第16話 参入
大災害から2週間。
一部の庭師たちがセレモニーホールに集められた。
これより新規参入する庭師の発表があるとのことだ。
庭師の参入発表など聞いたことがない。新規参入者は掲示板での発表が普通である。つまり、この発表は例外の出来事なのだ。
─あいつらか。
2週間前の大災害の際、ドイツからやってきていた客人の庭師4名が、八千のエダの剪定に助力してくれた。
そのときの庭師たちが、北斗七星と入れ替えに日本の庭師として戦うことになる─ヤマトは同僚のイワナガからの情報でその話は聞いていた。
しかし、手続きの問題か何なのか、すぐに彼らが日本の庭師として動く気配はなかった。
そして今回の異例の招集。まぁ、ヤツらの紹介をするのだろうとヤマトは大人しく待っていたが、中には何故呼ばれたのか聞いていない者がいて、減給だろうかとか、北斗七星の候補者を見つけるためなのだろうかとか、場違いな発言をしていた。
声の聞こえた方を見ると、銀星になりたての連中らしかった。皆、これから何が起こるのかわからなくて不安だといった顔をしている。
ヤマトは馬鹿な奴らだと思いながらホールの中央の、無人の壇上を眺めていた。
あの馬鹿どもは多分すぐ死ぬだろう。顔を覚えることも、この招集の正しい理由を教えてやる義理もない。というか銀星になるまで良く生き残っていたな、とくだらない感想が浮かんできた。
しばらくして上手からスサノオとアララギが出てきた。その後に外国の青年たちが4人、悠々とした足取りで壇上の中央まで進む。
亜麻色の髪の青年が先頭に立ち、次に栗色、赤毛、金髪の青年が続いた。
誰だ、あいつら。
この間の災害のときに助けに入ってくれたやつじゃん。
新規参入って外国人が?
ちょっとイケメンじゃない?
北斗七星の代わりにしちゃ数が少ないよな。
あちこちで小さな声がさざなみのように立った。
「静かにしろ。何人かは見たことあるだろうが初見が多いからな、説明しておく。今日付けで日本の庭師としてお前らと共に戦うドイツの連中だ。自己紹介しろ」
スサノオが
亜麻色の髪の青年から口を開く。
「金星筆頭、
「同じく金星筆頭、特等星のヴィル・ハーベストです。
「金星一等星、トラウト・ワーナーだ」
「金星一等星のハインリヒ・ユング。どうぞ宜しく」
4人は手短に自己紹介をした。金髪のハインリヒがマイクをスサノオに返しに行く。歩幅が大きい。リーチも長いだろう。腰に下げているのは太刀か。
「こいつらは一応俺の直轄に入るが、通常任務もお前らと同様にこなしてもらう。何かの折に一緒に戦うことになるかと思うからな、顔を覚えてもらうためにこの場を設けた。外国人だからといって遠慮も配慮も必要ない。普通の庭師として接するように。以上だ」
スサノオたちはそれだけ言うと壇上から去っていった。
ざわめきがあちこちで起こった。中にはシリウスが2人? と驚きの声をあげている者もいた。
ひとり壇上に残ったアララギがマイクを持って、わかったらさっさと解散しろ、仕事に戻れと、その場で憶測を飛ばし続ける若い庭師たちに退場を促した。
その声を聞きながら、ヤマトはさっさとホールを後にした。
「ヤマト六等星」
ホールの出入り口で聞き慣れた声が背後からかけられた。
「やっぱり来たな」
「そうですね」
振り向くと、イワナガがするりと近づいてきた。ホール内では気配がしなかったが、何処かには居たらしい。
「違う。お前がだ。あの4人に対して感想なんか無いからな」
「残念ですね。あなたの所見などお聞きしたかったのですが」
イワナガが探るような目でヤマトの視線を追う。ヤマトの視線の先には、先ほどの場違いな発言をした銀星たちが、俺なら北斗七星になれる見込みがあるのにな、などとまだ馬鹿げたことをのたまっていた。
