第3話 星と剪定

「こちらSA0125。T10区ハナカワド上空に到着。スミダ川よりタオの軌道とエダの発生を確認。これより『星』の降下を始める」

『本部よりSA0125へ。星の降下を承認。状況を開始してください』


 ノイズ混じりの無線のやり取りが聞こえる。


 時刻は午後17時10分。冬の入りとは言え、既に陽は落ち、周囲は地上に取り残された人々の、小さくか細い灯火が、身を寄せ合う焚き火のように点いていた。


 今宵は新月。地上に住む人々の家やテントのか弱き光と、天の瞬く星々の光のみが光源だ。


「皆、暗視ゴーグルは着けたな? エダには昼も夜もない。夜戦になる。今日初夜を迎えるヤツはいるか?」


 今回の任務の隊長を務める銀星の六等星ゼックスの庭師が10人ばかりの部下に声をかけた。


 そろりと1人、手を挙げた者がいた。十等星の徽章をつけた、十七、八の少女だった。


十等星テスターか。コードネームとエダを刈った数は?」

「はい、コードネーム『イワナガ』、エダの剪定数は131体です」

 黒髪を顎のラインで切り揃えている少女は落ち着いた声で上官の質問に答える。腰に佩く刀は脇差。小柄な少女にはちょうど良い獲物だ。


「十等星で100体を越えるか。よし、イワナガ。俺と組め。他の者は隣同士ツーマンセルで連携を取れ。ヤマト、お前は1人でもいけるな?」

「はい」


 10人の部下に1人の指揮官。普通なら八等星のヤマトと夜戦が初めてのイワナガを組ませ、隊長格の銀星が単独行動を取るのが定石だが、ヤマトは規律違反を犯して降格した『星堕ほしおち』だった。


 他の庭師の徽章の地が赤いのに対し、ヤマトの徽章の地は黒─規律違反者─の色だった。


 星堕ちがどういう扱いを受けるのか、この連中に示す必要がある。


 庭師の規律を乱した星堕ちは、余程の功績を上げない限り、銅星止まりのままで、都や庭師の寮に居住を許されない。


 また、普通ツーマンセル、スリーマンセルで行う剪定も、単独での行動となる。


 実力があっても、規律を乱した者には厳しい対応が待っている。


 隊長である上官が、それを若い連中に知らしめるのも任務の内である。


「タオの目撃情報が報告されたのは一六二八ヒトロクニイハチ。川沿いのひと区画のコミュニティからの数機の端末反応が一斉に消失。タオの飛沫を浴びた模様。それと同時にエダの出現を確認。レーダーの反応から、エダの数は34。ひと組6、7体刈ればいい。いいか、夜だろうがどこだろうが、普段通りにやればお前らでもエダは倒せる。降下の準備をしろ」

「はい」

 十等星から八等星までの少年少女らはロープを装着し、降下に備える。ヘリの扉が音もなく開き、内部に冷気と風が乱流し、ヘリが大きく上下する。


「降下!」


 星たちが流星の如く地上に降り立ち、エダの後を追う。


 エダはよろよろと、闇の中の灯りを目指して蠢いている。あの光の中に、人間がいることを知っているのだ。


ざん。


 エダの緩やかな動きに対し、庭師たちの動きは機敏だった。一気に数体が塵と化す。


 エダは襲われているのに気づき、星たちへと群がる。


 近隣住民は警報を聞き、闇夜に紛れて非難しているはずだ。

 テントや家の照明をつけっぱなしなのは、エダはまず灯りのともっている家々を襲う習性があるとわかっているからだった。


 だから庭師たちは、夜戦のときは照明を持たずに暗視ゴーグルで初期対応を行う。光に群がる虫を払うが如く、エダを刈る。


 庭師に気づいたエダから各個撃破へとシフトする。囲まれなければ、触れられなければただの棒人間だ。恐れることはない。


 ヤマトは他の庭師から付かず離れずの距離を保ちながら、腰に下げていた無銘の打刀でエダを3、4体倒していた。


「ヒッ」


 暗闇から悲鳴が上がった。ヤマトが其方を見ると、十等星の少年のひとりが腰から緑青化していた。


─何をしている。


 ヤマトが少年の手前を見ると、腰の高さのエダがいた。仲間を増やそうとしたのか、助けを求めようとしたのか、少年に抱きついたのだろう。


 腰の高さの身長のエダ。

 それはつまり、このエダは元は人間の子どもだということである。


「馬鹿か。コレはもう人間じゃないんだよ」


 ヤマトが駆け、元子どもだったエダを一刀両断した。そしてそのまま、躊躇いもなく緑青化した少年の、腰から下を正確に切り落とした。


「切り落とした部分を保護シートで覆え。この程度なら再生医療でどうにかなる。そしてコイツはお前が守れ。その分のエダは俺が刈ってやる」


 呆然としているペアの九等星の庭師に、ヤマトは冷えた目で言い放つ。九等星の少年は、声も無く頷き、震える手で応急処置を始めた。おそらく緑青化した仲間を手当てするのは初めてなのだろう。


全く、テスターとはよく言ったものだ。


 庭師の強さは星の数で示され、最高クラスの金星、一等星はアインス、二等星はツヴァイなどと九等星までドイツ語で呼ばれているが、新人の十等星だけ、なぜか試験者、『テスター』と呼ばれている。


 それはこれから己が対峙するモノが元人間であることへの躊躇い、今のような子どものエダや、緑青化した仲間を斬れる覚悟があるかどうかを試すクラスだからだ。


 背後でモノが動く気配がした。二体。

 ヤマトは振り向きざまに袈裟懸けに一体のエダを斬り、残りの一体を後方からやってきたイワナガが屠った。


「小枝に躊躇った馬鹿がいる。負担が増えるぞ」

「上等です」


 イワナガはそう言うと、軽業師のように跳躍し、道を遮るエダを斬りながら銀星の隊長格の元に舞い戻った。彼女が九等星に昇級するのは間もないだろう。


 7分後、34体のエダは全て剪定された。暗闇に戦闘の音は絶え、静寂が訪れる。


「こちらSA0125。エダの剪定完了。重傷者一名、他クリーン。重傷者は下半身緑青化のため腰部以下切断。再生医療の準備を頼む」

『本部了解。SA0125、お疲れ様でした。上空に待機しているヘリで本部に帰還してください』


 安全を確保したヘリが爆音を立てて降りてきた。後部のハッチが開き、星たちを天へと運ぶ準備をする。


 両肩を仲間に支えられて、負傷した十等星の少年が先に搬入される。


 少年はヤマトを見て一言つぶやいた。


─ひとごろし。


「そのための庭師たちだろう?」


何を今更。ヤマトはそう返した。

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