兄妹デート

 東京都、秋葉原。

 そこはアニメや漫画などが沢山あるオタクの聖地。

 多くの者達が買い物を楽しみ、メイド服を着た可愛い女性たちがチラシを配る。

 そんな秋葉原には、五人の少女達の銅像が立っていた。

 銅像の少女達は、かつて魔獣によって人類が全滅しかけた時に現れた英雄の魔法少女。

 彼女達のお陰で世界が救われたことを忘れないために建てられた銅像なのだ。

 その銅像の近くにあるベンチに、魔森エイナが座っていた。

 彼女は白いワンピースを着ており、化粧をしていた。

 可愛らしさと清楚が合わさったようなオシャレ姿。

 何人かの若い男性は、エイナの姿に見惚れていた。


「あと少しで蓮兄と…フフフ」


 スマホで時間を確認しながら、愛する兄を待つエイナ。

 そんな彼女を、髪を金色に染めた若い男性が見ていた。

 いかにもチャラそうなその男は、下卑た笑みを浮かべてエイナに近付く。


「ねぇねぇ、そこのお嬢さーーー」


 男が声を掛けていたその時、彼の目の前に


「え?」


 何が起きたか分からず、呆然とするチャラ男。

 彼の首を鎧武者は右手に持っていた太長い刀で、切り裂く。


「うわあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!?く、首がああああああああぁぁぁぁぁぁ!!」


 男は悲鳴を上げながら、斬られた自分の首を押さえた。

 エイナや周囲の人たちは何事かと思い、チャラ男に視線を向ける。


「なんだ?急に騒ぎ出して」

「首が痛いのか?」


 周囲の者達には、チャラ男がようにしか見えなかった。

 だがチャラ男の目には、一歩ずつゆっくりと近づいてくる鎧武者の姿が映っていた。


「ヒ、ヒイィィィィィィィィィィ!!」


 男はズボンを尿で濡らし、走って逃げだした。


「なんだったの、あの人?幽霊でも見たのかな?」


 気になったエイナは周囲を見渡す。

 しかし周りには恐ろしいものは、なにもなかった。

 エイナは頭に?マークを浮かべながら、首を傾げた。

 その時、彼女の右肩を誰かの人差し指が軽くトントンと叩く。

 振り返ったエイナは満面の笑顔を浮かべて、ベンチから立ち上がる。

 肩を叩いたのは、黒い髪を伸ばした少年。

 彼の両目は前髪で隠れており、右耳には蒼い水晶が埋め込まれた金色のピアスが付けられていた。


「元気そうだな、エイナ」

「蓮兄!」


 エイナは久々に再会した兄、魔森蓮にハグする。

 再会して早々抱きついてきた義妹に蓮は苦笑した。


「おいおい。周りに人がいるんだぞ」

「いいじゃん別に、これぐらい……会いたかった」

「俺もだよ、エイナ。服…似合ってる」

「えへへ。褒められちゃった」


 嬉しそうに頬を緩めるエイナと、妹が元気で良かったと微笑む蓮。


「それにしても随分早かったな。まだ九時だぞ」

「蓮兄と会うのが楽しみで、二時間前からここにいました」

「てことは七時か。いくらなんでも早すぎるだろ」

「仕方ないの。それより、遊びに行こ!」

「分かった分かった。どこから行く?」

「そうだね~まずはあっち!」


 エイナは蓮の腕を引っ張って歩いた。

 今のエイナは、まるで彼氏とのデートを楽しもうとする彼女のよう。


<>


「到着したよ!蓮兄」

「いや、ちょっと待て」

「どうしたの、蓮兄?」

「なんで最初がここなんだよ」


 蓮とエイナがやって来たのは、女性ものの下着が売っているランジェリーショップだった。

 再会した兄を連れて最初にやって来たのがランジェリーショップ。

 エイナの頭は普通におかしかった。

 だがそのことに彼女自身は気付いていない。


「ここ有名なランジェリーショップみたいだから一度行ってみたかったんだよね」

