第23話 食後のおやつのようなもの

 初めに飛び出したのは赤い髪の男だった。

 一陣の風と化したリューが樹上のハザンに襲い掛かると拳打を放つ。

 極静かに、そして神速で虚空を抉る拳の狙う先は……。


「……おっ」


 少し意外そうな声を出す初老の紳士。

 彼は僅かに身体を斜めに傾けミリ単位の精度でリューの一撃を回避する。


「悪くないな」


 なんでもない事のように言ってハザンは無造作に眼前のリューを手の甲で叩き落した。


「……ぐッッ!!!!」


 苦悶の呻きを上げながらリューは枝をへし折りながら木々の中に消える。

 迎撃した相手の墜落を目で追うハザンを鞭と槍が強襲した。

 ルクシオンとキリエッタだ。

 歴戦の二人の女傑の猛攻をやはり涼しい顔でハザンが捌いている。

 縦横無尽に空間を裂く鞭、音にも等しい速度で襲い来る槍の穂先。

 数発がハザンに命中したが堅牢な魔力障壁シールドに阻まれ満足なダメージを与える事ができない。


「……………………………………」


 そんな樹上の攻防を見つめるクリスティン。

 彼女はまだ攻撃に加わっていない。


(ダメ……やっぱり、鎖が出ない……)


 発動しない魔術『魔族殺しの鎖』

 理由は……恐らくハザンがもう魔族の肉体を持っていないからだろう。


 この場にはもう一体の魔族がいる。

 周囲を覆った森……サイオームだ。

 こちらには鎖が通じそうだがクリスティンは別の理由でそれができない。

 現在サイオームは自分の身体を無数の樹木に変えてこの場を包囲している。

 これに対して鎖を発動すれば、それは周囲に生えた木のどれかに自分を鎖で繋ぐという事だ。

 鎖の長さはある程度クリスティンの意思で伸縮させられるのだが、最長でも約5mほどだ。それ以上に伸ばす事はできない。

 なので固定されている敵に繋がるとその相手から半径5m以内で戦わなければいけないという事になる。

 ……そして、クリスティンはミドルやロングレンジの有効な攻撃手段を持っていない。

 なのでこの場でサイオームに対して鎖を発動させても自分の行動に制限を受けるデメリットの方が大きいのだ。


 更に問題はもう一つ。


(それに多分、この木の人と繋がっても……ハザンあの人とまともにやり合えるほどの強さにはならない)


