第22話 なしくずしラストバトル

 メイヤーズカンパニー、ロンダン支社の屋上には芝が敷かれちょっとした庭園風になっている。

 今そこには数人の人影があった。


「うひひひ……」


 小春日和のうららかな日差しに誘われてか緩み切った顔で一人で笑っている娘さん。

 そんなクリスティンを遠巻きにしている仲間たち。


「気に入らない」


 反対にルクシオンはすこぶる不機嫌であった。


「いいじゃないか。クリスティンは喜んでるんだから……」


 ぶすっとしているルクに声をかけたのは困り眉のカエデだ。

 クリスティンが上機嫌な理由は誰一人聞いてはいないが全員がそれとなく察している。

 何しろ今朝からクリスとリューの様子があからさまにおかしい。

 よく目を合わせてはリューは都度気まずそうに視線を逸らすし、クリスは都度ふにゃふにゃの顔で照れ笑いをしているのだ。


「何年もあんな感じだったんだし、むしろ遅いくらいだろ」

「何よカエデ、貴女悔しくはないの? クリスティンを取られてしまって」


 ジロリと半眼で睨むルクシオン。

 カエデは肩をすくめてため息一つ。


「取られてっていうか……。私はクリスティンがいいならいいよ。そんなの私たちがどうのこうの言う話じゃないだろ。まあ、リューも朴念仁のすかぽんたんではあるが悪い奴じゃないしな」

「………………………」


 それでも納得がいかないルクシオンだが反論できる材料もなく……むすっと黙り込む。

 そんな二人の耳にぶつぶつと虚ろな呟きが聞こえてくる。


「……ど、どうすんのさアタシ。こ、婚期が……」


 誰にともなく虚無の目で空を見上げて呟いているのはキリエッタだ。


(こっちはもう声も掛けられないな……)


 そんな彼女を何とも言えない顔で見ているカエデであった。


「ここにいたか、お前たち」


 聞こえてきたのは片足を引きずっている足音。

 眼帯に杖の男……フェルザーが庭園に姿を見せる。


 カエデが立ち上がると自分の座っていたガーデンチェアにフェルザーを座らせた。


「ああ、すまないな」


 礼を言って腰を下ろすフェルザー。

 今現在、クリスティンたちはもう白鶯騎士団には所属しておらず団長であるフェルザーは上司という間柄ではなくなっている。

 とはいえ団とメイヤーの会社は未だ協力関係にあり、言うなれば彼はお得意先のボスといった感じであろうか。


「どうしたんです? 団長。今日は確か財団総帥と会談の予定じゃ」

「それは終わった。後ほど夕食会でまた顔を合わせるがな」


 カエデの問いに答えるフェルザー。


「急いで話をしたい事があってな。終わってそのままここへ来た」

「話?」


 フェルザーの言葉をまともに聞いているのはカエデだけだ。

 ルクシオンは元々クリスティン以外の人間にはほとんど興味を示さないしキリエッタは虚無っておりクリスティンは少し離れた場所で浮かれポンチだ。


「財団総帥ハワード・フェニキス……あの男が魔王ハザンだった」

「は?」


 間の抜けた声を上げるカエデ。

 無理のない話だ。

 フェルザーの一言は「ベースボール観戦が趣味だそうだ」とでも言うかのように無造作に出たものだ。


「……え?」

「ん?」


 流石に聞き流せなかったかルクシオンとキリエッタもフェルザーの方を見る。

 クリスティンには声が届いていなかったようで未だに浮かれポンチ。


「いや、そんな馬鹿な話……」

「事実だ。本人に確認も取った」


 困り顔のカエデに表情を変えずにフェルザーが言う。

 そして彼は語り始める。

 それは本日の会談での一幕である。


 ──────────────────────────


 連日顔を合わせて話し合っているフェルザー・ミューラーとハワード・フェニキス。

 この日も都の復興やその後の様々な話について両者は意見を交わしていた。


「……ところで」


 そして凡そ議論を尽くした頃に唐突にその言葉の矢は放たれる。


「ハワード総帥……貴方が魔族ヴァルゼランハザンですな?」

「ほう?」


 驚いた顔をするハワード。

 だがこの初老の紳士は「それは誰だ」とも「何の話だ?」とも言わない。


「何故、そう思うのかな?」


 代わりに彼はそう問い返した。


「元々不可解だと思っていました。財団の支援がです」


 落ち着いた様子でフェルザーが答える。


「熟慮の上で最終的に財団が我々の支援に入るというのならわかります。ですが貴方がたの決断は早すぎた。それに額も大きすぎる。そこが不思議で当初からずっと気にかかっていました」


