火炎の魔法少女

「なんでいるの、蓮兄!?」

 

 エイナは信じられなかった。

 自分の最愛の兄が目の前にいるのだから。


「お前を探してたんだ。心配だったから」

「蓮兄…」

「よく頑張った。あとは任せろ」

「任せろって…まさか戦うの!?」

「ダメだよ!早く逃げて!」


 敵は一つ目玉巨人型魔獣、サイクロプス。

 防御力と攻撃力に特化した化け物。

 一般人である蓮では勝つことはできない。

 だが、彼にはサイクロプスを倒す自信があった。


「エイナ…俺はお前に一つ、秘密にしていたことがある」

「秘密?」

「ああ。今からその秘密を教えよう」


 蓮は自分の胸に手を当て、唱える。


「燃えろ、【鳳凰ほうおう】」


 次の瞬間、蓮の胸から赤く燃え上がる炎が発生。

 その炎は刀の柄へと形を変える。

 蓮は刀の柄を握り締め、引き抜いた。

 刀の刀身は炎の如く赤く、二メートル以上の長さがあった。


「あの刀…〈マジックアイテム〉!?」


 選ばれた女性のみ使うことができる変身武装、〈マジックアイテム〉。

 それを男である蓮が持っていることに、エイナは驚愕した。

 蓮は前髪で隠れていた双眼を鋭くし、サイクロプスを睨みつける。


「おい、目玉野郎。ウチの妹が世話になったな。礼はさせてもらうぞ」


 蓮は告げる。己に力を与える言葉を。

 

「変身」


 直後、蓮の身体が激しく燃え上がった。

 紅蓮の炎に包まれた蓮の肉体が変化していく。

 やがて炎が消えると、そこにいたのは一人の少年ではない。


 和風の甲冑を纏った美しい少女。


 炎の如く赤い瞳に、ポニテ―ルにした長い真紅の髪。

 大きく形が整った胸とお尻に、引き締まったお腹。

 そして金色の鳥の刺繍が施された腰マント。

 まるでその姿は戦国時代で戦う女武将。


「ウ、ウソ……蓮兄が」


 エイナは驚きを隠せなかった。

 なぜなら、自分の兄が魔法少女に変身したのだから。


「これが俺の秘密だ。エイナ」


 高い声でそう言って蓮は、サイクロプスに近付いた。

 カツッカツッカツッと足音を立てながら、ゆっくりと歩く。

 その度にサイクロプスは汗を流しながら、後退る。


「おい、動くな」


 圧が込められた声。

 その声を聞いて、一つ目玉巨人はピタリと動きを止める。

 サイクロプスは口から荒い息が漏れる。


 このままでは殺される。


 そう本能で理解したサイクロプスは「グガアアァァァァァァァァァァァァ!」と雄叫びを上げながら、拳を振り下ろした。

 巨人の拳が蓮を叩き潰そうと迫る。

 だが蓮は動じなかった。


「無駄だ」


 蓮は赤い大太刀を軽く振るった。

 その直後、サイクロプスの身体がサイコロステーキのように細切れになった。

 細切れになった巨人の肉体と赤い血がビルの壁や地面に飛び散る。

 一瞬でサイクロプスを倒した蓮を見て、エイナは呆然とする。


(今……斬ったの?全然見えなかった。というか蓮兄、強すぎない!?)