 それを察してクリスティンは冷たい汗を流す。


 戦闘は一方的だった。

 攻めかかるリューたちの必死の攻撃にもハザンはわずかに怯む事は無く、小さな傷を負いながらも反撃で皆を容赦なく痛めつけていく。

 技や魔術は使っていない。

 まるで虫を相手にするように手で払っているだけだ。

 それでも魔力を帯びたその一撃は対峙する戦士たちを一方的に追い詰めていく。


「期待はずれだな。確かに人間にしては戦える者ばかりのようだが……」


 両手を叩いて砂埃を払いながら嘆息したハザン。

 周囲は荒れ果て凄惨な有様である。


 木々が無残になぎ倒されている。

 それらはサイオームの身体なのだが、そう命じられているのか植物の魔族は今の所戦闘に参加していない。


「……わっ、私が相手です……っ!!」


 大剣を手に切りかかったクリスティン。

 しかし鎖を使わなくても人類としては上澄みの実力者である彼女の斬撃も立ち塞がる闇の覇王の僅かな動揺を誘う事もない。


「勿体ぶって最後に出てきた割には拍子抜けだぞ娘」


 余裕でクリスティンの一撃を回避したハザンが彼女に右の掌を向ける。

 衝撃が走り木々が揺れる。

 魔術とも言えないような単純な魔力の発露。

 それに打たれて吹き飛ばされたクリスティンは後方の木の幹に激しく叩き付けられた。


 即座に戦闘不能にされるほどのダメージではない。

 だが彼女は苦痛に顔をゆがめ口の端は吐いた血で汚れる。


「クリスティン!!!!」


 ルクシオンの悲痛な叫びが戦場に木霊した。


「!!!!」


 目を見開いたハザン。

 その眼前一杯に大きな光があった。


 真昼のように照らし出された周囲。

 ルクシオンが放った極大の純白のレーザー……その眩い光の中にハザンは消えた。

 周囲をなぎ払い何も無い溝に変えた光。

 避けられなかったかそのつもりもなかったか、ハザンはまともにそれを食らった。


 だが光が収まり周囲に夜の闇が戻ったその時……。


「この中ではお前が一番マシだな」


 しゅうしゅうと煙を上げながら両手を×の字に翳してルクシオンのレーザーを受けた姿勢のままハザンはそこに立っていた。

 衣服があちこち焦げてはいるが……。

 魔力のなせる業なのか、その衣類の損傷すらもが修復されていく。


「だがそれでもクオンたちをどうにかできるレベルとも思えないが……」


 ハザンの右手の手刀から赤い炎のようなオーラが伸びて大きな刃を形成した。

 身構えるルクシオン。

 だが大技を放った直後の彼女は動きに精彩を欠いている。

 襲い掛かってくるハザン。

 赤いオーラを刃の一撃をルクシオンは辛うじて防いだが、その防御体勢のまま吹き飛ばされて地面に激しく叩きつけられた。


 その様子を離れた場所から見ていたアメジスト。

 口をへの字に結んで彼女が前に踏み出す。


「……おい待て、お前が行ってもどうにもならんぞ」


 だがそれを隣のメイヤーが制止した。


「でも、このままじゃみんなやられてしまうのです」


 普段あまり表情を変えることのないアメジストもこの時ばかりは沈痛な面持ちであった。


「それでもだ。我々が動くとしたらそれは今じゃない。打ち合わせの通りにしろ」

「……………………」


 アメジストは無言で拳を握り締める。


「私の掛け金チップはもう全部あいつらに張ってある。こうと決めたら後はもうドタバタせんことだ。お前もどっしり構えていろ」


 その言葉にアメジストはメイヤーの顔を見上げた。

 鷲鼻の男は鋭い視線で静かに戦場を見つめている。


「あいつらになんとかできなかった事は今まで一つもない」


 落ち着いた声音のメイヤー。

 だが彼が見守る眼前の戦いは依然としてクリスティンたちが大きく劣勢である。


「新しい力の程度を確かめてみたいと思ったが、少々高望みが過ぎたかな。強くなりすぎてしまったようだ。それもそうか……今の私の力は減衰していた者同士とはいえ大将軍二人分だ」


 ハザンはそう言って肩をすくめた。

 その彼の周囲には満身創痍の戦士たち……。


 誰もが疲労困憊で大きく負傷している。

 無傷なのは戦闘に参加していないメイヤーとアメジストの二人だけ。


 まだ戦闘不能にされた者はいないがここまでの猛攻で満足な傷を与えられていないのだ。

 絶望的な力量の差は全員が痛感している。

 敗北とそして死の冷たい予感が一行の脳裏にじわじわと広がり始めていた。


「後は何かないのかね? あるのなら全部見せておきたまえ。出し尽くしたというのならそろそろ終わりにするぞ」


 周囲をゆっくりと見回すハザン。

 だが動く者はいない。

 奇襲ならともかく待ち構えているこの男に正面から打ちかかっても無意味だからだ。


「千年近く人類おまえたちを見てきたが全体としての質が上がった分、個として尖った奴が出にくくなった気がするぞ。正直あまり面白くないな」


 気だるげにハザンが髪の毛を掻き上げる。


「やはり戦争だな。今の時代、少しこの世界には戦争が足りていない。生き物だろうが世界だろうが適度な過負荷が進化を促す。財団がこの世界を掌握した暁にはもっと戦争を増やすことにしよう」


「なんて……酷いことを!」


 瞳に怒りの炎を燃やしてクリスティンが立ち上がる。


「そう思うのはお前の視点が小さいからだ。私は人類や世界にとって有意義な提案をしている。技術を発展させ、経済を回し、人に進化を促すという意味で戦争ほど有効な手段はない」