 ハワードは椅子に座り落ち着いて話を聞いている。


「貴方の事は以前からよく存じ上げています。冷静で傑出した商売人だ。決して無謀な博打をする人じゃない。それに人類の未来の為に私財を投げ打とうという聖人でもない。戦いが始まった当初、こちらの勝ち目は薄かった。あの時点で財団が大枚をはたく道理がない」


 そこまで話すとフェルザーは一旦言葉を止めてハワードの顔を見る。


「続けたまえ。興味深く聞いているよ」


 軽く片手を持ち上げてハワードは話の続きを促した。


「ですがいろいろな事実が判明した今では得心が行く。貴方はなんとしても我らに奮戦させて侵略者たちに一定のダメージを入れさせる必要があった。隙を見てかつての同胞から魔力を奪い取るために」


 両巨頭の視線が交錯する。

 静かな空間だが空気は緊張していた。


「……そして、貴方は概ね目標を達成して今に至る、というわけだ」


「……フッ」


 皴の刻まれた顔を笑みに歪ませるとハワードがゆっくり拍手した。


「いいぞ。実にいい。私はかねてより君のことを高く評価していた。しかしフェルザー、君も君の集めた仲間たちもこちらの考えている以上に優秀だったよ。当初の予定では最後は私自身出向いて仕上げを行わなければと思っていたが、結果としてその必要なく望みを叶えることができた」

「お認めになるんですな?」


 確認するフェルザーに財団総帥は鷹揚にうなずく。


「元より隠すつもりもないのでね。そう、私がハザン……かつて魔物の時代に君臨した魔族たちのリーダーだよ。白を切ることもできたがそうしなかった事を君への信愛の証だと判断してもらえれば幸いだ」

「敵対するつもりはないと言いたいのですか」


 穏やかに笑って肯定するハワード。


「勿論だよ。この国の復興は財団われわれにも大きな利益をもたらしてくれるだろう。今以上に君やこの国に危害を加えるメリットがこちらにはない」


 そして彼はゆっくりと椅子から立ち上がると座るフェルザーに歩み寄った。

 眼帯の男は立ち上がらない。

 身動ぎもしない。

 どちらにせよこの場で相手に害意があれば片目片足の不自由な自分は一瞬で命を落とすことになるだろう。

 動かないフェルザーの肩にハワードが右手を置く。


「私は千年近く人間として生きていた。今なら世界というものに対して力で望みをかなえようとする事がどれだけ愚かで非効率的かわかっている。そんな事をしなくともいずれ私の財団は世界に君臨するだろう。暴力ではなく経済力でね」

「ならばなぜ失われた力に固執を?」


 その問いに財団総帥は目を閉じる。


「安心のためだよ、フェルザー。暴力を行使するつもりがないのと自衛のために暴力という手段を持つのは別の話だ。私は大きな力を持つものが武力で自分に敵対してきた時に対処できる力を持っておきたかった。そういう事だよ」


 肩から手を離すとハワードは窓に歩み寄った。


「私のこれまでの商売のやり方を見ればわかるだろう。敵対者には容赦はしないが私の戦い方はあくまでも人間社会の範疇でのものだ。国ごと吹き飛ばしたり関係者全員皆殺しにできてもした事はない」


