第8話 堕ちた星

 4年前。

 14歳で金星の一等星となったヤマトは、順調に庭師の勝ち組ルートを歩んでいた。

「ヤマト、お前すげーな」

「ヤマト先輩、今日の護衛任務、よろしくお願い申し上げます」

「スサノオの再来だな。将来が楽しみだ」

 都に登る橋に建てられた、庭師専用のマンションは、兄妹2人きりにはやや広過ぎた。

 それでも風雨を凌げ、食糧の心配もせず、『本物』の果物や肉やパンが食べられる環境は、地上で貧困に喘いでいた2人には、有り余る幸せだった。特に妹のユキは、配給品レーションの成分の殆どにアレルギーがあり、数日に一度しか固形物を取れなかったので栄養失調寸前だった。それがこの半年で肉が付き、年相応の丸みを帯びてきた頬や肩を眺めていると、庭師になって良かったと、つくづく思うヤマトであった。

 だが、自分が庭師になったのは妹のためだけではない。


 にぃに。


 ヤマトたちは3人兄妹だった。1番下の弟、ハルト。たった4歳で、命を落とした。それも、庭師に殺されて。

 その日、ヤマトたちの住むエリアがエダに襲われた。8歳のヤマトは、6歳のユキと4歳のハルトを連れて、シェルターに逃げようとした。両親は既にいなかった。捨てられたのか、緑青化して死んだのか覚えていない。ただただ、8歳で2人の妹弟を支える立場だったことは、明確に覚えていた。ヤマトたちは死んだ庭師の刀を回収する手伝いと、コードで貰う配給品で食い繋いでいた。ユキのアレルギーには悩まされていたが、兄妹3人、力を合わせて生きていた。

 逃げ惑う大人たちに押され、ユキが転んだ。そこにエダがやってきて、ユキの膝を掴んだ。ヤマトはユキを救うべく、近くにあった石を投げつけようと走り出したところに、庭師がエダとユキの脚を斬った。緑青化の侵食を防ぐには、患部を斬り落とすしかない。

 話には聞いていたが、実際、自分の妹が斬られた衝撃は強烈で、一瞬ハルトのことが頭から抜け落ちた。ユキを抱き起こし、背中におぶう。


 にぃに。


 ハルトの声だ。ヤマトは声のした方を見た。弟は腰の位置まで緑青に侵されていた。よろよろと、枝のように細くなった足で、自分に近づこうとしていた。


 ハルト。


 妹を背負ったまま、ヤマトは弟に駆け寄ろうとして、バランスを崩し、倒れた。その目の前で、ハルトは殺された。緑青化は錆びた部分を斬り落とせば、再生医療などで生き延びることができる。しかしその庭師は、錆びた部分より上──胸の部分で弟を薙ぎ落とした。鮮血と内臓が飛び散った。


 にぃに。


 ハルトの口がそう動いたように見えた。吹き飛んだ上半身に、エダが群がる。ちいさな身体は、緑青の錆となって砕けた。


「ああ、やっちまったなぁ」

 さして動じていない様子で、庭師はへらりと嗤った。金星二等星。髪を金に染めた、すらりとした体躯の庭師は、刀についた血を振り払い、何事もなかったかのようにエダの剪定に向かった。


 ハルト。


 ヤマトはユキを背負ったまま這いより、ハルトだった錆に触れた。錆はあっさりとヤマトの手の中で砕けた。


 あの庭師やろう


 ヤマトはハルトだったモノを強く握りしめて、地を叩いた。非力な自分が憎かった。一瞬でも、弟を忘れた自分が憎かった。そして、あの庭師が憎かった。

 ヤマトは弟が死んだ日、庭師になろうと決意した。脚を失った妹を世話しながら、ヤマトはボランティアを護衛している顔馴染みの庭師に、庭師志望だと何回も告げた。人の良い庭師は、庭師になるための身体の作り方や剣術を教えてくれた。そして10歳になったら、庭師の予備候補生に無償でなれることも。ヤマトは2年待った。その間に身体作りも剣術も、ひとり毎日、が暮れるまで続けた。10歳になったヤマトは、すぐに庭師の予備候補生として一目置かれる存在となった。寡黙に、貪欲に技と刀の扱い方を習い、吸収していった。

 銅星の十等星テスターになれたのはそれから2年後のことだった。そこからヤマトの快進撃が始まった。数ヶ月で銀星になり、14の歳には金星の一等星まで登り詰めた。ユキの脚の治療も、きちんとしたものが受けられた。脚を失って数年経っていたので、再生医療は難しかったが、切り口を綺麗に見せる手術を受けられ、思春期の少女の顔に笑顔が戻った。

