第2話 朝の通学路

 殴られた頬の怪我は、その日のうちに完治した。子供の小遣いでも買える市販のポーションで一発。

 食事も歯磨きも問題なく明日を迎えられた。

 で、今朝、家を出た矢先のこと。


「よっ」


 万丈がいた。

 見間違いかとも思ったが、いや寧ろ見間違いであってほしかったが、どうやら本物のようだった。

 マジか。


「な、なんでここに?」


 奇しくも俺を殴った男子生徒と同じ台詞を言ってしまっていた。


「……ストーカー?」

「違う違う、たまたま! ここあたしの通学路だし! ちょうどタイミングよく鉢合わせたの!」

「そ、そうだったのか」


 昨日、それらしいことをしていたから、てっきり。


「ふぅ……誤解も解けたし、じゃあ行こっか」

「行くって、一緒に?」

「当たり前でしょ? 昨日、言ったこと忘れたの?」

「忘れてはないけど」


 本気でやるつもりなのか。


「あたしのせいで嫌がらせが起きてるなら、本人が近くにいれば手出しできないでしょ?」


 その理論は概ね正しい。

 クラスメイトたちは俺に嫌がらせをする際、必ず見張りを立てていた。

 教師に見られたら不味いというのも、もちろんある。だが、それ以上に万丈本人に見られたくなかったからだ。

 効果は覿面だろう。

 別の恨みを買いそうだけど。


「じゃあ、エスコートを頼む」

「おまかせあれ!」


 玄関に鍵を掛けて敷地の外へ。

 隣に万丈がいる奇妙な登校が始まった。


「――でさー、その時あたしはね?」


 万丈はよくしゃべる。

 主にこちら側の理由で、沈黙が続くことを恐れていたんだけど。止めどなく話される言葉の数々を聞くに、その心配はなさそうだった。

 こちらは、うんうんと合間合間に相打ちを打っていればいい。

 しかし、楽しそうにしゃべる。相手は俺なのに。


「鶴木くんはさ」

「ん?」

「気にならないの? あたしが泣いちゃった理由。なんにも聞かないけど」

「気になる気にならないなら、そりゃ気になるけど」


 事の発端だし。


「泣くほどのことなんだ、無理に聞きたいとは思わない」

「そっか……」


 それ以降、会話が途切れる。

 洪水のように溢れ出ていた言葉の数々が鳴りを潜め、気不味い雰囲気が俺たちを包む。

 ここは俺から話題を振ったほうがいのか?

 万丈はたくさん話したし、今度は俺の番か。


「万丈――」

「小杖でいいよ」

「え?」

「友達はみんなそう呼んでるから」

「友達……」

「あたしたちもう友達でしょ?」

「そう……か、友達か」


 悲しいことに懐かしい響きのように感じてしまう。もうぼっちでいいや、なんて思っていたのにな。


「わかったよ、小杖」

「ふふ、なんかくすぐったいね」

「俺のことも颯也でいい」

「オッケー、颯也」

「なんかくすぐったいな」


 自然と笑みが溢れ、笑い合う。

 こんな朝は初めてだった。


「あ、そうだ。連絡先! 交換しよ?」

「あぁ、もちろん」


 携帯端末を突き合わせて、互いの連絡先を交換する。家族以外の名前が並ぶのは初めてのこと。

 朝、まだ人気のない通学路で、友達が一人増えた。


§


 学園が近くなると登校中の生徒も増えるもので、やはり思った通り俺たちは注目の的になっていた。

 こちらを見るなり信じられないものでも見るような目を向けられる。

 学園の頂点と底辺の組み合わせだ。

 それもしようがないのかも知れないが、みんな反応が露骨すぎやしないか?


「見られてるな」

「いいじゃん。見せつけちゃお!」


 そう言って小杖は恋人のように腕を絡めてくる。それを見ていた生徒たちが一気にざわついた。


「こ、小杖。やりすぎ」

「えー、最初にこれくらいインパクト出しとかなきゃ。あ、彼女とかいる? もしかして」

「いや、いないけど」

「なら、オッケーだよね」


 オッケーなのか?

 というか、それを聞くってことは腕を組む行為がイコールで恋仲に見られるという式が完成することを承知しているってことだよな?

 なにもそこまでしなくたって。

 とは思うがやってしまったものはしようがない。俺たちは腕を組んだまま、周囲の生徒の驚愕と共に学園の校門を潜ったのだった。

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