 肩越しに振り返ったハワード。

 その瞳には無言のフェルザーが映っている。


「ここまで我々は良きパートナーだった。それはこれから先も同じだろう」


 ──────────────────────────


「…………………………………」


 フェルザーの話に聞き入っていた一堂。

 いつの間にやらクリスティンもやってきて輪に加わっている。


「その話……鵜呑みにすんのかい?」


 キリエッタは怪訝そうな顔をしている。

 他の面々もどこか釈然としない表情だ。


 フェルザーは首を横に振った。


「そこまでお人好しではない。間違いなく奴も人に言えないような悪事はしてきているだろう。単純な商才だけであそこまでの組織を築けるものではない。……まして、パロドミナスのように人を欺くことに特化した能力を持つ側近がいるならな」


 だが……、と言葉を続ける団長。


「取り戻した力を使って即座に何かするつもりではないという部分だけは一定の信が置ける。武力が非効率的であるというのはある程度本音だろう。自分たちの儲けにもなるのでこっちと一定の関係を維持したいという部分もな」

「つまりは……?」


 クリスティンが首を傾げた。


「現時点ではこっちも奴も互いに喧嘩する理由がないという事だ」


 そう言って団長は冷めかけた紅茶を口に含む。


「じゃあ、まあ、全部丸く収まったってわけでもないがこれで決着か」

「血を流さなくていいのならそれが一番かもしれませんね」


 カエデの言葉にうなずくクリスティンであった。


 こうして……。

 物語の最後の黒幕と思われた男とは戦うことなくクリスティンたちは日常に戻っていく。


 ……とは、ならなかった。


 その夜の夕食会での事だ。


「そうだ、フェルザー……君の所に輝光界インブレシャイアから来た娘がいるだろう。悪いが私に引き渡してもらえないかね」


 立食形式のパーティーの最中、総帥ハワード……ハザンはフェルザーに対してそう要求してきたのだ。


 何故それをハワードが知っているのか。

 その事にはさしたる疑問はない。

 団の中に彼に通じている者がいるという事である。

 それをどうのというつもりはない。

 大きな集団のリーダーとしてはごく普通の……当然の立ち回りと言えるからだ。


「何故彼女を? 今の貴方にとっては取るに足らない相手だと思いますが」

「そうかもしれない。だがそうでないかもしれないのだよ。我ら冥獄界オルドゴウル魔族ヴァルゼランたちにとって輝光界の住人は不倶戴天の仇敵だ。奴らは戦闘力では我らに劣るが様々な術や道具を使いこなししばしば我らに深刻な損害を与えてきた。その娘もどのようなこちらの想像の及ばぬ知識や技術を隠し持つかわからないからな」


