第8話 淡い紅色

 小杖に案内されて訪れたのは一軒の鍛冶屋だった。


「入って入って」

「あ、あぁ」


 内の工房には鍛冶道具が所狭しと並び、まだ柄のない抜身の刀身もある。鉄と火の匂いがして、少しだけわくわくした。

 ここで剣が打たれているのか。


「誰かいるのか?」


 工房を見渡していると、筋骨隆々の男性が現れる。その服装には焦げ跡が目立ち、出で立ちと風格はまさに職人そのものだった。


「おう、なんだ小杖……か」


 職人さんは小杖の隣りにいる俺を見るなり、石のように固まってしまった。


「娘はやらんぞッ!」

「えぇ!?」


 物凄い勢いで怒鳴られた。


「ちょっ、ちょっとお父さん!」

「お父さん!?」

「お前にお義父さんと呼ばれる筋合いはないッ!」

「ご尤もですけど、そういう意味のお父さんじゃないです!」


 びっくりした。

 ミノタウロスも顔負けの迫力だ。


「落ち着きなよ、あたしの友達。わかる? と・も・だ・ち!」

「友達?」


 小杖の親父さんの視線が再び俺に向かう。

 数秒ほどじっと見つめられ、そしてニカッと笑う。


「そーか、そーか、友達か! よく来たな!」


 真実を理解すると小杖の親父さんは別人のように態度が軟化した。かなりの親バカなようで、それだけ小杖のことが大切みたいだ。


「でも、小杖に手ェ出したら承知しないからな。肝に銘じとけ」

「は、はい」


 前言撤回。

 全然、軟化なんてしてなかった。


「それでどうした? わざわざこっちに来て」

「あぁ、そうそう。颯也にここで打った剣を見てもらおうと思って」

「この坊主に?」

「ほら、前に話したでしょ? 切醒」

「ほー、剣の声が聞けるって言うあの……女じゃなかったのか!?」

「もー、お父さんそればっかり!」


 きっと小杖のことが心配で堪らないんだろうな。色んな意味で。


「しかし、そうか。坊主が切醒の最期を」

「はい、俺が」

「……そうか」


 腕組みをして目を伏せた小杖の親父さんはしばらくすると視線を持ち上げた。


「いいだろう、好きに見るといい。で、気に入ったのがあれば一振り持って行け」

「え、いいんですか?」

「あぁ、小杖と切醒が世話になった礼だ。遠慮すんなよ」


 ここで断るのも不粋の極みだな。


「ありがとうございます。じゃあ、遠慮なく」

「おう」

「こっちこっち!」


 工房から商品が展示されている場所へ。

 その空間にはあらゆる刀剣が並んでガラスケースに納められていた。どれも造形が美しく、刃には見事な波紋が浮かんでいる。

 まるで夏の雲のようだ。


「おぉ……」


 思わず感嘆してしまう。

 足は自然と歩き出し、視線で刀身をなぞっていた。どれもこれも一級品だ。


「ここもね、お祖父ちゃんの代から続いてるの。お父さんで二代目」

「小杖で三代目?」

「ううん、あたしの弟」

「弟がいたんだ」

「うん、もうここを継ぐ気満々。火傷と筋肉痛が相棒だって言ってた」

「そりゃ筋金入りだ。きっといい職人になる」

「ふふ、弟に聞かせてあげたい台詞だよ」


 小杖の弟か、やっぱり姉弟だし、似てるのかな? なんてことを考えつつ刀剣を眺めていると、ふと一振りの刀の前で足が止まった。


「この刀は……」


 その刀身は淡い紅色に染まっている。

 どこか妖艶で艷やかで、刃に描かれた波紋は吸い込まれそうなほど綺麗に映る。


「そいつは妖刀だ」


 いつの間にか、小杖の親父さんが来ていた。


「妖刀ですか?」

「あぁ、そいつに使った鉄は桜の咲いたトレントの幹から出てきたもんらしい」

「桜のトレント……珍しいですね」


 トレンドは大樹の姿をしている魔物だ。

 通常、トレントの枝には葉しか芽吹かないはずだけど、桜が咲いていたのなら、それは変異種だろう。

 魔物の突然変異個体。

 その幹を割って採取した鉄から出来た刀か。


「噂じゃトレントの心臓だったとかなんとか」

「妖刀の由来は原材料ってことですか」

「いや、そいつの持ち手が全員ダンジョンで死んでるからだ」

「え」

「毎回、無事に戻ってくるのはそいつだけだ。いつも死体の側で発見されてるから、まぁ死んでも死体は残るってことでもある」

「そりゃ、死んだあと魔物に食われるよりはマシですけど」


 そもそも死にたくない。


「妖刀か……」


 ガラスケース越しにスキルを発動する。

 この妖刀の声を聞いてみたくなった。


『――』

「今の……」


 言葉はなかった。思いすら。

 けれど、この妖刀が抱く感情だけは痛いほど伝わった。悲しみだ。この妖刀は酷く悲しんでいる。


「この刀にします」

「颯也、その刀は――」

「いいのか? 死ぬかも知れないんだぞ」

「でも、ほっとけないんです」


 あんな悲しげな声は初めて聞いた。

 なんとかしてやりたい。


「この刀の銘は?」


 ため息を吐いて、小杖の親父さんは答えた。


紅桜べにざくら

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