 兄が魔法少女になれる事にも驚きだが、それ以上に彼の異常な強さに目を見開いたエイナ。

 一瞬だった。一瞬でサイクロプスを細切れにした。

 プロの魔法少女でも、一瞬でサイクロプスを倒すのは不可能だ。

 そもそもサイクロプスは十人以上の魔法少女がいて、やっと倒すことができる魔獣だ。

 だが蓮は一人で討伐した。


「エイナ…動けるか?」


 エイナに近付いて、身体の様子を見る蓮。


「そこまで酷くはないが、念のため治療をしよう」


 蓮は右の掌をエイナに向けた。 

 すると彼女の身体が赤い炎に包まれた。

 突然のことにエイナは驚く。


「え!?なに、燃えてる!?」

「安心しろエイナ。熱くもないし、痛くもないだろう?」

「え?あ、本当だ」


 蓮の言う通り、自分の身体を包み込む炎はまったく熱くなかった。

 それどころかとても温かく、心が安らぎ、痛みが引いていく。

 炎が消えた頃には、エイナは完全に回復していた。


「すごい。もうぜんぜん痛くない」

「それはよかった。……エイナ、お前は逃げ遅れた人を安全な場所に避難させろ」

「蓮兄はどうするの?」

「魔獣共を全て潰す」

「!?なに言ってんの!無理に決まってるよ!」


 エイナは必死に止めた。

 蓮が今からしようとしていることは自殺行為。

 空には国を滅ぼすことができる鯨王や飛行型魔獣達が飛んでいる。

 そして地上には多くの魔獣達が暴れている。

 最低でも数万はいる。

 一人だけで全て倒すのは、不可能だ。


 そう。


「安心しろ。ニ十分以内に終わらす」


 心配するエイナの頭を優しく撫でた蓮は、背中と足の裏からロケットエンジンの如く炎を噴射。

 地面の上を超高速で滑走する蓮。

 彼は人を襲い、建物を壊す魔獣たちを見つけ、大太刀を構える。


「失せろ」


 蓮は大太刀を振るい、魔獣達の身体を細切れにした。

 そしてまた高速移動し、魔獣達を見つけ、刀で命を奪う。

 炎の軌跡を描きながら、赤き女武将は次々と地上の黒き怪物達を切り裂いていく。

 蓮が通り過ぎた所に残るのは、魔獣の血と肉のみ。


「これで地上は終わりか。あとは……」


 地上にいる全ての魔獣を排除した炎の魔法少女は、空を見上げた。

 空には鷹のような魔獣や蝙蝠のような魔獣が飛んでいる。


「アイツ等か」


 目を細めた蓮は、背中から大きな炎の翼を生やした。

 そして炎翼を羽ばたかせて飛翔。

 高速に近付いてくる魔法少女を目にした飛行型魔獣達は、一斉に襲い掛かった。

 鋭い牙と爪が蓮を狩り殺そうとする。

 だが、


「遅いんだよ」


 牙と爪が直撃するよりも速く、蓮は飛行型魔獣達を細切れにした。

 ジグザグに高速飛行しながら、炎の女武将は敵を斬る。斬る!斬る!!斬り続ける!!!