「だからって、男である俺と一緒に入るとかダメだろ」

「大丈夫。蓮兄は彼氏ってことにしちゃえばいいんだよ」

「いや、アウトだろ」

「蓮兄。私達は…兄妹である前に男と女。だからなにも心配いらないよ」

「逆だろ。というか心配しかないって」

「とにかくレッツゴー!」

「お、おい!」


 強引に蓮の腕を引っ張って、エイナはランジェリーショップに入る。

 建物の中にはオシャレなパンツや大きなブラジャーなどが棚に並べられており、人間だけでなく、エルフや獣人などの女性が自分に合った下着を選んでいた。


「お~!いっぱいある!」

「な、なぁ、やっぱり俺は外にいるよ」

「ダ~メ!蓮兄には私と一緒に下着を選んでもらいます」

「え~」


 どうやら自分には拒否権がないと分かった蓮は、ため息を吐く。


「分かったよ。じゃあ、なるべく早く頼む」

「OK。じゃあまずは……これなんてどう?」


 エイナは赤いブラジャーとパンツを手に取った。

 そのブラジャーとパンツは紐の如く細い。

 いきなり爆弾級の下着を見せにきた妹。

 蓮は顔に手を当てる。


「…それはエイナにはまだ早いと思うからやめなさい」

「え~。じゃあ…これは!?」


 今度、取り出したのは穴が開いたブラジャーとパンツだった。

 どっからどう見ても、見えてはいけない部分が見えてしまうような下着だった。

 蓮は目眩を覚える。


「それ…どっから取ってきた?」

「え?あそこの棚から」


 エイナが指さした方向には、確かに穴が開いた下着がいくつも並べられていた。

 しかも『愛する男性と愛し合うためのラブ下着』と書かれた看板が棚の近くに置かれていた。

 なんでこんな物が売ってんだよとツッコミそうになったが、蓮は気持ちを抑える。


「……今すぐ別のにしろ」

「これもダメ~?」

「ダメ」

「む~じゃあ、これはどうよ!」


 次にエイナが選んだのは生地がめちゃくちゃ薄いブラジャーとパンツ。

 とても透けていて、着るとしたらただの変態だろう。

 蓮は頭を抱えた。


「エイナ…マジで頼むからもっとマシなのにしてくれ」

「もう!あれもダメ、これもダメ!じゃあ、今度は蓮兄が選んで」

「えぇ~俺?」

「そのために連れて来たんだから。ほら早く」

「分かった分かった。選ぶから急かすな」


 困った表情を浮かべながら、女物の下着を選ぶ蓮。

 恥ずかしい気持ちを抱きながら考えて、ある下着に指を指す。


「これなんて…どうだ?」


 蓮が選んだのは、桜模様の白いブラジャーとパンツ。

 シンプルなデザインかつ綺麗な下着。

 エイナはその下着を手に取って、眺める。


「ふ~ん。蓮兄はこういうのが好みなんだ」

「そういうわけじゃない。ただ……エイナにはこういうのが似合いそうかなと思って」

「まぁ~そう言うことにしておきましょう。ちょっと着てみるね」


 エイナは下着を持って、試着室に向かった。

 残された蓮は近くにあった椅子に座り、スマホで時間を潰す。

 ランジェリーショップにいる女性たちは、男である蓮に視線を向ける。

 蓮は『妹よ、早くしてくれ』と願った。

 数分後、


「蓮兄~。ちょっと来て~」


 試着室からエイナの声が聞こえた。

 なんだ?と思いながら蓮は椅子から立ち上がり、試着室に近付く。

 

「どうした、エイナ?」

「あのね。確認してほしいことがあって」

「確認?いったいなにをーーー」


 蓮が首を傾げて、どういう意味か尋ねようとしたその時、

 試着室のドアが突然開いた。


「ちょ、お前!なにやって!」


 蓮の視界に飛び込んできたのは、下着姿のエイナだ。

 先程、蓮が選んだブラジャーとパンツを着ている。

 