 だがその怒りも魔王は意に介さない。


「いかにここでお前たちがゴネようが負けて死んだら意味がないのではないかね? それならもう少し死に物狂いになったらどうだ?」


 そのセリフには露骨な嘲りの響きがあった。

 クリスティンが奥歯を噛む。


「弱い者には価値がない。敗者には価値がない。その意思も言葉も同様だ。……無駄な時間を過ごした。消えるがいい、お前たち」


 ハザンが頭上に右手を上げる。

 そのかざした掌の先に赤い光が集まり球体となって肥大化を始めた。


「…………!!」


 クリスたちが息を飲む。

 それが途方もない破壊エネルギーの塊である事は見ただけでわかった。


「期待外れの失望の分も上乗せしておこうか」


 酷薄な笑みを浮かべハザンが赤光球をさらに巨大化させようとしたその時……。


 虚空を走った一筋の光の矢が赤い光の球を射抜いた。


 轟音が響き渡り大爆発が起きる。


「!!!?? なんだ……ッ!!!??」


 直上でその爆発を浴びたハザンが叫んだ。


 クリスティンたちは頭を守りながら体勢を低くして爆風をやり過ごす。

 その彼女の隣にひらりと誰かが降り立った。


「……あ」


 視界に入ったのは爆風の余波でなびく白いワンピースの裾だ。


「クオンさん」

「ああ、我だ」


 白い夏服の少女がうなずいた。


「どうしてクオンさんが……?」

「フェルザーから連絡が来た。お前たちが危ないので助けにいってくれないかと。行くかは迷ったんだがフォルドーマの魔力を喰ったハザンがどれほどのものになったのか興味があったのでな。見に来た」


 無表情のクオンが淡々と答える。


「クオンだと……?」


 土煙が徐々に晴れ、その向こう側からハザンが姿を現した。

 流石に間近での自分の破壊の力の爆発に少なからずダメージを受けているようだが、この瞬間にもその傷は再生していっている。


「久しぶりだな、ハザン」

「フン、こんな異界でお前とこういう再会の仕方をしようとはな……」


 鼻を鳴らしてハザンはクオンを見た。


「まあいい。折角こうして顔を合わせたのだ」


 そして魔王は悠然と右手を腰に当てて胸を反らす。


「かつては私と魔族ヴァルゼラン最強の座を争ったお前……腐らせておくには惜しい。お前も私ももう帰る世界を失った身だ。私に手を貸せクオン。お前なら私の片腕が務まるだろう」


