第13話 強襲(前編)

綺羅星たちの舞が見える。

否、舞うような剣捌きだ。

横に薙ぎ、縦に割り、袈裟に斬る。


庭師たちが舞う度に、緑青の棒人間は塵と化し、さらさらと崩れていく。


触れられたら負けの鬼退治。

相手が丸腰なのはまだマシか。


 4体のエダをひと薙ぎで屠ったヤマトは、ふっと短く息を吐いた。

 愛刀が手元にあって本当に良かった。無銘ならそろそろ刃こぼれが生じる頃合いだったろう。バランスのとりにくい足場で、星たちは善戦していた。


都に続く階段を、三分の一ほど登った場所。


都はエダの襲撃を受けていた。




 その日、ヤマトは都の警備が任務だった。

都周辺の警備はいつもそれなりに人を割いているが、今日は海外から数名のお偉いさんがやって来ているらしい。普段より警備は厚く、ちらほらと顔見知りの庭師の顔が見えた。


 都の警備は、食糧をもらえると思ってやってくる地上の人々や、都に入れない哀れな人々のデモ隊や、タオやエダを崇拝するという馬鹿げた信仰を持つ者たちを、刀をちらつかせて追い払うのが主な仕事だった。


 楽園へ登る階段の左右には、庭師の居住がある。その建物は特殊な作りをしていて、一定の高さまで、窓も玄関もないように見える。

 時々この建物に入ろうとしてくる『地上人』の侵入を防ぐため、絡繰仕掛けの扉になっているのだ。そして庭師を階段に住まわせるというのは、タオやエダをその階段で食い止めろということである。もちろん、命懸けで。


 ヤマトはいつものように、数人の貧しい人々に配給のある近くの学校を丁寧に教え、気をつけてと送り返していたりしていた。


ふと、足元が揺れ感じがした。地震か。


 次の瞬間、都から1キロも離れていない位置に、タオが現れた。ゆうに30メートルは超える巨大な緑青の塊が。


 地表を頭から突き出でて、背中から落ちる、海の鯨の仕草を真似て、タオは緑青の飛沫の毒を振り撒いていった。


 都近くはまだ建築物が残っていて、普通の家に人々が住んでいる。タオの出現で、周辺の戸建ての家は吹き飛び、鉄筋のアパートも削れ、住んでいる人のものであろう家具や机が宙に舞うのが見えた。


『タオが出現しました。市民の皆さんは避難を開始してください。繰り返します』

合成音の警報がスピーカーから流れる。

 その間もタオは地表すれすれを泳いでいるのか、かろうじて残っていた建築物があっという間に緑青化していく。


 すぐさま近隣の庭師を含め、都の防衛ラインを引くことになった。ヤマトも階段付近に駆け寄り、上官であるアララギの到着を待った。


あのエリアは人が多い。エダは一体どれだけ生まれるんだ。


 ヤマトは一瞬、ユキの顔を思い浮かべたが、タオはタカクラの家の反対側へ泳いでいるので無事なはずだ。それよりも、密集地であるエリアにタオの緑青の毒が撒かれた。人は緑青化するとほとんどがエダになる。


 誰かがインカムでオペレーターにエダの予想発生規模を聞いていた。


─その数、およそ八千。


 銅星の庭師たちは、その数を聞いて悲鳴を上げ、己がエダになる覚悟を抱いた。銀星たちはこれは昇級のいい機会だと奮起し、金星たちは淡々とその言葉を聞いていた。


 全てが都に群がることはないだろうが、エダは人の住まう家、そして都を目指すことが研究でわかっている。人間だった頃に無意識に憧れていたのか、それとも道連れにする気なのかわからないが、他人を巻き込むことを使命とするようなその動きは、元人間という事実も相まって庭師の中にも恐怖を植え付ける。


「スサノオ部隊。タオが出現した街へ向かってエダの増殖を防げ。銅星は無理にエダとやり合うことはない。民間人の避難を優先させろ。金星銀星、お前たちは勝ち星を上げろ」


 大太刀を担いだ特等星シリウス・スサノオがゆっくりと階段を降りてきた。その脇から小走りに街に向かう星たちが7人。揃って金の徽章が輝いている。

 北斗七星と呼ばれる金星たち─スサノオ直轄の上級庭師たちだ。これから都に向かってくるエダの群れに正面からぶつかりすり抜け、街へと突入するのだ。他の星たちは街近くにいたようで、スサノオは指示を飛ばしながら街へと向かっていった。


『アララギ部隊、聞こえているな? 俺たちゃ階段前でエダを迎え撃つ。金星銀星が前に出ろ。銅星は無理をするなよ』


 インカムからアララギの声が聞こえた。

 ヤマトは愛刀を構え直し、迎撃の準備に入る。


と、するりと横に人影が現れた。


昇級あがりしたてだ。無茶はするなよ」

「わかっています」


 銀星七等星に昇級したイワナガが、隣で刀を構えた。横目で見ただけだが、輝きと刀身の冴えから察するにおそらく銘のある刀だ。


「銘は?」

「『桜の花をたてまつれ』」

「わがのちの世を人弔ひととぶらうならば、か。いい趣味してんな」

った人に言ってください」


 19歳になったヤマトも、六等星まで星を戻していた。もたもたしているとイワナガの指示を受ける羽目になりそうだと思ったところで、緑青の群れが、ゆっくりとこちらに向かっているのが見え始めた。


 ヤマトは上段の構えをとりながら駆け出した。足の速いエダが6体、ヤマトの一撃で崩れ去る。隣でイワナガが跳躍し、錐揉み回転をしながらエダを5、6体屠っていた。あんな曲芸紛いのことをしてよくエダに触れないな、とヤマトは戦闘中ながら感心してしまった。


 最初は調子良く剪定を行っていた庭師たちだったが、エダの数が増えると共に、ジリジリと階段へと追い込まれていった。


 金星たちの多くも、エダに触れないように慎重に刀を振るっているため、あとに続く銀星、銅星たちも積極的にエダの剪定をすることができない。突出すれば緑青化の確率が跳ね上がる。それでもエダに囲まれないように、前線で刃を振るうのは、アララギ、ヤマト、イワナガ、そして十数名の金星たちだった。


 足場の悪い階段で転んだ銅星が数体のエダに襲われる。一瞬で緑青化したその銅星を、エダを、アララギがまとめて斬り伏せる。


 数体のエダがガリガリと庭師の住まいに入ろうと壁を引っ掻いている。中にいるであろう庭師の家族は恐怖に震えているだろう。


 長時間の戦闘と緊張に、イワナガは息切れを起こしていた。荒い息を、肩を上下させて吐き出している。

「イワナガ、一旦退け。調息して体勢を整えてからまた来い」

「はっ……い」

 ヤマトはイワナガの側に駆け寄り、周囲のエダを切り裂いて隙を作る。彼女はタイミングよく階段を駆け上り、踊り場へと向かう。彼女のスタミナなら15分もあればまた戻ってこれるだろう。


それまで持ち堪える。


元金星一等星の矜持が、ヤマトを奮い立たせた。

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