第7話 人の噂も

「やっほ、おはよ!」

「おはよ、待ってたのか?」


 家の前で。


「ううん、今通り掛かったとこ」

「ホントかぁ?」

「ホントだってば。ほら、行こ?」


 朝の通学路、一人で歩くのが日常だったのに、今では隣に小杖と言う友達がいる。

 不変だった灰色の学園生活が、微かに色づき出したことに気が付く。

 すべて小杖のお陰だ。


「ん? あたしの顔になんかついてる?」

「いや、なんでもない」

「ふーん? あ、そうだ! 放課後って空いてる?」

「放課後? ちょうど暇してる」


 暇してるのはいつもだけど。


「よかった。じゃ、あたしとデートしよ!」

「あぁ――んん!? デ、デート!?」

「そ、いいとこ連れてってあげる!」


 衝撃的な発言を涼しい顔をしてさらりと言った小杖。デートって、デート? あの?

 いや、友達同士で出掛けることを、茶化してそう言っているだけか。そうに違いない。

 小杖が俺のことを? そんな馬鹿な。

 自意識過剰にもほどがあるってものだ。


§


 今現在、学園に一つの噂が流れている。

 鶴木颯也は万丈小杖の弱みを握っている、というものだ。

 もちろん事実無根。

 だけど俺はクラスメイトの前で小杖を泣かせているし、そう言った噂に丸っきり根拠がない訳じゃない。

 中には弱みを握っているのをいいことに、ミノタウロス討伐の手柄を横取りしたとまで言われているのを耳にした。

 所詮は噂なので放置していれば自然消滅するだろうというのが俺が取った対策なんだけど。

 俺以上に小杖がこの噂に怒っていた。


「ムカつく。なんでこんな根も葉もない噂が流れるかなぁ」

「噂好きなんだよ、みんな」

「颯也は怒らないの?」

「この手の話にはもう慣れたから平気」

「そんな悲しいこと言わないでよぉ」


 落ち込んでしまった。

 小杖が今のように昼休みまで一緒に居てくれることで嫌がらせはピタリと止んだ。

 だが、それでも噂だけはどうにもならない。

 人の口に戸は立てられないとは、昔の人はよく言ったもんだ。


「じゃあ逆に颯也の良いところを噂にしてながそう!」

「俺の良いところって?」


 そんなのあるか?


「あたしの頼みを聞いてくれたっしょ? ダンジョンでも助けてくれたし、切醒のことでも親身になってくれたし……胸、貸してくれたし……」


 声が尻すぼみになっていく。


「ほ、ほらね! いいとこ、いっぱい!」

「だとしても難しいと思うけど」

「なんで?」

「悪貨は良貨を駆逐する、じゃないけど。悪い噂に潰されるんじゃないかって話」

「うーん。うまいこと相殺してくれないかな?」

「塩を入れすぎたからって砂糖を足しても相殺にはならないんだ」


 寧ろ、余計に酷くなる。


「でも、このまま颯也が悪く言われるのは我慢できない! あたし言ってくる!」

「あ、小杖……行っちゃった」


 悪い方向に転ばなきゃいいけど。

 その日のうちに小杖が流した俺の良い噂が学園内を駆け巡った。きっと信じた者より、信じなかった人のほうが多かったはず。

 その結果どうなったかと言うと。


「聞いたか? 鶴木が万丈を使って悪い評判を払拭しようとしてるらしいぜ」

「やることが狡いよな、あいつ」

「どんな弱みを握られてるんだろ……万丈さんが可愛そう……」


 案の定というべきか、想定内と言うべきか、悪い方向に状況が転んでしまった。


「どうしてこーなるのー!」


 放課後の帰り道、小杖の絶叫が轟いた。


「ごめんね、颯也。状況悪くしちゃって」

「いいよ、元々が悪かったんだし、誤差みたいなもんだから」


 実際、状況に変化は皆無だし。


「でもぉ」

「それに俺は嬉しかったよ」

「え?」

「俺のために怒ってくれて」


 家族以外に、そんな人はいなかった。

 友達思いのいい人だよ、本当に。


「颯也……」

「ほら、良いところに連れてってくれるんだろ? 楽しみだなー!」

「……うん、わかった! うんと楽しませてあげる!」


 いつもの調子に戻った小杖と一緒にいつもとは違う道を選んで歩く。

 この先に何があるのか楽しみだ。

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