 誰もが憧れ、賞賛の言葉をヤマトに投げかけた。ただ、ヤマトはあまり他人に関わらず、孤高に在り続けていたため、上官からは「協調性がない」とたびたび注意を受けていた。


 剪定はチームワークでやるものだ。

 1人の力では限界が来ることを覚えておけ。


 上官で一等星だったアララギは、何度もヤマトを諭した。


 構うものか。


 ヤマトには目的があった。庭師になって頂点に立ったのは、そのための手段に過ぎない。あの金星ひとごろしは、まだ二等星だった。素行に少々難ありと言われ、一等星になれずにいたらしい。少々どころか、実際には部下の庭師を見捨てたり、余計な『応急処置』をして仲間を再起不能に陥れたりしていたようだった。

 あいつは一生、一等星にはなれないね。

 特定の親しい同僚を持たないヤマトにも、その噂は聞こえてきた。そして、『そのとき』はやって来た。彼を部下に組み込んだ部隊で、エダの剪定を都近くで行っていたときのこと。薪になりつつあったエダたちを砕くため、ヤマトと彼が先頭に立ち、刀を振るっていた。しかし彼は、薪から溢れたエダに触れられるのを恐れ、普段よりその刀捌きが鈍っていた。薪を相手に、殉職した庭師は多い。金星すらも手こずるのが薪であり、彼がおよび腰になるのも無理はなかった。そこをヤマトは突いた。


 だから二等星止まりなんだよ、あんたは。


 余裕の笑みすら見せて、ヤマトは彼を煽った。彼は予想通り、その言葉に腹を立て、薪へと挑んでいった。ヤマトも彼を援護しつつ、機会を伺っていた。彼を囲んだエダの一体が、背後から彼の首に抱きついた。彼は悲鳴をあげた。ヤマトはその隙を突いて、抱きついたエダと、彼の首を落とした。

 当時の再生医療でも、再生できるのは下半身の脚や骨盤程度で、心臓や肺などの再生はまだ実現できていなかった。首を断ったら再生は事実上不可能だ。ヤマトは彼がエダ化するのを恐れて首を刎ねてしまったと報告書に書いた。エダ化については、緑青化前の頭部は意識があり、自分がエダになりつつある恐怖と、仲間に斬られる感覚が残るから、完全にエダ化する前に処分するのは、非人道的だと言われていた。庭師規律36条4項に、仲間の緑青化についての規律が記されている。


─上半身を緑青化された庭師は、完全に緑青化ないしはエダ化するまで斬らぬこと─


 ヤマトはじわじわエダになる恐怖の方がよほど嫌だと思っていたが、仲間に引導を渡される最後の意識の方が倫理的に問題であると上は思っているらしい。それはともかく、ヤマトは完全にエダ化する前の仲間の首を刎ねた。その姿は他の部下たちにもしっかりと見られており、規律違反だと言う声が、さざなみとなって伝播していった。


 薪刈り後、ヤマトはすぐに上官たちの前へ連れ出された。叱責と言い訳のやり取りが続き、中にはヤマトを人殺し呼ばわりする者も居た。あいつの方がよっぽど人殺しだったろう、とヤマトは冷めた視線でヒステリックに人殺しと連呼する中年の上官を見た。

 後で聞いた話だが、彼の素行が悪くとも、二等星まで階級が上がっていたのは、この上官のお陰だったらしい。庭師にあり得ない小太りの中年男は、都の上層部と縁戚であり、どうも彼はその中年男と肉体関係を持って、自分の失態の尻拭いをさせていたようだ。

 ヤマトはたいした審議をされずに降格を言い渡された。庭師の資格を剥奪されなかったのは、ヤマトがまだ少年だったという事が影響したようだった。直属の上官だったアララギも、星を一つ落として二等星となった。巻き添えを喰ったアララギには申し訳なかったが、彼は弟の仇だった。本当なら膾に斬り刻んでやりたかったが、そこまでやると庭師自体を辞めなければならない。庭師を辞めたら、今度はユキの命が危うくなる。ヤマトはそれだけは避けたかったので、粛々と降格の辞令を受け取った。

 一等星から十等星に逆戻り。都の住まいも追いやられ、ユキと2人、危険な地上で暮らすこととなった。ユキは兄に多くを問わなかった。ただ「お兄ちゃんのやることに間違いはないと思っているから」と言った。

 2人が都を出て定住の地を探しているとき、のんびりした声がかかった。

 タカクラと出会ったのは、そのときだった。

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