第4話 地上の庭師

 夜勤を終えたヤマトは、そのまま地上のタカクラの家に戻った。

 ヘリは都の入り口に庭師たちを下ろすので、地上に住処のあるヤマトは、その分帰宅が遅くなるが、これもまた『星堕ち』への処遇のひとつである。


 1階のタカクラの居住のトイレで、ヤマトは吐いた。

 夜食の固形食レーションがどろどろになって便器を満たす。


「お帰りヤマト君って、まーた僕の所で吐いちゃって。流す水だってタダじゃないんだからね」

 家主のタカクラがため息をつきながら配給品のペットボトルの水を手渡す。

 ヤマトはペットボトルを受け取り、口をゆすいで吐き出し、便器の水を流した。消化途中の固形食が、渦を巻いて消えていく。


「すみません」

「まぁいいけどさ。ちょっとその死にそうな顔、どうにかしてからユキちゃんに会ったほうがいいよ。先に配給品もらってきたら?」

 時刻は午前9時45分。都からのボランティアが行う配給時間まであと15分、今から歩いて学校に向かうなら、ちょうど開始時間と同時に配給品を貰える。


「そうします」

「ヤマト君、その格好で行くつもり? 今日は非番でしょ? 制服は脱いで行ったほうが悪目立ちしないと思うけど」

「私服で刀持ってたほうが悪目立ちしますよ。庭師の制服なら皆安心するし、星堕ちの地の色さえ知らない連中ばかりなんですから」

 庭師の徽章の地は赤、星堕ちは地は黒であるが、それは庭師以外には殆ど知られていない。周囲の人々もボランティアも、地上に住み着いている珍しい庭師だと思うだけだ。─ボランティアの護衛の庭師以外は。


「まぁ、君がいいならいいけどさ。じゃあ僕の分もよろしくね」

「はい」

 ヤマトはそのまま、タカクラの家を出た。


 歩きながら、軽い睡魔に襲われる。昨日一昨日と夜勤が続き、今日が久しぶりの非番の日だ。昼過ぎまで寝て、翌日には朝6時からの任務に就く。ここから都まで歩いて1時間半はかかるので、起床は4時だ。


 以前はタカクラから格安で譲ってもらったバイクで通勤していたが、銀星の連中に故意に壊されてしまった。庭師同士の諍いは御法度だが、「わざとじゃなかった」とシラを切られればそれでおしまいだ。ましてや己は星落ちなのだ。そんな嫌がらせは幾度も受けている。

 それ以来、都までヤマトは徒歩で通っていた。体力作りにもなるし、周囲の様子も観察できるので、それほど苦にはなっていない。


 たまに逸れエダに遭遇して遅刻し、叱責を受けることはあるが。


 ヤマトが毎日都に通うのは、その日の任務は都の長い階段の先にあるの広場で当日に言い渡されるからだ。通信だと金持ち連中を狙った不埒者に傍受され、襲撃の餌食になる。

金持ち連中の気まぐれの護衛はよく入り、そこにヤマトはよくあてがわれた。


 タオが現れて以降、電波や周波数は恐ろしく制限された。携帯端末も一社の独占になってしまったし、インターネットのサーバーもラジオの周波数も、ほぼ全滅した。都の中のセキュリティはかろうじて巨大ネットサーバーの『クヴァシル』により、スタンドアローンで守られているが、軍事機密事項など、通信で受送信できるものではなかった。口頭、もしくは書類や手紙。そんな時代遅れの手段を取らざるを得ない状況が、今の世界だ。


 その中でタカクラの店は、サーバーを独自に持っているらしく、それ故に家族証明書などの偽造コードを堂々と作れるのである。なぜ独自のサーバーを持っているのか。なぜそんな高い技術を持っていながら、地上という危険な場所で、犯罪まがい(犯罪なのだが)の行為を行っているのか。


