第19話 噂(後編)

「お待たせヤマト君。結果が出たよ〜」

 ユキから折り紙のカブトの折り方を教わっている最中に、目をしょぼつかせたタカクラが、ヤマトたちの居住の2階へと登ってきた。


「お兄ちゃん、タカクラさんにお仕事お願いしたの?」

 妹のユキが大きな瞳をさらに大きく見開いてヤマトを見た。兄はタカクラを警戒し、信用ならないと一歩引いた態度で常に接していたので、その兄がタカクラに頼み事など、ユキにとって青天の霹靂であった。


 ヤマトは居心地の悪い思いをしながら、妹の真っ直ぐな視線から目を逸らした。

「ちょっとな。上司に頼まれた仕事が厄介だったんで手伝ってもらった」

「それってお兄ちゃんが星堕ちだから頼まれたお仕事? 何か悪いことじゃないよね?」

 ユキは星堕ちは汚れ仕事もすると思っているらしく(無くはないが、さして問題ではない)、形のいい眉を思い切り歪めて兄を見た。


「星堕ちかは関係ない。ただ俺の専門外だからタカクラに頼んだんだ」

「でもそれってハッキングとかでしょう? 悪いことじゃない」

「ユキちゃん、ボクは調べ物をして欲しいと言われてちょっと調べただけだよ。その情報に行き着くのにちょっと素人のヤマト君じゃ難しかったから、代わりにボクが調べたんだ」

 だから安心してと言うタカクラを、事実を知っているヤマトが半眼になって見ていることにユキは気づかなかった。


「ほんと? お兄ちゃん」

「ああ本当だ。俺はタカクラに調べて欲しいものがあったから調べてもらっただけだ。他に頼んでないよ」

 心配の声色で兄に尋ねるユキの頭を、ヤマトはぽん、と軽く叩いた。

「じゃあちょっと結果を聞きに下に降りるから、お前は先に休んでろ。おやすみ」


 サイドテーブルに広げた折り紙を丁寧に片付けて、ヤマトは妹にそう告げた。

 うん、わかったおやすみなさい、と妹は大人しく言うことを聞いてくれた。こういうとき、お人好しで兄を信じきっているユキは扱いやすかった。まぁ多少の罪悪感は抱くが。


「で、どこまで突き止めたんだ?」

「この庭師さんのお名前と階級、おそらくこの書き込みをした原因になった任務かな〜」

 階下に降りた2人は、念のため小声になりながら会話をした。

「そこまでわかるのか」

「同じIPアドレスで日記を公開していてね。そこから様子のおかしくなった記事を見つけたんだ。ボクって優秀でしょ?」

 はいはい、とヤマトはタカクラを軽くあしらってデータを覗き込んだ。


 書き込みをした庭師の名前はクチナワ。27歳、銅星八等星の7年目の男性。タカクラがいくつかポイントをつけてくれた日記を読み始める。


『12月14日。エダ大量発生。第十六次エダ強襲災害として銅星はおろか銀星にも殉職者を出した。一般市民はこの尊い犠牲に敬意を払って欲しい。』


「なんか上から目線だなコイツ」

 庭師に敬意を払うか払わないかは個人の勝手だ。それを強要させるような書き込みはどういう意識の現れなのか。ヤマトは理解し難かった。

「庭師の仕事に誇りを持つ者も多いって聞くから、その手の人間なんじゃないかな」


 案の定、その記事のコメントには、庭師至上主義者、選民思想主義者などと書き込まれており、それに対して庭師あっての生活だということに気付かない愚か者たち、生きる意味のない屑どもと過激な反論を返していて炎上していた。


『3月24日。殉職した銀星の残した資料整理にあたる。昔の作戦の内容とか書いてあって面白い。詳細は極秘だから書かない。ただ、庭師の道のりが険しかったことだけはここに記す。道半ばで散った庭師に敬意を。』