「えへへへ。どう…かな?」

「どうって…何を言って」

「似合ってるか似合ってないかを答えて」

「いや、それよりも隠せよ」

「早く答えてよ!私だって恥ずかしいんだよ!」

「じゃあ、見せんなよ」


 エイナの頬と細長い耳が赤い。

 つまり本当に彼女は恥ずかしいのだろう。

『なにをやっているんだよ、まったく』と思いながら蓮は素直に答える。


「とても…似合ってる」


 それは偽りのない言葉だった。

 エイナは「えへへへ」と嬉しそうに笑みを浮かべ、細長い耳をピコピコと動かす。


「じゃあ、これ買うね」

「ああ」

「それはそうと蓮兄」

「ん?」

「私のおっぱい…見たい?」


 蓮は試着室のドアを勢いよく閉めた。

 するとドンドン!とドアを強く叩く音が響いた。


「ねぇ、なんで閉めるの!?そんなに私のおっぱいみたくないの!おっぱい小さいから!?」

「店の中で馬鹿なことを言うな。あと、おっぱいを見せようとするな」

「私だって恥ずかしいんだよ!」

「だから見せようとするな。こVR上騒ぐともう俺、帰るぞ」

「え!?そんな酷い!もし帰ったら人が多い場所で『自分の兄に犯された!』って叫ぶからねぇ~!」

「もう黙れよ。マジで」


 蓮は頭痛を覚えながら、ため息を吐いた。


<>


 ランジェリーショップで買い物を終えた後、蓮とエイナは大きなデパートにやってきた。

 デパートの中には多くの店があり、蓮とエイナは色々まわる。

 兄妹楽しく、


「ねぇねぇ蓮兄!デパートの中に十八禁ショップがあるよ!入ってみようよ」

「ダメに決まっているだろ」

「じゃああれは!エッチな映画館!色々なカップルの人が入ってるし大丈夫だよ」

「なにが大丈夫だよ。アウトだよ」

「じゃあせめてここは行きたい!VR体験!」

「まぁそれぐらいだったら」

「S〇XをVRで体験することが出来るんだって」

「別の場所に行くぞ」


 違った。妹のほうは楽しんで、兄のほうは苦労していた。


「ねぇねぇ、蓮兄!あそこは!?」

「また変なとこじゃないよね」

「違うよ!あれだよ」


 エイナが指差した方向にあったのは、小さな占い屋だった。

 結構な行列ができており、とても人気があるのが分かる。


「占いか…面白そうだな」

「でしょでしょ!並ぼうよ」

「分かったから引っ張るな」


 蓮とエイナは列に並び、順番を待った。

 二十分後、ようやく蓮とエイナの番がやってきた。


「いらっしゃいませ~!星本の占い屋へ」


 出迎えてくれたのは、青と黒のローブを羽織った人間の少女。

 彼女の手には分厚い本があった。


「へぇ~魔法少女が占いをするんだ。珍しい」

「占いができる魔法少女は少ないですからね。さてさてそこのカップルさん。どんな占いをしますか?」


 占いの魔法少女の言葉に、エイナは頬を緩めた。


「蓮兄~。私たち、カップルに見えるみたいだよ?どうしようか?」

「俺達はカップルではなく、兄妹です」

「即答しなくてもよくない!?」


 エイナの言葉を無視して、蓮は占いの魔法少女に尋ねる。


「ここはどんな占いをするんですか?」

「恋愛占いですね。どんな人が運命の相手なのか、いつ会えるのとか」

「へぇ~恋愛ですか」

「凄いんですよ、私の占い。当たる確率は九十九パーセントなんです」

「本当ですか?それ」

「本当ですよ。魔法少女協会にも認められたんです」

「そいつはすごい」

 

