬り、逆袈裟を見舞う。ザリザリとした緑青の感触。

 小さなエダも唐竹割りの一撃で屠る。


 若い修羅たちは確実に緑青の命のようなモノを絶っていった。

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