第4話 涙の理由

 浮かぶ燭台の明かりを浴びて、その輪郭が浮かび上がる。

 真っ白な毛並み、立派な爪と牙、額から生えた角。その魔物の名称に俺は確信を持った。


「お目当てのホーン・ウルフだ」

「結構、数が多いけど。ま、大丈夫っしょ」


 低く唸るホーン・ウルフの群れを前に帯刀した刀を抜く。

 剣があれば戦える。


「あたしが派手にやるから。取り零しをお願いできる?」

「あぁ、任せて」

「オッケー! じゃあ行こっか!」


 こちらが動きを見せた瞬間、ホーン・ウルフの群れが一斉に駆け出した。

 仕掛けられる前に潰す気だ。

 でも、残念ながら小杖のほうが一手早い。

 小杖のスキル【螺旋】は強力な力の流れを作る事ができる。この能力を応用すれば。


「舞い上がっちゃえ!」


 竜巻を作り出すことも可能。

 それはホーン・ウルフを巻き上げ、壁と地面の石材すら取り込み、ミキサーと化す。

 あの竜巻に巻き込まれたらもう助からない。

 幸運にも難を逃れたホーン・ウルフたちは真っ直ぐにこちらへの進路を取る。


「俺の出番!」

「やっちゃえ、颯也!」


 小杖の声援を背中に受けて、迫るホーン・ウルフにこちらからも接近。抜身の刀を握り締め、狙いを定めて一閃を描く。

 擦れ違いざまにまず一体。即座に刀を翻し、続く二体目を処理し、続く三体目の角をかわして、返しの一撃で斬り伏せる。

 竜巻が取り零したのは三体。

 これで群れは全滅した。


「お見事! かなりの腕前だよ、びっくりしちゃった」

「ありがと、これしか取り柄がないからさ」


 俺にはこれしかなかったから、これに縋るしかなかったから、死物狂いで剣術を学んだ。

 剣がなければ何も出来ないけど、剣さあれば戦える。

 それが俺だ。


「えーっと、ホーン・ウルフの討伐が五体以上だから、ありゃもう目標達成しちゃった」

「やったな。この後どうする?」

「このままじゃ、ちょっと味気ないかなー」

「じゃ、このまま続行ってことで。俺も物足りないし」

「やった! 行こ行こ!」


 達成すべき目標も終え、なんの気負いもなくダンジョンを探索できる。

 夏休みの宿題を初日にすべて終わらせたかのような、そんなとても清々しい気分がした。


「そう言えば」

「ん?」

「その刀って」

「あー……うん、そう。颯也に声を聞いてもらった刀だよ」


 その刀は自ら終わったと語っていた。

 終わり、つまりは武器としては使い物にならないと、剣自身が判断を下したということ。

 それは俺も小杖の剣を間近で見て思ったことでもある。

 恐らくは長年に渡って研がれ続け、身が細くなり過ぎている。剣としての寿命が来てしまっていた。

 きっともう魔物を斬ることは敵わない。


「この刀はね、お祖父ちゃんからお父さん、それから私って感じで受け継がれてきたの」

「大切な刀なんだな」

「うん。それでね? あたしも薄々は勘づいてたんだ。もう駄目かもって。そんな時に颯也のことを思い出したの」

「剣の声が聞こえるから」

「否定して欲しかった。まだまだいけるって言って欲しかった。でも……」

「それが涙の理由か」


 残念ながら望んだ答えではなかった。

 最後の希望を慈悲もなく断ち切られた気分だっただろう。

 祖父の代から愛用され、孫に受け継がれ、長年ともに歩み、苦楽を共にして来た刀。

 それの終わりに立ち会っているんだ、涙を流すのも当然だ。


「だからね、この刀はお守り。使わないけど、腰には差しとこうと思って。あたし元々遠距離タイプだしね」

「ずっと一緒か。いい関係だよ」

「でしょ?」


 謎だった涙の理由を知れてすっきりした所で、歩いていた通路の奥から人の声が響く。

 壁や天井を反響して耳に届くのは、悲鳴に近いものだった。


「く、来るな! やめろ!」


 小杖と顔を見合せ、二人同時に駆け出した。

 誰かが窮地を迎えている。

 すぐに助けに行かないと。

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