 世界中に存在する魔法少女を管理し、統制する組織、魔法少女協会。

 魔法少女協会は魔獣討伐の依頼を出したり、魔法少女の能力を細かく調べたりなどしている。


「協会から認められているなら、信頼できますね」

「そうでしょそうでしょ。それで…どっちからやりますか?それともどっちもやりますか?」

「そうですね。まず妹が先にやって、その後俺で」

「分かりました。では一人千円なので、二千円です」

「安いですね」

「うちは安いのと占いの当たる確率が高いのが売りなので」

「なるほど。ではお願いします」


 蓮は財布から千円札を二枚を取り出し、占い屋に渡した。


「ありがとうございます。ではお嬢さん、どんなことが知りたいですか?」

「今、私の隣にいる兄と添い遂げられるかが知りたいです」

「え?」


 一瞬、呆然とする占い屋。

 当然の反応だろう。

 自分の兄と結婚できるかとドストレートに尋ねてきたのだ。

 驚かない方が無理というもの。

 蓮は顔に手を当てて、『なに言ってんだ、お前』と呟く。


「え、えぇ~と、そちらのお兄さんと添い遂げることができるか…ですか?」

「はい」

「わ、分かりました」


 少し混乱した様子で占い屋は手に持っていた本を開いた。

 すると空中に星の如くキラキラと光り輝く無数の光の点が出現。

 その光の点が赤や青、緑などに光ると、なにも書かれていなかった本の紙に文字が浮かび上がった。


「えぇ~と、なになに。え、嘘…」


 大きく目を見開いて、占い屋は本に浮かび上がった文字を凝視する。

 なんて書いてあるか分からないが、どうやらとんでもないことが書かれているようだ。


「な、なんて書いてあるんですか?」

「……可能性は高い…だそうです」

「本当ですか!?」

「ただ」

「ただ?」

「他の女性に邪魔される可能性があるみたいですね」

「邪魔する人、誰か教えてください。今すぐに」


 光のない目で低い声を出すエイナ。

 そんな彼女に怯えて、占い屋は『ヒッ!』と小さな悲鳴を上げる。


「わ、私は恋愛のこと以外は占うことはできないんです」

「そうですか。なら」


 エイナは自分の財布から三枚の一万円札を取り出す。


「これでお願いします」

「いや、お金の問題では…」

「分かりました。ではもっと」

「やめなさい」

「いたっ!」


 さらに金を出そうとするエイナの頭を、蓮は手刀で叩く。

 結構、痛かったらしく、エイナは頭を押さえて蹲った。


「なにやってんだ、お前。お金の問題じゃないって言ってるだろう。あとお金を無駄遣いするな」

「だって私と蓮兄の結婚を邪魔する人がいるんだよ!?拷問して、殺さないとダメじゃん!」

「物騒なことを言うな」

「蓮兄の童貞は私のものだ!」

「人前で何を言ってんだよお前は。もう黙ってろ」


 エイナの発言に頭痛を覚えながら、蓮は占い屋に質問する。


「恋愛に関してだったら占えるんですよね」

「え?あ、はい」

「なら本当にエイナが俺と結婚するのか。俺の運命の人は誰なのか…教えてください」

「分かりました」


 占いの魔法少女は一度本を閉じ、また開いた。

 すると空中に黒く輝く星が出現。

 そして本の紙が黒く染まり、赤い文字が浮かび上がる。

 呪いのアイテムのようになってしまった本。

 よく見たら禍々しいオーラのようなものが出ている。


「な、なんですかこれは!?」

「え!?あなたも知らないんですか、これ?」

「色んな人を占ってきましたが、こんなこと今まで」

「と、とにかくなんて書いてあるか教えてください」

「わ、分かりました。え~と…必ず妹さんと結婚するわけではないようです。あくまで可能性が高いだけ」

「チッ!!」

「エイナ、舌打ちしない。続けて下さい」

「あなたの運命の人は一人ではありません」

「え?他にもいるんですか?」

「みたいですね。その運命の人達はあなたが知っている人でもあり、あなたが近いうちに出会う人でもあります。ただ…その運命の人達は全員、魔獣よりも恐ろしく、逃げても必ず探して見つける。……だそうです」

「魔神かなんかですか?俺の運命の人達…」


 自分の運命の人が複数いて、全員が魔神のような存在だと知り、蓮は頬を引き攣った。

 将来が不安になった彼は占い屋に「回避は出来ないか?」と尋ねたが、


「無理ですね」


 と即答された。


<>


 その後、エイナと蓮はオシャレなカフェで昼食を取ることにした。

 二人が注文したのは、カップル限定パンケーキセット。

 パンケーキには生クリームと蜂蜜がたっぷりかかっており、紅茶の爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。