 大仰に嘆息して見せるハワード。


「安心だよ。私が安心を求めているのは先ほども話した通りだ。彼女は私にとって大きな不安の種である。排除しておきたい」

「そうですか。その事についてあれこれと申し上げるつもりはないが……」


 ゆっくりとかぶりを振ったフェルザー。


「生憎ですが今現在彼女はうちの所属ではありません。私には引き渡す権限がありませんな」

「ふむ、そうか。今はメイヤー君の所にいるのか」


 納得したようにそう言うとハワード総帥は自分の顎を手で摩った。


「よしわかった。ならば彼に頼むとしよう。利に聡い男だ。私の心証を悪くしてまで小娘一人を庇うことはあるまい」


 上機嫌にうなずき他の招待客たちと談笑するために歩いていくハワード。


「……そう思うとおりにいきますかな、総帥閣下」


 その背に向かって投げ掛けられたフェルザーの一言はパーティーの喧騒にかき消されて本人に届くことはなかった。


 ──────────────────────────


 翌日、早速ハワードに呼び出されたメイヤーは白鶯の砦に出向き彼と面会してきた。


 ……そして、支社に戻りクリスティンたちに彼の要求を伝えたのだった。


「……おやまあ、それはそれは」


 話を聞かされたアメジストがまるで他人事のような反応をしている。


「NOですNOッ!!! そんなの受けられるわけないじゃないですか!!!」


 そしてクリスティンの方が怒髪天であった。

 それ以外に口をはさむものはいない。

 皆、クリスティンならそんな話に納得はしないだろうとわかっていたし、異論を差しはさむ気もないからである。


「わーかっとるって!! 私だってそんなつもりはないわい!!」


 詰め寄られてメイヤーが裏返った声を出す。


「よろしいのですか? 今ここでハザン……財団の機嫌を損ねるのは悪手なのでは?」

「お前なぁ。自分の命の話だろうが」


 飄々としているアメジストに疲れた表情のメイヤー。


「私は金の上での約束は絶対守るし仲間は売らん。お前はもううちの社員で私の身内、仲間だ」

「おお、感動なのです。悪党面してるのにいい人ですね、メイヤーさんは」


 感銘を受けたらしいアメジストが眼鏡の奥の瞳をキラキラさせている。


「面は関係ないだろうが……」


 ボヤくメイヤー。


「まあ、いい人ではないな」

「身内にちょっと甘い悪党だよね」


 そして囁きあうカエデとキリエッタ。


「ともかくだ……!! これでめでたくここでの商売は全部パーだ!! 折角建てたのにいきなりここも立ち退きだな。フェルザーは……まあ表向き絶縁してもらっとけば累が及ぶ事もないだろ」

