第14話 強襲(後編)

「なかなか不利ナ状況デハないカ?」

 アクセントりの強い日本語が女の口から紡がれた。

感情の少ないその言葉は、日本の庭師を統べる政治家たちの表情を曇らすには十分だった。


 都の中央、議員たちが集まり、政を行う場所。その議事堂の真ん中に、ひとりの女と数名の男が立っていた。

 モニターには都の入り口である階段で奮戦している庭師たちが映っている。

 よく戦っているが、些か疲労を滲ませた顔をしている者たちが多い。緑青化された者も出ているだろう。


「許可を頂ければ我々も参戦いたしますが、如何しますか? 日本ヤポンの方々」


 女よりも流暢に日本語を話す青年がにこやかに政治家たちを順繰りに見ていった。その表情はまるで獲物を品定めする猫のようだと思ったのは、おそらく隣に立っているシュルツだけだろう。栗色の髪の青年─ヴィルは表向き上品な笑みを湛えていた。


「君たちが数名加わったところで戦況は変わるものかね」

「それは投入してみないことにはわかりませんね」

「我が国の庭師がエダになった際、剪定したら国際問題になるからな?」

「もとよりエダを剪定することから国際問題になるでしょう。だってこの国のエダはこの国の人間だったんですから」

 政治家とヴィルのやりとりに女がカン! と靴の踵を踏み鳴らした。

「御託はいい。出撃の許可を出す。ヴィル、シュルツ、トラウト、ハインリヒ、階段で戦う日本の庭師の援護に回れ」

「了解」

 4つの金星が敬礼し、足早に議事堂を後にした。

「勝手なことを……!」

「あなた方の決断が遅いのです。遅くなればなるほど貴国の貴重な庭師がうしなわれていく。マリア・ギーヴ少佐はそれを憂いているのですよ」

 通訳係として連れてこられた唯一の銀星であるアルバートは、エダとの戦いで負傷した右目の、片眼鏡モノクルをそっと押さえながら穏やかに告げた。

「また、貴国では未成年を庭師として働かせている児童虐待の件がある。その辺りを今度の国際会議で突かれたくなければ、大人しく少佐の提案を呑むのが賢明かと思いますよ?」

 片眼鏡の男は、口の端を愉しそうにに歪ませる。

 クソッと小さな声が、何処からか聞こえた。

 女はそちらには見向きもせず、無表情にモニターに映る庭師とエダを見つめていた。



─どれくらい戦っているのか。


 額から噴き出す汗を制服の袖で雑に拭いながら、ヤマトははあ、と大きく息を吐いた。

 アララギから一旦退避の命が下りたのは1時間ほど前だ。そのときヤマトは軽い食事とたっぷりの水分補給をして20分ほど体を休めた。


 数千規模のエダを刈り取るには人手が足りない。いや、人手は何とかなっているが、エダに立ち向かう勇気を持つものが少ない。

 触れれば己もエダになる。

 手足の一本二本、持っていかれても構わない、応急処置で切り落とせばいい、と覚悟のある者の数が圧倒的に少ない。

 大体、元はただの一般人なのだから、対エダ・対タオの地獄の訓練を受けている自分たちが緑青化することはそうそうないはずなのだ。

 必ず何処かに隙がある。その隙間に逃げ込めばいい。

 ヤマトやイワナガはそう思っているが、他の庭師たちはそうは思わないらしい。そんな芸当できるものか。ヤマトは単に集中力と観察力が足りないのだと、そいつらに言いたかったが、星堕ち風情が生意気だと突っかかってくるだろうから黙っていた。


 群がるエダを一体一体丁寧に擦り潰す。剪定は根気のいる仕事だ。だが、やることはさして難しくはない。ただ、触れられるに注意すればいいだけの話だ。


 しかし何と言っても数が多すぎる。今少し危機感を持った庭師が前へ出ないか。


 ヤマトがそう思ったとき。


 右からヤマトに襲いかかろうとしていたエダが前方へと吹っ飛んだ。

 正確には胴を両断されたのだが、刀を振るう腕力が強くて、勢いで吹き飛ばされたのである。吹き飛ばされながら、エダは塵に帰っていった。

 こんな膂力を持った庭師が今出ている金星以外で居たか─? ヤマトはちらりと右を見た。


「ヤー、少年ユンゲ。助けニ来タ」

 そこには片言の日本語を話す亜麻色の髪の若者が刀を構えていた。

「こういう場合、義によって助太刀致すって言うんだっけ?」

 亜麻色の髪の若者より流暢な日本語を話す栗色の髪の若者が一歩踏み込んでエダを2体まとめて叩っ斬る。

 2人とも背が高く、ヤマトより2回りほど逞しい体格をしている。徽章は金。しかも一等星だ。2人は踊るようにヤマトの周囲にエダを屠っていく。一撃が重く、鋭い。

 これが国外の一等星の力。

 ヤマトはアララギに勝るとも劣らない2人の剣戟に目を奪われた。

「ヴィル、調子に乗ってエダに触れるなよ?」

「君こそ」

 ドイツ語で軽口を叩いた2人─シュルツとヴィルは、そのままエダの群れに突っ込んで行った。シュルツは太刀を、ヴィルは大太刀を佩いている。


「大丈夫ですか、ヤマト」

 2人の外国人である庭師に呆気に取られたヤマトは、イワナガの言葉で我に返った。眼前に迫ったエダを一撃で斬り伏せる。

「何だあいつら」

「ドイツから来ているお客人の方々のようです。左翼にも2名、こちらは赤毛の方と金髪の方が助力して下さってます」

「中央は」

「アララギ一等星が頑張ってます」

 あの師匠ベテランなら1人でも大丈夫だろう。星も戻ったことだし、張り切って剪定をしているはずだ。

「イワナガ。右翼こっちのエダを刈り取るぞ」

「はい」

 2人は同時に前へ踏み込んだ。


─2時間後。


 第十六次エダ強襲災害は銅星14名、銀星2名の犠牲をもって終焉を迎えた。

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