第15話 大災害の後始末

「補充要員?」

「らしいです」

 数千のエダの強襲を受けた都は、階段付近を多少欠いた程度の軽微な損傷で終わった。

 だが、まだ残りのエダがいないとは言い切れない。だからヤマトたち生き残りの庭師は、そのまま都に待機するように言われた。


 都に家がないヤマトは、イワナガの部屋を一つ借りることになった。2LDKのシンプルな部屋は、一人暮らしの彼女には広すぎるらしいので、泊まるところがないなら、と提供されたのだ。


 アララギの家に転がり込もうかと思っていたが、彼はあれでも上級庭師であり、政治的なオハナシをする立場にある。そこにはヤマトのような中級庭師、特に星堕ちをした庭師には耳に入れられないことも多い。

 なのでアララギの家に邪魔するのは遠慮して、さてどうしようかと途方に暮れているところに女神からのお声がかかった。


 シャワーを浴び、替えの制服に袖を通したヤマトは、昼間手助けに入ったドイツ人の青年らが、日本の都の警備の補充要員としてやってきたらしいとイワナガから聞いた。


「どこから仕入れたんだ、その情報」

「アララギ一等星からです」

「極秘じゃないのか?」

「ヤマトさんは他の方に喋りますか?」

「喋らねーな」

「だからです」

 ならばなぜアララギはイワナガにこの情報を流したのか。まだ青いヤマトにはわからなかった。


「まあ腕は確かだったな。でも国外は庭師の数自体少ないんだろ? その少ない中から金星を引っこ抜くのはどうかと思うが。しかも一等星だろう?」

「それだけ日本の都が重要視されていると思われます。鍛冶場もありますしね」

 イワナガは慣れた手つきで2つのグラスにクエン酸の入った果汁多めのオレンジジュースを注ぎ、ひとつをヤマトに差し出した。

 ヤマトはそれを受け取って、疲労回復のサプリメントと共に一気に飲み干す。ヤマトもイワナガも、今宵、不寝番ねずのばんを任された。これからイワナガが2時間の仮眠に入り、その後ヤマトが2時間仮眠を取り、緊急事態に備える。


「にしたって金星過剰だろう。他の国が文句を言うぞ」

「代わりに北斗七星の方々が海外に赴かれると」

「マジかよ。特等星スサノオの右腕じゃないか」

「そこでどのような政治的駆け引きがあったのかはわかりませんが、4名の一等星アインスに、こちらからは一等星同星3名、二等星ツヴァイ 4名のトレードになります」

「いい取引なのかどうか微妙なところだな。あの二等星たちは一等星に数えてもいいくらいの腕だろう? こっちが不利じゃないか?」

「とりあえず銀星でも一等星分の働きをする方が1名ここにおりますし、質としては二等星4名分以上かと」

「俺を金星の頭数に入れるんじゃない」

「スサノオの再来と言われた一等星の星堕ちが何をおっしゃいますか」

「うるさい。昇級模範生が。さっさと寝ろ」


 昇級は年に1回、先々月に行われたばかりだ。だから今すぐ昇級あがすることはないが、今回の2人の活躍は確実に昇級の得点となっているはずだ。


「それでは、お言葉に甘えて」

 イワナガは一礼すると、自室であろう部屋へと引っ込んでいったので、ヤマトも借りた部屋へと入っていった。

 部屋にはセミダブルのベッドとデスク、スツールが一つ。客用に設えた部屋のようだった。

 つい最近も使用されたような感じだったが、友人でも泊めているのだろうか。しかしイワナガが誰かと連れ立って歩く姿を、ヤマトは見たことがなかった。


 ヤマトはアララギよりメールで送られた、今回の被害状況を確認する。

 八千のエダを生み出した『大災害』にしては、庭師の犠牲は少ない。民間人の被害も最小限に抑えられたらしい。大した混乱もなく、避難を済ませられたのは、スサノオ部隊のおかげである。


 その部隊の要とも言うべき北斗七星たちが居なくなる。まあ、スサノオのことだから、新たな北斗七星を鍛え上げることもできようが、その間の育成の時間が惜しいだろう。そのための新規金星4名なのだろうが、言葉の壁や連携に支障が出ないとは限らない。現に、ヤマトに声をかけたドイツ人の1人は、片言の日本語だった。あれでは細かいニュアンスなどは伝えられないだろう。


 2時間の暇つぶしに、唯一(タカクラの非合法のを除く)稼働しているサーバーのクヴァシルに接続して新入りの情報がないか探してみた。

 ドイツ人の庭師が日本を来訪するニュースは入っていたが、彼らの詳細は載っていなかった。なのでドイツの庭師名簿に、該当しそうな人物がいないかアクセスを試みた。

 本来ならば庭師の名簿を閲覧する権限はヤマトにはない。一等星ならば閲覧はできるのだが、何故か星堕ちしたヤマトのIDでも閲覧可能になっていた。


(事務方が手続きを怠った……わけじゃあないよな)


 ヤマトは訝しみながら、翻訳機能を使ってドイツの一等星のデータを見ていった。


─居た。


 ドイツ金星特等星、シュルツ・ヘッセ24歳、ヴィル・ハーベスト23歳。亜麻色の髪の太刀の男と、栗色の髪の大太刀の男。太刀の銘は『我が世と思う望月』、大太刀の銘は『唐紅からくれないに水くくる』。どちらも日本の名工が鍛った最上級の名刀だ。

 2人ともこの若さで一等星の特上、特等星シリウスの名を冠していた。そんな奴らが日本で自分たちと肩を並べて、タオやエダと対峙するのか。

 残る2名は顔も名前も知らなかったのだが、こいつらだろうかと当たりをつけてみた。合っているかどうかは、後日の公表に任せておいて、各国のタオとエダの被害状況を見てみる。

 予想はしていたが、被害は日本よりも悪かった。土地の大半が緑青化された国々がいくつもあり、人々は難民として各地を彷徨い続けていた。

 おまけに宗派の違い、習慣の違い、言葉の違いから差別と格差と内紛が各国で起きていて、デモ程度で収まっている日本がどれだけ庭師によって守られているか痛感した。

 同じ一等星でも、日本と海外ではレベルが違うかもしれない。向こうではシリウス級の一等星が普通なのかもしれない。


 ヤマトは世界に散らばる庭師を思い浮かべた。

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