 エイナがどうしてもカップル限定のパンケーキセットが食べたい!と言うので、蓮は仕方なく頼んだのだ。


「美味しそ~!」


 瞳をキラキラと輝かせるエイナ。

 そんな妹を見て、レイジは微笑む。


「それじゃあ、食べようか」

「うん!いただきま~す!」


 エイナはフォークとナイフを持って、パンケーキを一口サイズに切り、パクリと食べた。

 蜂蜜と生クリームの甘さとパンケーキのふわふわとした柔らかい食感が、彼女の口の中を幸せにする。


「ん~甘くて美味しい♡」


 エイナは細長い耳をピコピコと動かす。


「おいしいか?」

「うん!とっても」

「そいつはよかった。……なぁエイナ」

「なに?」

「俺のことは諦めろ」


 その言葉を聞いて、ナイフでパンケーキを切っていたエイナの手が止まった。


「蓮兄……」

「俺は…お前らの両親を…俺を拾ってくれたお義父さんとお義母さんを死なせてしまった男だ。そんな男が女を幸せにすることなんてできな」

「私は諦めないよ蓮兄」


 蓮の言葉を遮り、エイナは言葉を続ける。


「パパとママが死んだのは、蓮兄のせいじゃない。それにこの好きという気持ちを消すことはできない」

「エイナ。だけど…」

「パパとママが死んでから、蓮兄は私の…私達のために色々してくれた。高校を辞めて仕事して、私の学費とエイミーの入院費を稼いでくれてる。好きにならない方がおかしいよ」


