第11話 落ちた果実
石畳を突き破り、トレント本体が現れた。
皺や虚で顔のように見える太い木の幹。その天辺には青々とした枝葉が生い茂っている。
わざわざ姿を晒したのは、地中に長くいられないから。
「逃げよう」
「だね」
ミノタウロスの時は足の速さで勝てるとは思えず、戦う選択肢しかなかった。けど、トレントなら。
しかし、そんな思考を呼んだように、トレントは俺たちの退路を防ぐ。
「根っ子が!」
背後に伸びる通路が、地中から伸びた大量の太い根によって塞がれる。
即座に小杖がスキルを発動したものの、ねじ切れた根っ子は即座に生え変わってしまう。
小杖のスキルでダメなら俺はもっと無理。
俺たちがあれを越えるには、時間も隙間もなさすぎる。
「逃がしてくれないか」
戦うしかなくなった。
「これが紅桜の……」
「いや、さっき紅桜は助けてくれた」
「どういうこと?」
繰り出された木の根の鞭を躱し、小杖と分かれて戦場を駆ける。
「教えてくれたんだ、下から攻撃が来るって。だから」
「少なくともこれは紅桜の意思じゃない?」
「そういうこと」
真下から石畳を突き破って伸びる木の根の槍をバックステップで回避。
続いて畳み掛けるように振るわれた木の根の鞭を紅桜の一閃をもって断つ。
「……さっきから」
トレントの攻撃を捌きつつ、ふと気が付く。
攻撃がこちらに集中している。
どう考えてもトレントにとって脅威度が高いのは小杖のほうだ。
こちらの剣撃より、小杖のスキルのほうがダメージが出る。
獲物が二匹いるなら弱いほうから叩く。そのセオリーを理解しているのか、それとも。
『――』
「後で、ね。わかった。トレントを倒せたら事情を聞かせてもらうよ。だから、力を貸してくれ」
小杖のスキルがトレント本体に向かって飛ぶ。
ミノタウロスのように弾き飛ばすことは敵わないのだろう。
螺旋の力が幹に到達する前に、木の根の並びが壁となって伸び、代わりにねじ切れる。
「あちゃー、ダメかー」
破壊力は十分。
だけど、トレントが操る木の根の数が多すぎる。そのせいで防戦一方を強いられ、ジリジリと追い詰められている。
「なにか手段は……」
『――』
「なるほど……それなら抜けられるかも」
紅桜の能力を借りればあるいは。
「小杖! その調子で頼む! 俺が前に出るから!」
「オッケー! なにか案があるんでしょ? 任せといて!」
繰り出される数多の木の根を協力して捌き、トレントの本体へと肉薄する。
降り注ぐ木の根の槍が螺旋状に捩じ切られ、正面からうねる木の根の鞭を断つ。
ただそれでも圧倒的な物量を前にしては限界がくる。
「颯也!」
木の根の一本に足を絡め取られた。それを契機に四肢と胴を縛られ、身動きの全くを封じられてしまう。
そして、足元の石畳に亀裂が走る。
「紅桜」
鋭く尖った木の根の槍が伸び、天井を突く。
けれど、そこには血の一滴もついてはいなかった。
「き、消えた!?」
淡い紅色の花弁と共に、俺の姿がその場から消える。
そして少し離れた位置、トレントの木の根のの束の上に、再び花弁と共に姿を現した。
紅桜の能力は瞬間移動。
花弁のように散り、花咲くように現れる。
「すごーい! これなら行けちゃうよ!」
「あぁ!」
木の根を渡り、花弁と共に攻撃を躱し、尚且つ瞬間的に距離を詰める。
あっという間に、剣の間合いまであと数歩。叩き潰さんと振るわれた極太の木の根が、螺旋によって捩じ切れる。
その隙に間合いへと踏み込み、柄を握る手に力を込めた。
淡い紅色の軌跡がトレントを斬る。
振り抜いた紅桜は幹に潜む鉄、心臓をたしかに捉えて断っていた。
急速に枯れて干乾びていくトレントの死体。
生い茂る枝葉も茶色く染まり、俺の手元に一つの木の実を落とす。
これが今日の戦利品。
トレントを倒した証拠だ。
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