第5話 剣が折れるまで
悲鳴を聞いて駆け付けた先で待っていたのは、腰を抜かした男子生徒と、この付近にいるはずのない魔物だった。
「ミノタウロス!?」
右手に両刃の斧を握り締めた人形の雄牛。
その巨躯からなる肉体は、人間などとは比べ物にならないほど強靭だ。腰の後ろにはには予備の剣が差してある。
本来ならこんなダンジョンの浅い所にはいないはずなのに。
疑問に思いつつ、ふと気付く。
腰を抜かしている男子生徒が、昨日俺を殴った相手だと言うことに。
「万丈……鶴木……」
そして、その手にダンジョンの半ば近くまで行かなければ存在しない鉱石が握られていることに。
ミノタウロスの本来の生息域と合致する。
「引き連れて来たのか」
「奥に行ったの!?」
冒険者見習いでしかない生徒に許された行動範囲から逸脱した行為。自分の身の丈に合わない危険な領域に踏み込んだ罰が下ったわけだ。
俺たちはそれに巻き込まれた
「ほ、ほんの興味本位で――」
ミノタウロスの咆哮が轟く。
こちらのことを気にかけてくれるはずもなく。会話を斬るように斧を振るって側の壁を破壊し、そのまま突撃してくる。
「あたしが!」
スキル【螺旋】が描く力の流れが、ミノタウロスへと放たれる。このまま当たれば体がネジ曲がるはず。
だが、そうはならなかった。
力強く握り締められた拳による裏拳が、螺旋の流れを吹き飛ばす。
「嘘っ!?」
小杖のスキルが通じない。
まだ勝てるような相手じゃないんだ。
「くっそ!」
「颯也!」
刀を抜いて飛び出し、ミノタウロスの前へ。
振り下ろされる斧の一撃をサイドステップで躱し、首を狙って刀身を薙ぐ。
だが、この一撃は牛頭の硬い角によって阻まれた。
「くっ」
角と刀の鍔迫り合い、有利なのは筋力量の点でも、両手が使えるという点でも、俄然ミノタウロスのほうだった。
角で刀が弾き上げられ、体のバランスを崩される。強制的に両手が持ち上がり、無防備な胴体を敵前に晒す。
そこに斧の一撃が振るわれた。
「
銘を叫ぶ。
瞬間、刀身から激しい光が放たれ、ミノタウロスの目を潰す。怯んで手元が狂った隙に、斧を躱して距離を取る。
「それ!」
図ったようなタイミングで、小杖が天井に螺旋を放つ。渦巻いた天井が崩れ、大量の瓦礫がミノタウロスを押し潰した。
「やった!」
「流石、小杖」
「でしょでしょ?」
しかし、危なかった。死ぬかと思った。
「お、おい、何だよ今の」
「なにって、スキルだけど」
「お前のスキルは剣の声を聞くだけだろ!?」
「だから、聞いたんだよ。剣の扱い方を剣自身に」
「はぁ?」
「剣にはそれぞれ名前があって秘めた力がある。対話をしてその力を貸してもらったんだ」
この光影は光の力を秘めている。
まだ刀身が光るくらいの力しか貸してもらえないけど、今回はそれで助かった。
「な、なんだよそれ」
「おしゃべりは終わり。とっとと帰ろう」
「だね。ミノタウロスを相手するなんて思いも――」
瓦礫の山が弾け飛ぶ。
轟く咆哮と共にミノタウロスが復活した。
「冗談だろ……」
体中から出血しているものの、大したダメージにはなっていない。瓦礫の雨を浴びたのに骨の一本すら。
「ば、化け物……お、俺は逃げるぞ!」
「まっ、この馬鹿ッ!」
気圧されて逃げ出した獲物を、ミノタウロスは見逃さない。手持ちの斧を振り被り、勢いよく投げ付けた。
あいつは今、背中を向けて逃げている。躱せない。
「世話の焼けるっ!」
小杖もスキルを発動してくれたが、俺が一歩早く投げられた斧に刀を届かせた。
軌道が変わり、壁に突き刺さる斧。俺の手元を離れて宙を舞う光影。
剣を失った。
「不味ッ」
剣を抜いたミノタウロスが地面を蹴る。
あの剣の間合いに捉えられるまで、あと数秒と掛からない。宙を舞った光影を拾いに行く暇なんて、ありはしなかった。
「颯也!」
投げ渡された刀を左手で掴む。
苦楽を共にして来た刀、それを俺に――
「いいんだな!」
意図することは理解した。
『――』
握り締め、鞘から引き抜く。
これが最期の一刀。
「
名を呼び、力を借り、光を放つ。
痩せた刀身が厚みを取り戻し、全盛期の姿へと回帰した。
ミノタウロスとの邂逅は今。
互いを間合いに捉え、時を同じくして振るう命を賭けた一瞬の攻防。
岩を割るような剛剣に対し、切醒の光を帯びた刃が残光を引いて馳せる。
その軌跡のうねりは、振るわれた剣を越えてミノタウロスへと届く。
剣の先が宙を舞い、振るい終わった切醒から血の雫が滴り落ちる。
牛頭が地面に転がった。
「お疲れ様」
そして来るべき時が来る。
切醒が折れた。
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