『4月3日。資料整理で面白い作戦を発見した。未実行の作戦だ。これは今の技術ならいけるんじゃないだろうか。なぜ今の上官たちはこの作戦を実行しないのか。』


『4月7日。なぜ実行しないなぜ実行しないなぜ実行しないなぜ実行しないなぜ実行しないなぜ実行しないなぜ実行しない。タオを殺せば、エダの脅威も緑青化も全て解決するというのに。上官は僕の提案を無視した。この素晴らしい先人の作戦を無視するとはなんたる愚か。もういい。上が動かないのなら僕らが動くまでだ。』


「クチナワの上官って誰だ?」

「確か銀星の─Hとかどこかに書いてあったと思うけど。金星でないことは確かだね」

 金星が上官だったら、この話がアララギに伝わっているはずだ。おそらく銀星の上官は、クチナワの言を話半分で聞いていたのだろう。たいした危機も感じずに彼の真剣な思いを流したのだろう。そして彼は絶望して、草の根運動よろしく銅星銀星たちにこの作戦を開示した。


「馬鹿の極みだな」

 ヤマトは庭師のデータベースからクチナワの顔写真と経歴、そしてタカクラが引っ張り出してきたIPアドレスと紐づけられたデータ、日記を出力してファイリングした。明日、アララギに提出する資料としては十分だろう。

「誰かの偽情報フェイクってことはないよな?」

「クチナワ君を陥れるための? ないと思うなー」

 経歴から見ても、庭師を神聖視する言動が散見すると注意書きが書かれているので、この日記も本人のものに間違いないだろう。


「よし、明日この資料を提出してクチナワを締め上げる。ありがとな。タカクラ」

「ヤマト君にお礼を言われるなんて思ってなかったなぁ。明日は雪が降るかな」

「なんで俺がアンタに礼を言うと雪が降るんだ?」

 ヤマトは不思議なモノを見るような目でタカクラを見た。あー気にしないで年寄りの例えだから、とタカクラはがくりと肩を落として片手を振った。

「そうか。じゃあな」

「うん、おやすみ」

 タカクラはトントンと軽やかに階段を上がるヤマトの足音を聞きながら、あの調子じゃ血の雨が降るでも通じないよなー、と独りごちた。


 ヤマトの提出した資料により、クチナワは扇動の罪により、庭師の権利を剥奪された。

 アララギから聞いたところによると、クチナワはこの作戦のデメリットを説明しても、頑なにこの作戦を実行すべきだ、多少の犠牲はやむを得ない、勇敢なる庭師の記念碑でも建てればいいと言い続けて話を聞かなかった。

 じゃあお前もこの作戦に参加して緑青化して死ぬか仲間に殺されたいか? とアララギが聞いて初めて言葉を詰まらせたらしい。


 アララギはそんな態度のクチナワを殴りつけて1週間自宅謹慎の処分を受けたが、アララギの気持ちがわかるヤマトは処分なんかいらないのではないかと思った。


 結局、クチナワは扇動者の立場で庭師を煽るだけ煽って、自分は高みの見物をしようとしていたのだ。そりゃヤマトだってその場にいたら、クチナワを殴っているだろう。


 噂は「反庭師派のスパイの画策であり、その作戦が現段階では実行されることはない」とスサノオの一声で鎮まった。


 現段階ではってなんだ。絶対やらないとかじゃないのか、とヤマトはスサノオに問うてみたが、特等星の返事は「そこで引っかかるんじゃない。聞き流せ」と、ヤマトを斬り伏せんばかりの怒気を孕んでいたので大人しく黙った。


 1ヶ月後、ユキの義肢は都でもあまりお目にかかれないような最新のものに換装された。第二次性徴期もとうに始まり、これ以上身長が伸びることは可能性として低いだろうと、切断部分との境目が目立たないようにサイズ調整がされた。

 ユキは素直に喜び、1階の店舗部分でバレリーナよろしく、くるくると回転してみせた。タカクラも良かったねぇ、と少し鼻声でその様子を見ている。


 ヤマトは複雑な気持ちで、妹の喜ぶ姿を眺めていた。


 あの作戦は、まだ生きている。


 そのことが胸の奥で燻っていた。

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