 ほとんどの飛行型魔獣達を斬り殺した蓮は、最後に残った敵に視線を向ける。


「お前で最後みたいだな」


 最後に残ったのは、体長百メートル以上はある漆黒の鯨―――鯨王。

 国を滅ぼす力を持っている化物だ。


「ホオオォォォォォォォワアアァァァァァァァン!」


 雄叫びを上げた鯨王は、身体中から無数の黒い光線を放射。

 流星群の如く無数の光線は、蓮に襲い掛かる。

 迫りくる光線を炎の魔法少女は、ジグザグに飛行して躱しながら鯨王に近付き、大太刀を構える。


「うるせぇよ」


 横に振るい、一閃。

 刹那、鯨王の身体に大きな一筋の斬撃の痕が生まれた。

 大量の鮮血が宙に飛び散る。


「ホワアアァァァァァァァァァァァン!!?」


 悲鳴を上げる鯨型魔獣。

 しかし奴が死ぬことはなかった。


「チッ。外殻が硬すぎて殺しきれなかった。なら……纏え炎」


 蓮がそう言うと、大太刀の刀身に赤い炎が発生。

 業火を纏った大太刀を女武将は上段に構える。


「次で終わりだ」


 真紅の瞳を輝かせる蓮。

 本能で危険を感じ取った鯨王は、口を大きく開けて極太の黒い光線を放った。

 直撃すれば跡形もなく消滅する死の光線。

 だがそれを前にしても、蓮は恐れなかった。


「これで終わりだ」


 蓮は力強く大太刀を振り下ろし、巨大な炎の斬撃を放つ。

 炎の斬撃は極太光線を斬り裂き、そして―――鯨王の身体を真っ二つに斬り裂いた。

 百メートル以上の化物鯨を倒した蓮は、懐からスマホを取り出し、前に翳す。

 すると真っ二つになった鯨王の身体や今まで蓮が倒した魔獣の死体が、スマホの中に吸収された。


「これで終わりだな」


 全ての魔獣を倒した蓮は、ゆっくりと降下した。

 下には手を振りながら、「蓮兄~!」と叫ぶエイナの姿が。


「この後…色々、質問されそうだな」


〈〉


「で、どういうことなの!?」


 モンスターフェスティバルが終わってから翌日。

 東京のとあるカフェで、エイナは兄である蓮に問い詰めていた。

 蓮はコーヒーを飲みながら、「なにが?」と聞く。


「惚けないで。昨日のことだよ」

「まぁそうだよね」

「昨日は色々あったから聞けなかったけど、なんで魔法少女になれるの?なんで〈マジックアイテム〉を持ってるの?なんで私よりもおっぱい大きいの!?」

「最後のほうはどうでもいいだろう」

「どうでもよくない!全部、答えて」

「ハァ…分かったよ」


 一度、ため息を吐いた後、蓮はコーヒーを一口飲み、口を動かす。


「俺が五歳の時、目の前に〈マジックアイテム〉が現れた」

「五歳の時って……そもそも〈マジックアイテム〉は選ばれた女性の前に現れるものだよ?なんで男である蓮兄が」

「さぁな。心当たりがあるとすれば、俺の血だろうな」

「血?」

「俺の先祖は代々魔法少女なんだ。実母も祖母も、ひいばあちゃんも〈マジックアイテム〉に選ばれていた。あと魔法少女が存在する前からご先祖様は巫女や聖女として活躍していたらしい」

「つまり…魔法少女の血が濃いから男でありながら、〈マジックアイテム〉に選ばれたってこと?」

「多分な。まぁ、それでも俺は異例中の異例だろうな」


 蓮が言っていることは正しいだろう。

 男で魔法少女になれるなど、エイナは聞いたことはない。

 間違いなく蓮は特別だ。


「じゃあ…次は一番聞きたいことを聞くね」


 真剣な表情でエイナは蓮に視線を向ける。


「変身した時…チ〇コどうなるの?」

「お前…仮にも女子だろ?なに聞いてるんだ」


 エイナのバカ発言に、蓮は頭痛を覚えた。


「だって気になるでしょ!?蓮兄が女になったってことは、チ〇コはどうなるか!」

「……一応、魔法少女になると、アレは無くなる」

「そうか…ふた〇りじゃないのか。残念……もしチ〇コがあったら、女の子同士でセ〇クスしてみたかった」

「もう黙ってろ、お前。周りにいる他のお客さんがこっち見てるから」

「じゃあ最後に一つだけ質問」

「次、変なこと聞いたらしばらく会わないし、連絡しないからな」

「なんで……あんなに強いの」


 エイナの言葉を聞いて、蓮はカップを持っていた手をピタリと止めた。


「私は普通の魔法少女だけど、それでもあの強さが異常だって分かる。モンスターフェスティバルと王級魔獣を一人で解決するなんて不可能だよ。プロの魔法少女が一万人以上いて、なんとかなるかどうか」

「……」

「教えて。なんであんなに強いの」

「それは…」


 蓮はしばらく黙り込んだ。

 そんな兄の姿を見て、エイナはため息を吐く。


「まだ言えない…てこと?」

「すまん」

「いいよ、もう。蓮兄には蓮兄の事情があるんでしょ?だったら、今は何も聞かない」

「ありがとう、エイナ。そう言ってくれると助かるよ」

「その代わり……アレしてほしいな」


 妖艶な笑みを浮かべながら、舌なめずりするエイナ。

 蓮は苦笑しながら、「はいはい分かったよ、お姫様」と答える。


〈〉


 カフェを出た後、蓮とエイナは人が近づかないような裏道に移動した。

 

「ここなら大丈夫だろう」

「蓮兄…もう飲んでいい?」

「好きにしろ」


 エイナは蓮の首に口を近づけ、噛みついた。

 そして彼の血を吸っていく。


(ああ、やっぱりおいしいな、蓮兄の血は♡濃厚だけどさっぱりしてて飲みやすい)


