第7話 昇格


「来たぞ、『星堕ち』だ」

「よくまぁ、ぬけぬけと来れるもんだ」

「あれでしょ? 庭師規律36条4項違反なんでしょ? ヒト殺しじゃん」

「なんでそんなヤベーヤツ、庭師のままにしてるんだろうな。死刑でいいのに」

「おっと、こっち睨んだ」

「向こう行こ」


そそくさとさえずる雀たちを目で追い払って、ヤマトは今日の任務を上官に尋ねようと天幕の中に入った。


都に続く階段を抜けると、大きな広場に出る。

庭師たちは、この広場に設置された天幕の中で、日々の任務を通知されて、任地へと向かっていく。

毎日同じ任務に就いている者も、7日に一度は休暇があり報告義務があり、怠ると罰金が待っている。


任務はプラントの警備、都に住む金持ちや、ボランティアの護衛、定期的にエダの発生を監視する見廻り隊、都近くの住人の救援など、その他細々とした任務が多岐に渡る。


庭師は適性と専門性を特化した者と、いわゆる何でも屋のようなマルチ対応に追われる者がいる。ヤマトは星堕ちをしてから2年、ずっと後者であった。


「ヤマト、ちょっと奥に来い」

中で任務の説明をしていた金星二等星のアララギが、ヤマトを見つけて手招きした。

「なんですかアララギ二等星」

ヤマトは不貞腐れた顔を隠しもせず、いいからいいから、と力強く手招きしている上官の後に続いた。背中に他の庭師たちの視線が刺さったが、ヤマトは気にしていない。


天幕の奥には都周辺の地図を広げ、それを眺めている壮年の男が1人いた。座っていてもわかるほどの巨躯である。190センチ台、いや2メートル近いか。そしてその体躯に相応しい筋肉がついており、支給品の制服が窮屈そうに見えた。


─金星、特等星シリウス『スサノオ』。


ヤマトはひゅっと息を飲む。

スサノオは12歳で金星となり、以降30年、死なず緑青化もせず五体満足で生き残っている伝説の庭師である。

ヤマトも14歳で一等星になったときと、星堕ちの処分を下されたとき以来会っていなかった。


中央の官僚たちとのやりとりや、エダの大量発生、巨大な薪の出現する現場など、まつりごとと現場を往復する多忙な男のはずだ。

そんな男が、なぜここに。

そしてなぜ自分はここに呼ばれたのか。


「最近はいい子に任務をこなしているようだな」

アララギよりも威圧感のある声でスサノオは口を開いた。

「はい」

ヤマトは直立不動で返答する。ただ居るだけでこのプレッシャーだ。アララギもカリスマと人望はあるが、スサノオほどではない。スサノオに刀を抜かれたら、ヤマトはそれだけで取り乱す自信があった。

「そんないい子ちゃんにご褒美だ。今日からこれを付けな」

無造作に投げられたものを、ヤマトは咄嗟に受け取った。

それは、黒地に銀星・七等星ズィーベンの徽章だった。

ヤマトは手の中の徽章とスサノオを交互に見やる。


「模範生の態度と、エダでも薪の剪定でも十分得点は稼いだ。あと、以前お前に無かった『仲間の救出』も高評価が出た。ゆえの昇級だ。もう不正コードで食糧レーションを貰わなくて済むぞ」

タカクラの所業を知られているのにはヒヤリとしたが、ヤマトはそこを心の奥に引っ込めて、素直にありがとうございますと口にした。

「ただし、悪いがまだ都には住めん。そこは星堕ちとしての規定だから従ってくれ」

「承知しました」

「ついでに七等星だがこれを返そう」

スサノオは横に置いていた日本刀を差し出した。

「これは……」

「2年ぶりの愛刀だ。今度はちゃんと可愛がれよ」


銘刀『国のまほろば』。


ヤマトが4年前、金星になったときに渡された打刀。

共にいた時間は短かったが、ヤマトの意志を汲み取るかのように良く斬れ、良く働いた。ヤマトは微かに震える手で、相棒を受け取る。


「よろしいのですか」

アララギが口を挟む。銀星でも優秀なものには銘刀を渡すことがあるが、ヤマトは元一等星とはいえ、規律を犯した星堕ちである。

「コイツの腕の確かなのはお前も知っているだろう。上もコイツを死なせるには惜しい、と思ったのさ。もっと役に立てとのお達しだ」


スサノオは顎でヤマトを示した。


「ヤマト。これからも精進しろよ」

「はい」

「それから死ぬな」

「善処します」

「そこはハイだろ」

「はい」

スサノオは微かに笑い、アララギに今日のヤマトの任務を通知させた。


「聞いてるか? ヤマト」

「あっはい」

愛刀との再会に夢中になっていたヤマトが、弾けたように返答した。

アララギもスサノオも大笑した。

そして2人に小1時間たっぷり説教を喰らい、ヤマトはよろよろと天幕を後にした。


「お帰りヤマトくん。おや、徽章が変わったね。銀星になれたのか。おめでとう! 今日はお祝いだねぇ」

夕暮れどき、ヤマトが家に帰ると、目敏く徽章を見たタカクラが破顔した。

「あれ、刀も変わってない?」

タカクラがひょいと、ヤマトの腰元を覗き込む。こちらは拵えが赤から黒になったのだ。気付きやすいだろう。

「まぁ、上も使い慣れたやつの方がいいだろうと」

「じゃあこれが『国のまほろば』かぁ! 今度刀身も見せてくれないかな」

苦手としているタカクラに、こんなにもはしゃがれてはなんだかおもはゆい。ヤマトは機会があれば、と冷静に努めて言い放ち、2階へと上がっていった。


コードも正規のものに戻さなきゃだねぇ、とタカクラの呑気な声が背後から聞こえてきた。


「お兄ちゃんお帰りなさい。あれ? なんだか雰囲気変わってない?」

ベッドの上で本を読んでいたユキは、顔を上げてまじまじと兄を見た。

「七等星に昇格したんだ。あと『まほろば』がほら」


ヤマトは腰に下げた愛刀を妹に誇らしげに見せる。一等星になり、この刀を授かったときも、こうして見せた記憶があった。

「わぁ、まほちゃん戻ってきたんだね! お兄ちゃんすごいよ! 今日はお祝いしなくちゃ!」

ユキは読みかけの本に栞を挟み、ヤマトの昇格と愛刀が戻ってきたことを手を叩いて喜んだ。相棒を「まほちゃん」と呼ぶのはいささか威厳が削られる気がするが、親しみを込めて言っているのだから諦めている。

「お祝いなんていいよ。星堕ちのままだしな」

星堕ちは犯罪者だ。おいそれと祝われるのは問題だろう、とヤマトは言った。

「でも、お兄ちゃんが星堕ちになったのは不可抗力だったんでしょう?」

「悪いことをした事実には変わらない」

そう。自分は『悪いこと』をしたのだ。

咄嗟の応急処置という名の元に、復讐を果たした。これはユキにも言っていない。


自分の星堕ちの原因が、復讐だったことは。

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