第18話 噂(前編)
最近、「タオを直接叩く」作戦が計画されているとまことしやかに囁かれている。
話す仲間の少ない、星堕ちの自分にすらその噂は届いていた。
火のないところに煙は立たない。
ヤマトはとりあえず知ってそうな連中に声をかけてみた。
「タオを? 発生するエダで手一杯の俺たちガ? ヤマトはジョークが下手だナ」
「だいたい神出鬼没のタオをどうやって捉えるんだい?」
「それに周辺に発生するエダの数を考えるとそちらにも人員を割かないといけない。タオ単品の討伐は難しいだろう」
「ボクらと入れ替わりでスサノオの秘蔵っ子たちが海外に行ったばかりだよ。今の統制の取りにくい連中でタオなんか駆逐できないと思うよ?」
ヤマトはドイツからの参入組に軽くあしらわれてしまった。
そこで彼は仕方なく上官のアララギのもとへ行った。
「30メートルから100メートルまで大きさを変えられる自然現象に策を練って当たるなんざ雷の落ちる場所を観測してそこで稲妻斬りしようとするようなモンだぞ。誰だそんな阿呆な噂流してんのは」
「銅星から銀星の連中」
「新興宗教の入れ知恵か?」
「そこまでは知らない。ただ、この1ヶ月そんな噂が流れてる。この星堕ちの俺の耳にも届くくらいに」
それはすなわち、金星以外のほとんどの庭師が関心を抱いていることになる。
「阿呆か」
「その阿呆な噂をどうにかするのがアンタらの仕事だろ」
「まぁそうだが」
「実際あるのか? そんな作戦」
「昔立てられた計画だ。ただしタオの出現ポイントを予測できないため流れたがな」
「じゃあ出現ポイントが絞られれば、可能な作戦なのか?」
「だから人間サマが大勢死ぬっつーの。斬るにしろ突くにしろ、タオとの接触は避けられない。そんな特攻みてぇな作戦を上が許可する訳ねーだろ」
アララギは書類の山の隙間から苦々しい顔を覗かせた。
「じゃあ誰がそんな厄介な作戦の噂を流してるんだ?」
「こっちが知りてーよ。ヤマト、ちょいと探ってくれないか」
「星堕ちに期待するなよ」
「元一等星が何を言いやがる」
「報酬は」
「妹の義肢を最新に変えてやる」
ヤマトは天幕の周辺をうろついた。
天幕周りのこまごまとしたモノを整理して片付けるのも庭師の大事な仕事だ。
ワイヤーやロープ、資材の入っていた木箱やブルーシートなどが無秩序に置かれている。
それぞれをまとめて定位置に片付け、くちゃくちゃになったビニールシートを綺麗に畳む。1人でやるとなると結構な重労働だ。
星堕ちには似合いの仕事だな、と嗤われながら、ヤマトは周囲の庭師の会話に耳をそば立てていた。
例の噂話をする連中を捕まえては、噂の出所を突き止めようとしたが、銅星連中は銀星から聞いた話だと言い、銀星は金星と仲の良い銅星の話だと堂々巡りになっていた。
「苦労なさっておいでですね」
ヤマトはぎくりと固まる。蜜のような甘みのかかった声。
「よう、オト」
「ごきげんよう、ヤマト六等星」
花のような鮮やかな笑顔をほころばせながら、オトタチバナ─オトが近づいてきた。
「噂の出所を探っていらっしゃるとか」
「誰だよ、そんなこと言ってる奴は」
「みなさんおっしゃっていますよ? ヤマト六等星は例の噂話に食いついてくる、出所を探っているみたいだって」
ヤマトは肩を落として、近くの木箱に乱暴に腰掛けた。ギッと木箱が悲鳴を上げる。
天幕周辺の片付けをしながら聞き込みを行なって3時間が経とうとしていた。
「それについてアンタ何か知ってるか?」
ダメ元でヤマトはオトに聞いてみた。オトは少し思案したのち、
「銅星や銀星の掲示板でその噂を書き込んだ人がいます。おそらくその人が張本人かと」
と、形の良い唇に指を当てながらそう言った。
「は?」
銅星や銀星の掲示板? ヤマトはおうむ返しにオトに尋ねた。