 恍惚とした表情を浮かべながら、エイナは血を飲む。

 満足するまで飲んだ彼女は、蓮の首から口を放し、舌なめずりする。


「ごちそうさま。とてもおいしくて、あそこが少し濡れちゃった」

「おい、やめろ。その発言は」


 吸血鬼の血を半分持つエイナは時々こうして蓮の血を吸っている。


「そういえばエイナ。お前の学校は大丈夫なのか?あっちもモンスターフェスティバルが発生したんだろう?」

「ああ、大丈夫大丈夫。『三日月』には私よりも強い魔法少女が沢山いるし。それに学園長もいるからね」

「『三日月』の学園長…確か浮遊学園都市『大和』を作った人で何百年も生きている伝説の魔法少女だったよな」

「そ。だから学園で犠牲者はなし。少し建物が壊れたぐらいで別に問題は…」


 エイナが話をしていた時、彼女のスカートのポケットから音楽が流れた。

 エイナはポケットに手を突っ込み、スマホを取り出し、通話をONにする。


「はいもしもし。……え!?今日、私は休みのはずじゃあ!はい…はい…分かりました」


 通話が終わると、エイナは深いため息を吐き、肩を落とした。


「どうした?」

「学校から瓦礫の撤去作業を手伝えって言われた」

「あらら」

「もう。せっかく未成年でも入れるラブホを見つけたのに」

「おい、なんつーもん見つけてんだ」

「今日、蓮兄を押し倒して既成事実を作るつもりだったのに」

「本当に学校から連絡あってよかったよ」


 心から蓮は妹が通う学校に感謝した。

 もし連絡がなかったら、蓮は妹に貞操が奪われていただろう。


「とにかく行ってこい。時間があったらまた遊んでやるから」

「本当?」

「ああ」

「次、会ったらセ〇クスしていい?」

「ダメに決まっているだろ」

「じゃあせめて髪の毛を!」

「やらねぇ~よ。とっとと行け」


 エイナは渋々といった様子で蓮は別れた。

 妹と別れた蓮は駅に向かい、電車に乗り、栃木県にやってきた。

 そして栃木県のとある大きな病院に向かう。

 面会の受付をした蓮は、エレベーターで上の階に移動。

 彼はできるだけ足音を立てないように廊下を歩き、目的地である病室にやってきた。

 病室の扉を横にスライドさせ、中に入る。

 その病室はとても広く、色々な医療装置が置かれている。

 そしてベットの上には、一人の少女が横たわっていた。

 その少女は細長い耳が特徴的で、エメラルドグリーンの長い髪を伸ばしていた。

 ルビーの如く赤い瞳を宿したタレ目で、少女は蓮のことを見つめる。


蓮兄れんにいさん…また来てくれたんだ」

「妹の見舞いに来るのは兄として当然だろう。エイミー」


 蓮は微笑みを浮かべながら、もう一人の妹—――エイミーに近付いた。


「身体の調子は?」

「今日は大丈夫。元気だよ」

「それは良かった」

「エイナは元気だった?」

「ああ。めちゃくちゃ変態発言していたよ」

「まったくエイナは…双子の姉として恥ずかしい。でも仕方ないのかもね。蓮兄さんのこと、異性として好きだから」

「なんでこんな男を好きになるのか」

「好きになっちゃうよ。お母さんとお父さんが死んでから、私達のことを蓮兄さんは支えてくれているんだから」

「…それがせめてもの罪滅ぼしだからな」


 蓮は思い出す。自分を拾ってくれた優しい義父と義母が跡形もなく消滅するところを。


「蓮兄さん。自分を責めちゃダメだよ」


 蓮の頬を両手でそっと触り、眉根を寄せるエイミー。


「あれは蓮兄さんのせいじゃない」

「けど…俺があの時、魔法少女の力をもっと早く使えば義父さんと義母さんを死なせずに済んだ。なによりお前が呪いに掛からずに済んだ」


 エイミーの顔や腕などの肌には、白い蛇の紋様な物があった。

 その紋様は相手を苦しめ、寿命を減らす呪い。


「俺の魔法少女の力は、どんな怪我や病気だろうと完治させることができる回復系。でも…呪いだけは解くことはできない」

「知ってる。だから呪いの進行を遅らせることができるこの病院に入院させてくれたんだよね」

「エイミー…俺は」

「私ね。蓮兄さんのおかげでここまで生きることができた。本当に…ありがとう」

「……エイミー」


 蓮はエイミーの両手を優しく握る。

 