 エイナは真っすぐな目を兄に向け、告げる。自分の想いを。


「私は…蓮兄が好き。一人の女として」


 それはエイナの偽りのない想い。

 もちろん彼女は蓮を兄として尊敬している。

 だがそれ以上に、蓮のことを一人の男として愛しているのだ。


「誰にも渡したくない。奪われたくない。諦めたくない」

「……幸せになれないぞ」

「なにが幸せなのかは自分で決める。そして蓮兄は私が幸せにする。人生のパートナーが私でよかったって思わせる」

「なにを言ってもダメなんだな?」

「うん」

「そうか……」


 カップに入った紅茶を啜り、蓮は軽くため息を吐いた。


「なら好きにしろ」

「!ありがとう、蓮兄!」

「だが俺がお前に惚れるかどうかは分からんぞ?」

「絶対に私のことを好きにしてみせる。だから…」


 エイナはニッと笑みを浮かべながら、人差し指を蓮に向ける。


「覚悟してよね」


<>


 カフェで食事を済ませた後、蓮とエイナは街の中を歩いていた。


「ねぇねぇ蓮兄、次どこ行く?」

「そうだな……ボウリングとかはどうだ?」

「いいね!行こ行こ!」


 エイナは蓮の手を引っ張って、ボウリング場に向かおうとした。

 その時、


「キャアアァァァァァァァァァァァァァ!」


 悲鳴が聞こえた。

 楽しそうに笑っていたエイナの顔が一瞬で引き締まる。


「蓮兄はここで待ってて!」


 そう言ってエイナは駆け出し、悲鳴が聞こえた方向に向かった。

 現場に到着すると、そこには体長二メートル以上はある漆黒の狼達がいた。数は四匹。

 その狼達は赤い双眼を怪しく輝かせながら、人々を襲っている。


「魔獣ブラック・ウルフ!歩兵級か」


 魔獣には強さのランクが存在する。

 十人以上の人を殺すことができる歩兵級。

 小さな街を破壊することができる隊長級。

 大きな都市を更地にすることができる将軍級。

 一つの国を滅ぼすことができる王級。

 そして世界の半分以上を崩壊させることができる神級。


「こいつらなら私一人でも倒せる。【獅子の戦士ヘラクレス】!」


 エイナが叫ぶと、彼女の両腕に黄金に輝くガントレットが顕現した。

 手甲に覆われた拳を構え、エイナは唱える。


「変身!」


 次の瞬間、エイナの足元に黄金の魔法陣が出現。

 魔法陣から発生した粒子がエイナの身体を包み、鎧と化す。

 そして彼女の緑髪の一部が金色に染まる。


「魔獣!私が相手だよ!」


 魔法少女に変身したエイナは地面を蹴り、ブラック・ウルフに接近。

 彼女はガントレットに覆われた拳でブラック・ウルフの顔を勢いよく殴る。


「キャイン!?」


 強烈な打撃によってブラック・ウルフの顔が潰れ、血と肉が飛び散った。

 仲間が殺されたのを見て、残った三体の黒狼は唸り声を上げながら警戒する。


「来なよ。すぐに殺してあげるから」


 魔獣達を睨みつけながら、エイナは挑発した。

 彼女の言葉を理解したのか、二体のブラック・ウルフはエイナに襲い掛かる。

 鋭い爪と牙が彼女の身体を切り裂こうとした。

 だが、


「遅い!」


 迫りくる爪と牙を躱し、エイナは二体のブラック・ウルフの首を両手で掴む。そして地面に力強く叩きつけた。


「「ギャウ!?」」


 強い衝撃を受けた二体の魔狼は血を吐き出し、絶命。

 三体の魔獣を殺した黄金の魔法少女は、最後に残った敵を排除するために駆け出す。

 相手が強いと理解したブラック・ウルフはすぐに逃げようとした。

 だがそれよりも速く、エイナが攻撃する。


「くらえ!」


 素早い回し蹴りを放ち、ブラック・ウルフを吹き飛ばす。

 蹴り飛ばされた魔狼はビルの壁に激突する。


「キャイン!」


 悲鳴を上げるブラック・ウルフは口から血を流す。

 魔法少女に変身したことでエイナの身体能力は十倍以上にも上がっている。

 しかもエイナのガントレットには、魔獣を殺す力が宿っている。

 故に通常兵器では死なない魔獣、ブラック・ウルフにダメージを与えることができたのだ。


「終わりだよ」


 すでに瀕死の状態のブラック・ウルフを、エイナは拳を打ち込んだ。

 バキバキバキと骨が折れる音が鳴り、魔狼は血を吐きながら白目を剥く。

 たった数分で四体の魔獣を倒した魔法少女エイナ。

 彼女はふぅと息を吐き、肩の力を抜く。


「大した相手じゃなかったな。おっと、そうだ。忘れないうちに」


 エイナはスカートのポケットからスマホを取り出し、前に翳した。

 すると魔獣達の死体が彼女のスマホに吸い込まれた。

 エイナが持っているスマホは普通のものではない。

 魔法少女の力と科学の力で作られた特別製。

 緊急時の時、多くの魔法少女を呼ぶことができたり、倒した魔獣を回収してお金に変えることができる。

 魔獣の血や骨などは薬になったり肥料になったりなどするので高く売れるのだ。


「さてお金はどれくらいかな」


 スマホの画面に表示された魔獣の死体の買取金額をエイナは確認した。

 するとエイナは笑みを浮かべた。


「おお~!結構、売れた!これで蓮兄ともっと遊べる♪さてと魔獣は倒したし、早く蓮兄のところに行かないと」


 エイナは元の姿に戻ろうとした。

 その時、秋葉原の上空に黒い穴がある事に気が付く。


「あれは…ゲート。あそこから魔獣が出てきたのか。でももう魔獣は全て倒したし、待てば消えるでしょう」


 ゲートから出てきた魔獣を全て倒せば、ゲートは消える。

 あと数秒で消えるだろう。

 そう思っていたが、ゲートが消える気配はなかった。

 流石におかしいとエイナが思っていたその時、黒い穴が大きくなり始めた。

 そして巨大化したゲートから浮遊する大きな鯨が現れる。

 その鯨は分厚く黒い外殻に覆われており、体長百メートル以上はあった。

 

