第10話 曰くつき
結局のところ紅桜との対話は成り立たなかった。うんともすんとも言わず、ただ悲しみの感情が流れてくるだけ。
そんな状態で迎えた実技の授業、場所はすでにダンジョンの前。
「よし! あたしがしっかりしなきゃ!」
「まだなにか起こると決まったわけじゃないけどな」
腰には光影と紅桜の二刀差し。
メインで使うのはやはり紅桜のほう。まだ協力的じゃないけど、使い続けるうちに心を開いてくれるかも知れない。
曰くが怖いけど。
「でも、頼りにしてるよ」
「任せて。なにが起こっても二人で跳ね返しちゃお!」
意気込みを新たにしていると、ふと視線に気付く。そちらを見れば、江藤がこちらを睨んでいた。
根に持たれたらしい。
俺、一切なにもしてないんだけどな。
知らない間に接点のない人から嫌われていることがあるけど、こういう原理なのかも。
まぁ、俺の場合は原因がはっきりしていることのほうが多いけど。
「よーし、順番に入っていけー」
先生の許可が降りて、次々に生徒がダンジョンに入っていく。俺たちもその流れに乗って、中に足を踏み入れた。
紅桜の曰くが真実なのか偶然なのか、確かめよう。
§
紅桜の淡い紅色の刀身には血が映える。
よく桜の樹の下には死体が埋まっていて、花の色は根っ子が吸った血の色だ。
なんて言うけれど、強ち間違いでもないかも知れない。
この刃でどれだけの血を吸ったことか。
「最後の一体だよ!」
血飛沫が舞う中、赤い斑に覆われた視界の中で最後の魔物を視認する。
ブラッティ・マンティス。
血のように赤い外骨格と、鋭い鎌を持つ昆虫の魔物。全長二メートルでギョロリとした大きな目が特徴的。
今回の討伐目標だ。
風を切る鋭い音を鳴らして振るわれる鎌。その一撃一撃を見切って躱し、両鎌の隙間を縫うように紅桜を通す。
淡い紅色の剣閃が外骨格を裂いて細長い胴体を断つ。同時に刀身を翻し、振るい上げることで頭を二つに斬った。
昆虫系の魔物はしつこい。確実なとどめを刺すのが好ましい。
「これでお互いにノルマ達成か」
「じゃあ、このまま帰っちゃおっか」
「俺が死ぬ前に?」
「そ、あたしもう気が気じゃないよー」
「曰くを気にし過ぎじゃないか? 少なくとも紅桜から殺気は感じない」
「わかんないよー? 急に殺意が芽生えるかも」
「急にか……否定はし切れないけど」
「でしょ?」
まだ何も紅桜のことがわかってない。
知っているのは桜の咲いたトレントから取り出された鉄という出自と、酷く悲しみ続けているということだけ。
ある程度、紅桜で魔物を倒したけど、未だ心境の変化はない。
これは根気がいりそうだ。
「最初から飛ばすこともないか。ゆっくり信頼関係を築いていけばいいや。魔物も十分倒したし。戻ろう」
「うんうん、それがいいよ! じゃ、行こっか」
今回は早めに切り上げることにして帰路につく。
だが、俺たちは甘く見ていたのかも知れない。紅桜の曰く、呪いにも匹敵する不運を。
突如として鳴り響く魔物の咆哮。
尋常ならざる気配を察し、通路の奥を振り返る。その先にはなにもない。何も無いが、何かが迫って来ている気配がする。
この正体は何だ?
『――』
今、紅桜の声が。
いや、それより――
「下だ!」
叫ぶと同時に地面を蹴る。
一瞬遅れて小杖も後方に跳ぶと、その直後に地面から鋭い槍が突き出てくる。
「道理で気配はあるのに姿は見えない訳だ」
あの魔物は地中を掘り進んできた。
「木の根……もしかしてトレント?」
「だと思う。ミノタウロスと一緒でこんな浅いところにはいないはずだけど……」
紅桜は桜の咲いたトレントから採れた鉄で作られている。
なにか関係があるのか?
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