「?蓮兄さん」

「絶対にその呪いを解くから。そして学校にも行かせてやる。エイナと俺、エイミーの三人で遊びに行こう!」


 それは兄としての誓いだった。

 必ず救うという宣言を聞いて、エイミーは微笑む。


「うん」

「約束だ」

「約束だね」


 蓮とエイミーは指切りげんまんをする。

 血が繋がっていなくとも、二人には確かに兄妹としての絆があった。


「あ、蓮兄さん。そう言えばエイナから電話で聞いたんだけど。ついに魔法少女のこと…バレちゃったんだって?」

「ああ。秋葉原でモンスターフェスティバルが発生してな。仕方なく」

「一人でモンスターフェスティバルを解決したんだって?相変わらずとんでもないね」

「アハハハハハ……」


 苦笑しながら蓮は目を逸らし、指で頬をポリポリと掻いた。

 その時、蓮のズボンのポケットから音楽が流れた。

 ズボンのポケットに手を突っ込み、スマホを取り出す。

 スマホの画面に表示された着信先の名前を見て、蓮は前髪で隠れていた目を細める。

「ごめん、仕事から電話」とエイミーに言って、彼はスマホを耳に近付ける。


「もしもし…はい…はい。分かりました」


 通話を終えた蓮は、スマホをズボンのポケットにしまう。


「すまん、急用ができた」

「気にしないで蓮兄さん」

「また明日、見舞いに来る」

「うん。待ってる」


 蓮は病室を出た後、速足で廊下を歩いた。

 前髪で隠れていた彼の目は、鋭くなっていた。


「今度こそ尻尾を掴んでやる」


<>


 午前七時三十分。 

 空が暗くなり、外灯が光り始めた頃。

 大阪のとある場所に建っている大きなビル。

 そのビルには多くの裏世界の人間や亜人がおり、麻薬売買や人身売買などの違法行為が行われていた。

 そんな危険なヤクザの巣で、一人の魔法少女が暴れていた。


「止まれこのおおぉぉぉぉぉぉ!」


 スーツ姿のヤクザの魔法少女が叫びながら、二丁拳銃を撃ち続けた。

 魔法少女の力で強化された銃弾は、戦車をも撃ち抜く。

 しかし音速に近い速さで飛ぶ弾丸を、ヤクザの巣に侵入した赤き魔法少女は大太刀で全て斬る。


「なんやねん…なんやねん己は!!」


 二丁拳銃をカタカタと震わせるヤクザの魔法少女。

 今、ビルで立っているのは彼女のみ。

 百人以上いた仲間は赤き魔法少女にやられ、床の上で倒れている。

 赤き魔法少女はコツコツと足音を立てながら、ヤクザの魔法少女にゆっくり歩み寄る。


「おい」

「ヒッ」


 恐怖のあまり、ヤクザの魔法少女は攻撃することも、逃げることも出来なっかった。


「《白蛇しろへび》がここにいたのか確かか?」

「そ、それがなんやねん」

「そいつ……今、どこにいる?」

「し、知らないうちに消えていた」

「そうか…なら」


 赤き魔法少女は右手でヤクザの魔法少女の顔を掴み、壁に叩き付けた。

 大きな衝撃音が鳴り響き、壁に亀裂が走る。


「寝てろ」

「ガハッ!」


 壁に叩き付けられたヤクザの魔法少女は、白目を剥き、気を失った。

 敵を気絶させた赤き魔法少女は、懐からスマホを取り出す。


「もしもし…敵は全て倒しました。はい…はい。分かりました。すぐに探します」


 電話を切った後、赤き魔法少女は廊下を歩く。

 歩きながら、彼女はポツリと呟いた。


「今日もダメだったな」


<>


 午後八時頃。

 とある小さなカフェで、蓮はテーブル席に座ってコーヒーを飲みながらライトノベルを読んでいた。


「やぁ、待たせたな」


 その声を聞いて、蓮は本を閉じる。

 声の主は、黒いロングコートを羽織った黒髪の女性。

 見た目は二十代前半で、頭には垂れた犬耳を生やしていた。

 犬人の女性は蓮とは向かいの席に座り、店員にコーヒーを注文する。


「今日も派手にやったようだな」

「そういう依頼でしたので」

「ハハハ。そうだったそうだった……で?例のものは?」


 目を細めながら、尋ねる犬耳の女性。

 蓮はリュックから一枚の封筒を取り出し、女性に渡す。

 女性は封筒の中身を確認。

 封筒の中に入っていたのは、三枚の書類。

 その書類を見て、女性は笑みを浮かべる。


「感謝する。これで奴らを捕らえることができる。報酬はいつも通り振り込んでおく」

「ありがとうございます。では俺はこれで」


 蓮は伝票を持って、会計して帰ろうとした。

 そんな彼を女性は止める。


「蓮。少し話があるから待ってくれないか?」

「なんですか?」

「魔森蓮。ウチに正式に入らないか?」

「またその話ですか」