「ご存知ありません? 急な体調不良や怪我で任務が遂行できないときに、代わりの方を募集する掲示板です。みなさん良く書き込みしていますよ」
「ご存知ないな。俺が金星の頃はそんなものなかったぞ」
「ここ3、4年に開設された掲示板ですので、ヤマト六等星は使うことがなかったのかもしれませんね」
星堕ちにはそんな掲示板の存在すら知らされない。どこまでも仲間外れだ。
「じゃあその掲示板に書き込んだヤツを特定すりゃいいんだな。オト、その掲示板のアドレス、教えてくれないか?」
そこでオトは初めて、困った表情をした。短い眉がハの字に下がり、それでも愛嬌のある顔立ちは可愛らしいままだった。
「この掲示板は、金星の方には知られていないんです。下級から中級庭師の口コミで教えてもらえる秘密の掲示板なのです」
「つまり俺がアララギのおっさんに進言するとマズいのか」
「はい。金星の方の悪口も、ときどき書き込まれているので」
「あー、じゃあその書き込みの部分だけ俺に見せてくれないか? アララギのおっさんには黙っておくから」
それじゃダメか? とヤマトはオトの顔を覗き込んだ。
オトは顔を赤らめ(耳まで赤くなった)、その部分だけなら、と携帯端末を取り出して書き込みを遡った。
「こちらです」
オトはそろりと自分の携帯端末の画面をヤマトに見せた。
『241 5/6 03:25:40 ID:kyhfseerth872
知ってるか?
タオを直接叩く作戦が立案されたらしい。
武器は槍と薙刀をメインに、大太刀、太刀、打刀、脇差野総動員。
総勢1000人を超える大規模作戦だ。
この作戦が成功すれば、タオの恐怖も、エダの緑青化も恐れることはない。
みんな、やろうぜ。タオを
』
その後に続く書き込みは賛否両論の嵐だった。簡単に言うと掲示板が荒れた。スレッドを立てた管理人このスレッドを凍結し、新たなスレッドを立てると書き込んであった。もちろん、この妄言を吐いた発言者を出禁にして。
「以上が私がお教えできる内容です」
オトは申し訳なさそうにヤマトを見た。
「十分だ。ありがとな」
ヤマトはオトに端末を返した後、軽く方を叩いてその場を去った。
肩を叩かれたオトは、頬を染めてしばしその場から動けなかった。
「タカクラ、頼みがある」
「お帰りヤマト君って、どうしたんだい、いきなりボクに頼みだなんて」
血相を変えて帰ってきたヤマトの剣幕に、タカクラは口元を引き攣らせて出迎えた。うっかり斬られるんじゃないかと思ったらしい。そんなやましいことをしているならさっさと白状して欲しいものだが、今は別の問題が優先だ。
「銀星や銅星の間で、金星が預かり知らない掲示板があるのは知っているか?」
「ああ、任務代理とか金星の悪口が書いてある掲示板ね。知ってるよ」
部外者のはずのタカクラがなぜその掲示板の存在を知っているかはこの際置いておいて、ヤマトは走り書きしたメモをタカクラに手渡した。そこには書き込みをした人物のIDが書かれていた。
「もう別のものに変えているかもしれないが、そのIDを使っていたヤツの正体を暴きたい。手を貸してくれ」
「政府御用達のサーバーに
「これを手伝ってくれたら、ユキの違法コード作成の件はチャラにしてやる」
「本気だねぇ。何したのコイツ」
「過去の没った作戦を今やるかのように扇動している。金星連中は鼻で笑っているが、銀星銅星の中には本気にしてるやつも多いんだ」
タカクラは話を聞きながらメインコンピュータの前に座った。壁に引っ掛けていたバイザーを手にする。
「
バイザーを装着したタカクラは、軽やかマウスとキーボードを操り始めた。
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