「……ッ」


 その悪魔の誘いに思わず息を飲んだのはクリスティンだ。


 クオンは黙ったままハザンの顔を見ている。

 ……かと思うとフゥと短く嘆息した。


「断る。お前には品がない」

「何……?」


 不快げに眉をひそめたハザン。


「受け入れんのなら叩き潰すだけだぞ。そんな事すら理解できんほど衰えたわけではあるまい」

「そういうところが品がないと言っている」


 ぴしゃりと断じたクオン。


「それにだ……我は今の暮らしにもさほど不満はない。今日も昼食の後に食べたアイスが美味かったしな」


「……………………」


 クオンの言葉にハザンは僅かな間沈黙した。

 そして右の額に手を当て目を閉じるとやるせない、といった風に首を横に振った。


「なんという事だ。これが最強を謳われた魔族の姿か。たった一度の敗北でここまで腑抜けてしまうとは……。牙を捨てた獣のなんと哀れで醜い事か」

「アイス、美味しいぞ。食事の後に食べると幸せな気分になれる」


 そしてクオンは遠くを見るように斜め上を向いた。


「我やお前がかつて絶対だと信じていたもの……『力』に固執していた頃には気付けなかった事だ」

「気付いた? ……お前は堕落しただけだろうが!!!」


 怒号と共にオーラを吹き出すハザン。

 ……それが話の終わりの合図。

 両者の関係が決定的に断絶を告げる号砲だった。


「……来るか。クリスティン、鎖を出せ」


 憤怒の魔王に動じた様子もなくクオンは静かに言った。


「えっ。だ、ダメなんです! あの人には鎖が使えないんです! 魔族の身体じゃなくなってしまっているので……」


 慌てるクリスティン。

 そんな彼女を見るクオンは軽く肩をすくめる。


「そうではない。と言っている」

「!」


 意図が通じクリスは目から鱗が落ちたような心地になった。

 まさかそんな鎖の使い方を提案されようとは。

 これは攻撃の為の……敵対するものにマイナスを与える魔術であるとクリスティンは決めつけてしまっていた。

 恐らくこの魔術を生み出したメギドもそうだっただろう。

 こんな風に魔族の誰かと力を合わせて、肩を並べて戦う日が来ることなど予想できなかったからだ。


 発動する『魔族殺しの鎖』

 クリスティンとクオンの手首に生じた枷が鎖によって繋がれる。

 これでクリスティンにはクオンの強さがそのまま上乗せされた。


 飛び出す二人。

 眼前には魔王。


 そのハザンが驚愕に目を見開いた。


(……速い!!!!!)