「本当にいいのです……?」


 眉を顰めるアメジスト。

 この件でメイヤーが……会社が失う利益がとてつもない額であろうことは彼女にも想像ができる。


「まあ金は他でもどうにかなる。だがお前のように面白いやつはそうそう見つからんだろ」


「友達を大事にしてえらい!!!」


 ……外からドルガン王の声が聞こえた。


「こうなればもう一分一秒が惜しい。お前たちすぐに引き上げの準備をしろ。奴へは今夜返事をすると言ってある。陽が落ちる前にこの国を出るぞ」

「まるで夜逃げだな……」


 疲れた声を出すカエデ。

 急にわたわたとし始めるクリスたち。


「フン、実質似たようなもんだ。奴だってこっちがこれだけのビッグビジネスを投げ出していきなり逃げを打つとは思わんだろう、ガハハハ!」


 豪快に笑うメイヤーであったが、その笑い声も大分ヤケクソ気味であった。


「ま、もともとアタシは金儲けの件はどうでもいいしね」

「クリスティンが帰るというなら私もそうするだけ」


 キリエッタに続いてルクシオンが立ち上がる。

 壁に寄りかかって目を閉じて腕を組んでいるリューは無言のまま。


「………………………」


 クリスティンがふと窓の外の景色に目をやる。

 ……この国でも色々な出来事があった。

 いざ立ち去るとなるとその様々な光景が瞼の裏に蘇ってくる。


 そういえば、自分にとっては大きな恩人(?)であり師でもあり長い旅の相棒でもあった黒豹のメギドは今どこで何をしているのだろうか。

 彼は決戦の少し後でいつの間にか都から姿を消していた。

 その事に疑問はない。常々彼はそう口にしていた。


『そのうちフラっといなくなる。別れの挨拶などしないぞ』


 かくして獣の賢人は己の言葉の通りにしたというわけだ。

 仕方のない事ながら少し寂しく思うクリスティンである。


 ともあれ自分も彼もこれからまだ長い時を生きていくであろう身だ。

 ……そのうちどこかで再会する事もあるだろう。


 食い詰めエルフの考古学者ヒューゴにも挨拶していきたいところであるが彼はどういうワケなのか本人の希望で今は魔族や獣人たちと開拓作業に従事しているのだ。

 ……流石に肉体労働担当ではないのだろうが。

 なのでこちらもやはりいつかの再会を期待するより他はない。


 ──────────────────────────


 メイヤーの宣言の通りに日没前にクリスティンたちは二台の蒸気式自動車に乗ってロンダンの都を出発した。

 一台はメイヤーが、もう一台はキリエッタが運転している。

 彼らの中にはほかに自動車を運転できる者がいない。


 クリスティンはメイヤーの運転する車に乗っていた。

 助手席にはリューが、後部座席にはクリスとルクシオンの二人が座っている。


 メイヤーは大きな街道を避けて荒野に入った。

 追跡を避けるためだ。


 整地されてない地面にガタガタと大揺れする車体。


「……あいた!!」


 後部座席で跳ねたクリスティンが天井に頭を打つ。


「我慢しろ!! 街道を使ったんじゃすぐ見つかる!!」


 叫ぶメイヤーに気だるげに窓の外を流れる景色に目をやったルクシオン。


「どっちにしろ無駄な努力になりそうよ」


 そんな彼女が呟くように言う。


「……追ってきたわ」


 その言葉と同時に大地が大きく揺れた。


「ひぃぃぃっ!!!」

「なんじゃあッッ!!??」


 悲鳴を上げるメイヤーとクリスティン。

 眼前に盛り上がった何かに慌ててメイヤーがブレーキを踏んだ。


 停車した二台からばらばらと皆が降りてくる。

 そんな彼らの行く手を阻んだものとは……。


「……も、森……?」


 愕然としたクリスティンが掠れた声を出した。


 そう彼らの周囲を取り囲んでいたのは立ち並ぶ樹木であった。

 先ほどまで枯草すらない荒れて土がむき出しだったはずの周囲が今や森林と化しているのだ。


「フォシュシュシュシュシュ……逃げ場はないぞ。大人しくハザン様の裁きを受けよ」


 不気味な声と共に眼前の一際大きな一本の木の幹に顔が浮かび上がる。

 鋭く吊り上がった真っ赤な目に牙の並んだ口。

 邪悪さの滲み出ているその面相。


「チッ……あいつ」


 キリエッタが舌打ちをして幹の顔を睨みつけた。


「穴で戦ったやつか。ゴメンよ皆、仕留め損なってたみたいだ」


 周囲にいきなり発生した不気味な樹木は魔族サイオームの分体とも言えるもの。

 逃げ場はない。周囲をぐるりと取り囲まれている。


 そして、その顔のある大樹の横に張り出した大きな枝の上に誰かが立っている。


「愚かな選択をしたな、メイヤー」


 スーツ姿のハワード総帥……魔王ハザンがそこに立っていた。

 その佇まいは紛れもなく帝王のそれ。

 周囲を睥睨する初老の紳士からは侵されざる高貴な威圧感とでもいうべきものが発せられている。


「これはこれは、総帥閣下御自らおいでとは光栄でございますな」


 不敵に言い放って咥えた葉巻に火をつけるメイヤー。


「メイヤー、最後に一度だけチャンスをやろう。小娘を引き渡すのだ。それでお前たちは見逃してやる」


 ハザンの言葉にフーっと紫煙を吐くとメイヤーは隣に立つクリスティンを親指で指した。


「ありがたい申し出ですがね、生憎とそれを受けると私はひき肉にされるもんでね」

「しませんって……」


 クリスティンが不満げに否定した。


「私に歯向かっても末路は大して変わらんと思うがね。……仲間と一緒にひき肉になるならそちらの方がいいということかね?」


 首を左右に揺らしながらハザンはループタイを緩めた。


「……ッ!!!」


 瞬間、クリスティンと仲間たちは眩暈に似た不快感を感じる。

 周囲の重力が増したかのような、気温が一気に下がったかのような、痺れる毒が背筋から注ぎ込まれたかのような強烈な圧迫感。

 初めて魔王と呼ばれた男はその場の者たちに殺意を向けたのだ。


「……くはッ、これは……」


 頬を伝って顎先に向かう冷たい汗を拭うキリエッタ。

 呼吸すらしんどくなるほどの息苦しさだ。

 このまま立っていれば戦う前に膝を屈してしまいそうになる。

 他の仲間たちも皆似たような状態だ。

 ルクシオンですら若干顔色を失っている。


「フェルザー君には言ったが今の私は暴力を使う事は本意ではない。だが必要であるなら躊躇はしないぞ」


 ハザンが取り出した狩猟用の革製グローブを着ける。


「きたまえ諸君、未曽有の恐怖と絶望を体験させてあげよう」


 千年の時を超えて現代に蘇った魔王……その両眼が今、不吉な真紅の輝きを放った。

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