 そんなことをつらつらと考えていたら、学校に着いた。広場校庭には、既に幾人もの人が列をなしている。


 ヤマトはその行列の横を通り、庭師の死角になるような位置に立ち、ボランティアに認証コードを掲げた。

「ああ、ご苦労様です。ええと、あなたの分と、自営業のお父様の分と、妹さんの分ですね。すぐ用意しますので少々お待ちください」

 認証コードをスキャンしたボランティアは笑顔で配給品の山の中へと消えていった。


 ここでは庭師は優先的に配給品を貰える。地上に残っている庭師の殆どは、地上の人々を守るために危険に身を晒すことを志願した者だからだ。星落ちが都に住めないという庭師の常識を、地上の人々も都の人間も知らない。タカクラは何故か知っていたが。星落ちが何を意味し、どんな扱いを受けるか知りつつ、ヤマトら兄妹を住まわせているタカクラの意図が分からない。まぁその辺の粋がっている若者より数段頼もしい用心棒ではあるだろうが、わざわざ星落ちを雇う理由が分からない。


「お待たせしました。どうぞ」

「どうも」

「妹さんはココア味の栄養ドリンクでしたよね。ちゃんと入れてありますから」

「ありがとうございます」

「いえいえ、お役目ご苦労様です」

 短い会話のやり取りをして、ヤマトは学校をあとにした。


「ただいま戻りました」

「ああ、お帰り」

「お帰りなさい、お兄ちゃん」

 タカクラの出迎えは兎も角、ユキが1階に降りてくるのは珍しかったので、ヤマトは思わず目を見開いた。

「なぁに、その顔。私がここにいちゃ悪いの? 私もここの店員さんなんですけど」

 簡易ではあるが市場には出回っていない機械式の義肢をつけ、ユキはトコトコとヤマトに近づいた。ユキがこの義肢を付け始めて2年ほど経つが、己の脚のように器用に動かす。

これもタカクラがどこからか入手してきて、ユキ用に改良したものだ。


「とりあえずメシ。ここで食うのか?」

 ヤマトは動揺を隠すようにして手にしたビニール袋をユキに突き出した。

 10年近く、寝たきりの妹の姿しか見ていなかったから、義肢とはいえ歩いている妹に違和感が拭えなかった。

 そしてあのときのことを思い出す。


にぃに。


 幼い声と姿が脳裏に浮かんだ。


「んー、せっかくだからタカクラさんと3人で食べない? 食事はみんなで食べたほうが美味しいっていうでしょう?」

 そう言うと、ユキは店番用の椅子に腰掛けた。タカクラも店長用の椅子によっこらせと座る。

 2人の無言の圧に、ヤマトは観念してプラスチックのボックスの上に寄りかかる。


「いただきます」

 ユキがお行儀よく手を合わせて配給品を口にする。配給品は水と栄養ドリンク、固形食が1つずつで、殆どの人間は1回の配給品を1回で食べ終える。昔の人間が朝昼晩と食事をとっていたというが、今は少食の者か金持ちくらいしかそんな食べ方はしない。

 今ある食糧を今のうちに食べていおかないと、いつエダの襲撃で残しておいた食糧を駄目にし、空腹に悩まされるか分からないからだ。

 固形食は24時間動き回っても十分な満腹感とカロリーが摂れるよう調整されている。ならば午前中に食べて十分なエネルギーを長時間保っておいたほうがいい。


 しかしユキは少食で、今も固形食の半分ほどしか食べずに栄養ドリンクを手にした。残りは夕方─夕飯の時間─に食べる。

「不味かったか?」

「ううん、お腹いっぱいになっちゃった」

 兄妹のいつものやり取りを、タカクラは無言で眺めていた。

「俺は食ったら寝る。タカクラさん、ユキを使うなら変な客と顔を合わせないようにしてください」

「分かってるってば」


 固形食を全部食べ終え、コーラ味の栄養ドリンクを飲み干し、ヤマトは2階へと上がっていった。

 ベッド代わりのソファに倒れ込み、刀をソファと自分の間に置く。


にぃに。


 幼い声を無視するかのように身を縮こませ、ヤマトは眠りに落ちた。

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