「王級…鯨王げいおう。なんで、なんであんな奴が出てくるの!?」


 国を滅ぼすことができる化物が現れたことに、エイナや周囲の人々は驚愕した。

 だが驚くのはそれだけではなかった。


「ホオォォォオオオオオンンンンンン!」


 鯨王が鳴き声を上げると、空に無数のゲートが出現。

 無数のゲートから翼を生やした蜥蜴や人の姿をした豚などの魔獣が次々と現れる。


「嘘……まさか…モンスターフェスティバル」


 数万以上の魔獣が出現し、多くの命を奪う最悪の災害、モンスターフェスティバル。

 空からやってくる魔獣達を見て、人々は悲鳴を上げ、逃げ惑う。


「と、とにかく学園に連絡しないと!」


 エイナが通う学園には、学生とはいえ多くの魔法少女が存在する。

 学園の中にはプロにも負けないくらいの実力者もいる。

 全ての魔獣を倒すのは難しいかもしれないが、人々が避難できるまでの時間は稼げるはず。

 そう思ったエイナは電話をかけた。


「もしもし!こちら魔法少女エイナ!現在、東京でモンスターフェスティバルが発生しました。至急応援を!」


 学園に繋げたスマホに叫ぶエイナ。

 そんな彼女の言葉に対し、スマホから返ってきたのは、


『こちら三日月。残念ながら応援を送ることはできません』


 絶望を与える言葉だった。

 エイナは言っている意味が分からず、動揺した。


「な、なぜですか!?」

『現在、浮遊学園都市『大和』の周囲にもモンスターフェスティバルが発生。在籍している魔法少女達が応戦中』

「そんな!」


 まさか二か所同時にモンスターフェスティバルが発生。

 これでは援軍が来れない。


『魔法少女エイナ。現地にいる他の魔法少女達と協力し、一人でも多く安全な場所に避難させてください』

「……了解しました」


 エイナは通話を切り、顔を曇らせた。

 ハッキリ言って、今の状況は最悪だ。

 敵は強力な奴がいる上に、多数。

 しかも援軍は来ることができない。

 おまけにエイナは多少戦えるぐらいの強さしかない。

 魔法少女の中では、下の中。


「ダメだ。このままじゃあ……そうだ蓮兄。蓮兄を置き去りにしてた!?」


 最悪な事に、今の状況で大切な兄を一人にしてしまった。

 蓮はただの一般人。

 魔獣に出会ったら、一瞬で殺される。


「蓮兄!!」


 急いで兄の所に向かおうとしたエイナ。

 そんな彼女の目の前に、大きな何かが空から落下した。

 土煙が舞い、轟音が鳴り響く。


「ウオオォォォォォ!!」


 エイナの目の前に現れたのは、一つの目玉だけの巨人型魔獣サイクロプス。

 強さは隊長級。

 今のエイナでは勝てるような相手ではない。

 だが、


「どいてよ、邪魔!蓮兄のところに行かないといけないんだあぁぁぁぁぁぁぁ!」


 エイナは拳を握り締め、サイクロプスを襲い掛かった。

 しかしサイクロプスの肌は鋼の如く硬く、全く効いてない。

 それでもエイナは殴り続ける。


「ガアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」


 不愉快に思ったのか、サイクロプスは岩の如く大きな拳でエイナを殴り飛ばした。

 スーパーボールのように吹き飛んだエイナは、コンクリートの上を何度もバウンドし、ビルの壁に激突。

 魔法少女の力のおかげで身体は頑丈になっているため即死は免れた。

 だが大きなダメージと痛みによって、エイナは動けなかった。


「う…うぅ……」


 なんとかして立ち上がろうとするが、うまく力が入らない。

 必死に動こうとするエイナに、サイクロプスはゆっくりと近づく。

 ドスン!ドスン!と聞こえる足音は、エイナに死の予感を与える。


(ああ…ダメだ。これは死んだ)


 今の自分ではサイクロプスに勝てない。

 どう足掻いたところで、死は免れない。

 それを理解したエイナは、魔獣が出現し続ける空を見上げた。

 

(あ~あ。せっかく蓮兄とのデートだったのに…もうめちゃくちゃ。蓮兄…ちゃんと逃げられたかな)


 エイナは自分が殺されるというのに、兄の事を心配していた。

 自分が死んだら泣くだろうか?

 死んだ後、自分のことをずっと思てくれるだろうか?

 そんなことを考えながら、彼女は呟いた。


「死にたくないな…まだキスしてないのに」


 涙を流しながら、エイナはゆっくりと閉じた。

 サイクロプスは右腕を大きく上げ、エイナに向かって拳を振り下ろす。

 一つ目巨人の拳がエイナを叩き潰そうとした。

 だがその時、サイクロプスの首に鋭い刀が突きつけられた。

 サイクロプスの拳がエイナに当たる寸前でピタリと止まる。

 一つ目巨人型魔獣は身体中から汗を垂らし、ガチガチと歯を震わせた。


 今、サイクロプスの目には自分の首に刀を突きつける鎧武者の姿が映っていた。


 この娘に手を出したら己が殺されると理解したサイクロプスは、距離を取った。

 鎧武者の幻影を出す


「エイナ。大丈夫か?」


 少年は倒れているエイナに声を掛ける。


(この声…)


 聞き覚えのある声を耳にして、エイナはゆっくりと目を開く。

 そして…大きく目を見開いた。


「嘘…なんで」


 エイナは信じられないものを見ていた。

 なぜなら今、彼女の瞳に映っていたのは自分の知っている……いや、愛する人。


「なんで…ここに」


 エイナの視線の先にいたのは、右耳に金色のピアスをつけた黒髪の少年。


「なんでいるの、蓮兄!」

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