「君のおかげで犯罪組織が次々と消え、日本は平和になってきている。我々警察は君を高く評価している。君がウチに来てくれれば心強い。それなりの地位や権力を与えよう」

「……前も話したはずです。奴を見つけたら考えます」

「《白蛇》か」

「はい。今は奴を見つけることを優先したいので」


 そう言い残して、蓮はカフェから出て行った。


<>


 暗い夜。

 街灯に照らされた歩道を蓮は歩いていた。


「今日も大した情報はなかったな」


 冷たい風を浴びながら蓮は立ち止まり、空を見上げる。

 空には幾つもの星々が輝いていた。


「エイミーにも見せたいな。この星を」


 蓮がポツリと呟いたその時、


「なら儂が見せられるようにしようではないか」


 少女の声が聞こえた。

 声が聞こえた方向に視線を向けた蓮は、前髪で隠れていた目を大きく見開く。


「なぜ…なぜあなたがここに」


 蓮は冷静を装ったが、心の中では激しく動揺していた。

 なぜなら今、目の前に生きる伝説がいるのだから。


「おや?どうやら儂を知っているようじゃな」

「知らない人はこの世には、いませんよ」


 蓮は頬から一筋の汗を流す。

 彼の視線の先にいたのは、黒い和服を着た美しい少女。

 翡翠の如く緑色の瞳を宿した細長い切れ目。

 腰まで長く伸びた艶のある黒髪。

 そして頭部には彼岸花の髪飾りが付けられていた。

 誰もが見惚れてしまうほどの美しさを持つ和風少女。

 だが蓮は知っている。彼女が何者で、どんな人物なのか。


「何百年も生きて、多くの魔法少女を育て、世界の平和のために活躍している初代魔法少女の一人、皇覇満月おうはまんげつ様」

「ホッホッホッ。様はいらぬよ、少年。いや……《魔炎まえん》」

「!?どうやら俺のことを知っているみたいですね」

「知っているとも。お主のことは調べさせてもらったぞい。魔森蓮。エルフと吸血鬼のハーフの双子姉妹の義兄。妹である魔森エイナの学費と魔森エイミーの入院費を稼ぐために、警察と協力して裏組織を排除。そして多くの魔獣を討伐。男でありながら〈マジックアイテム〉に選ばれ、魔法少女になれる」

「本当に全て知ってるんですね」

「ああ、そうじゃ。日本で最も大きかった裏組織をたった一日で壊滅させてから、裏世界では《魔炎》と呼ばれて、恐れられていることも。そして…魔森エイミーを助けるために《白蛇》を探していることも」

「……なにが目的ですか?俺に接触したのは理由があるんですよね?」


 蓮が言っていることは正しかった。

 満月は何の理由もなく近づいたわけじゃない。


「単刀直入に言おう」


 満月は笑みを浮かべながら、告げる。


「儂の部下として働け」

「……どういう意味ですか?」

「そのままの意味じゃよ。儂の手足として働いてもらいたい。もちろん、ただではないぞ。知っていると思うが浮遊学園都市『大和』、魔法少女育成学園『三日月』、そして魔法少女協会のトップでな。金ならある。いくらでも出そう。そうそう妹の学費は儂が払ってやろう」


 皇覇満月は魔法少女協会の会長であり浮遊学園都市『大和』の創設した人物でもあり、『三日月』の学園長として活躍している。

 普通の人であれば何百年も生きてはいけないが、魔法少女は違う。

 魔法少女は自分の体内にある特殊なエネルギー、魔力を使うことで寿命を延ばしたり、肉体を若いままにすることなどができるのだ。


「…申し訳ありませんが、お断りします」

「まぁ待て。断るのはまだ早いぞ。お前の願いが叶うかもしれんのじゃぞ?」

「願い?」

「…魔森エイミーにかけられた呪い。儂が解こう」

「!!」


 蓮は驚愕の表情を浮かべた。

 そんな彼の反応を見て、満月は笑みを浮かべながら言葉を続ける。


「魔森エイミーは《白蛇》と呼ばれる魔法少女によって呪いを受けた。だからお主は《白蛇》を探して、殺そうとしている。違うか?」

「……」

「呪いを解くには、呪いをかけた者を殺さないといけない。だが儂ならあの娘にかかった呪いを解いてやれるぞい」

「…本当に、呪いを解くことができるのですか?」

「できる」

「そうですか…」


 蓮はもう一度、星空を見上げた。


 病室の天井じゃなく、空を…星を見せることができる。

 自由に外を歩くことができる。

 ならば自分の答えはもう決まっている。


「分かりました。あなたの部下として働きます。ただし、先に妹の呪いを解いてください」


 蓮の言葉を聞いて、満月は満足げな表情を浮かべる。


「交渉成立じゃな」



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