「実力は先の災害で嫌というほど見た。赤毛と金髪野郎は戦っているところを見てないが、あいつらと遜色ない働きぶりをするだろう」
「その根拠は何ですか?」
「前の2人に対して引け目というか負い目を感じてなさそうだった。あと壇上でも隙がない。4人とも甲乙つけ難い手練れだ」
「成る程」
イワナガは珍しく満足そうに笑むと、ではと退場する庭師の群れの中に消えた。
ヤマトは4人に対しての所見を述べていたことに、イワナガが去った後にようやく気づいた。あの笑みはヤマトの所見が聞けたことに対する笑みだったのだ。
─あいつ、本当に油断ならなくなってきたな。
ヤマトは上官になったイワナガを想像して身震いした。きっといつもの無表情と、さっきのような笑みをたまに浮かべつつ、ヤマトをこき使うのだろう。こちらも本腰を入れて星の復級に勤しまねばならない。
複雑な思いを抱きつつ、ヤマトは今日の任務を聞きに階段前の広間の天幕へと入っていった。
「あのとき助けた
「少年?」
待機していろと言われた貴賓室で、シュルツは上機嫌にミネラルウオーターを口にした。その言葉にトラウトが首を傾げる。赤い巻き髪がふわりと揺れた。
「右翼で奮戦していた銀星の少年だ。あれは金星クラスの腕前だったぞ」
「徽章が黒地だったけど、確か星堕ちの証じゃなかったな?」
シュルツの言葉にヴィルが返す。あの混戦の中でも、
「星堕ちで銀星まで星を上げているのか。相当な努力家だな」
ハインリヒが緑の瞳を瞬かせた。この中では28歳と最年長だったが、仕草が少年のようで、誰も年長者として扱ったことはない。
「名前は聞かなかったのか?」
トラウトの問いに、シュルツは肩をすくめてみせた。
「スサノオかアララギに聞けばわかるだろう。そもそも星堕ちは数が少ないし、そこまでの腕前なら彼らの目にも留まっているはずだ」
彼となら共闘してみたいな、とヴィルも微笑んだ。
「しかし
「ハハッ、ここでも『問いのトラウト』をやるのか。お前のマイペースはいいことだ」
シュルツが揶揄うと、最年少のトラウトはムッとした表情になり、押し黙った。まぁまぁ、とヴィルが笑いながらその問いに答える。
「10年前に『大災害』が起きて、そこで多くの若い庭師が殉職したそうだよ。だからスサノオ世代とその少年世代の間の庭師が少ないんだそうだ」
「ヴィル、そんな情報どこで調べたんだ?」
「データベースにアクセスしたらすぐに出てきたよ。ハインリヒもこのことは知ってる」
ハインリヒはどうだと言わんばかりに胸を張った。
「どうせヴィルにくっついて知っただけだろう。偉そうにするな」
「何を言う。この大災害は海外でもニュースになったんだぞ。ボクはその新聞記事を災害発生当時に読んだのを覚えていたんだ」
シュルツの言葉に、ハインリヒはそう反論した。確かに10年前はハインリヒはもう18歳だったし、新聞を取れるような裕福な生活をしていたと聞いているので、事実なのだろう。10年前のシュルツといえば、家賃の支払いをするために、その新聞を配達したりしていた。もちろん、そんなニュースなど彼の目にも耳に届くわけがなかった。
コンコンと、強めに貴賓室のドアがノックされた。ハインリヒが立ち上がってロックを解除すると、アララギが立っていた。
「ご歓談のところすまないが、そろそろお偉方への挨拶の時間だ。動いてくれ」
「了解」
残る3人も立ち上がる。立てかけていた愛刀をそれぞれが腰に差し、無駄な動きなく、貴賓室を後にした。
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