 クオンの強さは凡そハザンの予測していた通であった。

 だが……その隣の人間が……。

 先ほどまで自分が圧倒していた取るに足らぬ存在であるはずの者がそのクオンを上回る速度で襲い掛かってきたのだ。


 走りながらクリスティンたちは同時に地を蹴り前へと跳んだ。

 そして風切る矢と化した二人が同時にハザンの胸板に蹴りを炸裂させた。


「……ゴアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!!!」


 咆哮を上げる魔王。

 彼は木々に激突してそれらをなぎ倒しながら遥か後方へと吹き飛ばされていく。


「飛ばしすぎたな。……やむを得ん、追うぞ」

「はい!!」


 木々の間を貫いた見通しの良い一本道へ走り出すクリスティンたち。


 二人の飛び蹴りを受けたハザンは森を抜けた先の大岩に激突し、それを粉々に砕いて止まった。


「……ググっ……!! おのれ……おのれッッ!!!」


 呻きながら立ち上がる魔王。

 その足元に鮮血がぼたぼたと滴る。

 嚙み締めた血で汚れた奥歯がギリギリと鳴っていた。


 そして魔王の眼前に追ってきたクリスとクオンが姿を現す。

 険しい表情で顔を上げたハザンの相貌にその両者の姿が映った。


「このカスゴミどもがあぁぁぁッッッッ!!!! よくも、よくもこのオレにこんな傷を!!!!!」


 血の混じった唾を飛ばして憎悪と狂乱の叫び声をあげたハザン。


「メッキが剝がれるのが随分早いな。すっかり昔のお前だ」

「黙れぇぇクオンッ!!! 人間なんぞと組んで勝ち誇ってんじゃねえぞ!!!!」


 怒号にも怯まないクオン。

 夏服の少女は目の前の男を憐れむように僅かに目を細める。


「フォルドーマから掠め取った力で息巻いているお前も褒められたものではあるまい」

「ほざきやがれッッ!!! 力の出自なんぞどうだっていいんだよ!!!」


 叫ぶ魔王の周囲に無数の赤く光る球体が浮かび上がる。


「勝てばいいんだよ勝てばぁッッッ!!! 最後に立ってた奴が正しいんだ!!! 正義なんだよ!!!」


 ぶぉん、と低い虫の羽音のような音を立てて無数の赤い光の球が二人を強襲した。


「オレが勝つ!! オレが強いんだ!! オレだけが正しいんだ!!! 負けて死ぬ奴なんぞ無意味!! 無価値!!! 全部取るに足らねえゴミだッッッッ!!!!」


 立て続けに巻き起こる爆発。

 何度も土埃の柱が上がり周囲が茶色く染まって視界が利かなくなる。


「程度の低さはさておくが、なるほど力は言うだけのことはあるな」


 土埃の中で聞こえたクオンの声には若干の苦痛が滲んでいる。

 目の前のクリスティンでさえその姿を目視できない。

 やがて土埃が少し晴れてクリスが見たものは傷付いて血を流しているクオンであった。


「……私を……庇って……」


 沈痛な表情のクリスティン。


「どうかな。そう言われてみれば咄嗟にそんな事をしたかもしれぬ」


 他人事のように言うクオン。

 その彼女の足元にぽたぽたと血の雫が落ちる。


「きっとそんな気分だったのだろう。自分でもよくわからぬ。これまでそんな事はなかった。お前と付き合うと色々と自分の知らなかった自分を見つけることができて新鮮だ」


 クオンはそう言ってふっとほろ苦く笑った。


「強さだけが全てであると思っていた事は我にもある。ハザンあやつは昔の私だ。だが、そんなものは食後のアイスが美味しいのとさして変わらぬ。些細な事だった」


 もうもうと立ち込める土煙の向こうにまだ対敵の生命エネルギーを感じ取るハザン。


「しぶとい奴らだ。最後はこの手で八つ裂きにしてやる……!!!」


 浮遊していたハザンが地面に降り立つ。

 その時強い風が吹いて周囲の土煙を吹き散らした。


「……!!」


 視界が晴れたその先に……。


 クリスティンが立っている。

 そしてその傍らに立つのは異形の装甲戦士だ。

 二人の決意に燃える双眸が鋭く魔王を射抜いた。


「今更魔幻外骨格そんなものを着込んだ所で意味などあるか!! ゴミども……ズタズタのバラバラになりやがれぇッッッッ!!!!」


 両眼を真紅に輝かせハザンは二人に襲い掛かってきた。

 魔王の突進を逃げずにクリスティンたちが迎え撃つ。


(バカがッッ!!!)


 内心で歓喜するハザン。

 パワーならこちらに分がある。

 クオンは元々高速を活かした戦法を得意とする魔族だ。

 その力を丸々継承しているクリスティンも今の自分よりも速い。

 そんなハザンにとって厄介な展開はクリスティンたちがスピードを活かした戦法を取られることだ。

 相手が逃げずに迎え撃つ気ならこちらの勝率は大幅に上がる。


「死ねゴミども…………ッ!!!!??」


 瞬間、視界が激しくブレた。

 思考にノイズが走り意識がシェイクされる。


 数秒を置いてハザンは自分の身に起きたことを理解した。


(クオンを……ぶつけてきやがった……ッッ!!!!)


 鎖を振り回したクリスティンがその先のクオンを自分に叩きつけたのだ。

 それは単なる体当たりではない。

 クオンは装甲を纏い膝を抱えて背を丸め球体のような体勢を取っていた。

 更には装甲表面を変質させそこに無数の太く鋭いトゲを生やしている。


「………………」


 ギュンギュンとまだ鎖を頭上で回転させているクリスティン。

 その先にはトゲ付き鋼球と化したクオン。


 ……次弾がくる!!!


 回避しなくてはと思う魔王であったが初撃のダメージからまだ揺れている下半身が思うように動かない。


「……まっ、待てッッ……!!!」


 ついに魔王はクリスティンを制止するように手を挙げて叫んだ。


「ふんッッ……がーッッッ!!!!!!」


 しかしクリスティンは止まらなかった。

 というかあそこから止めるのはもう無理だった。


 グシャアッッッッッ!!!!!!!!


 まともにトゲ球を浴びてグシャグシャになりながら吹き飛ばされるハザン。

 そのまま彼は乾いた大地に叩き付けられる。

 その衝撃で手なのか足なのか……四肢のいずれかが千切れて飛んだのがクリスティンの位置から見えていた。


「……やりすぎたのでは」


 思わず呟くクリスティン。

 自分を叩きつけろというのはクオンのアイディアである。


「そんなことはない。止めを刺すぞ。奴が厄介なのはここからだ」


 そんなクリスに淡々とクオンがいう。


(まずいまずいまずい!!! この身体はもうダメだ……!!!!)


 自らの血の海の中でもがいているハザン。

 折れ曲がった手足でぎこちなく足掻くその様はさながら踏まれて瀕死の虫のようであった。


「……ぐぁッ……さっ、サイオーム……!!! サイオーム……どこだッッ……!!!?」


「おおっ、我が主よ……ここにおりまする!!」


 すぐにハザンの近くの地面からサイオームが生えてきた。

 主に差し伸べられたその手を瀕死とも思えぬ力で魔王は鷲掴みにする。


「はっ、ハザン様……!!!??」

「その身体を……寄越せッ!! サイオーム!!!」


 ギラリと魔王の両眼が怪しく金色に輝いた。


「ハザン様!!? はっ、ハザンさ……ま……ギアアアアアッッッッッッッ!!!!!!!」


 荒野に魔族サイオームの断末魔の叫びが木霊した。

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