第18話 行っていいとは言ってない

 あの威容を誇っていた魔族たちの総指揮官が……。

 骨と皮だけの姿になり果ててしまっている。


 巨大な体躯の分、その変貌はよりショッキングであり健在だった頃の姿をほとんど知らないクリスティンも顔色を失い言葉もなく立ち尽くしている。


「……………!」


 その彼女の背負っている何者かに気付いたパロドミナス。

 落ち窪んだ眼窩の底の眼が驚きに見開かれる。


(クオン……!? いつもの気まぐれで出撃を渋っていたのではないのですか!!?)


 わずかに頬を引き攣らせた青い肌の痩せた男。

 クリスティンたちがここまで辿り着いたことを迎撃をサボったクオンがスルーしたからだと判断していたのだが……。

 それは誤りである事を彼は知った。

『闘神』はちゃんと己の役割を全うしその上で敗れていたのだ。


(これは……これは計算外ですねぇ。まさかクオンを倒してしまうとは……)


 手元の水晶玉のようなものと背後の朽ちかけた大将軍を交互に見てパロドミナスが思案する。

 ……大将軍フォルドーマの生命力、魔力を全て吸い上げるまでにかかる時間はあと僅か。


 だが……。

 クオンを倒してここまで辿り着いた輩を相手にその時間を稼げるか?


「あなた方随分とまた腕を上げられたようですなぁ。これはもう小生がどうにかできるレベルではありませんな。大怪我させられる前に失礼させていただくとしましょうか」


 これ以上この場に留まれば身の破滅に繋がると判断した魔族。

 転移の術を発動させるためにパロドミナスは集中に入る。

 ここは安全策をとる。欲張った結果腹を決めた目の前のクリスティンたちが本気で襲い掛かってきでもすればここまでに手に入れているものを全て失うことにもなりかねない。


「では皆様……いずれまた」


 慇懃に一礼して魔族は姿を消す。


 誰も言葉も差し挟むことなく、またその逃走を留めることもなく……後にはクリスたちと枯死寸前のフォルドーマだけが残された。


 ─────────────────────────────


 大穴の攻防は植物のような魔族サイオームが姿を現したことにより激化した。

 地中から蔦を生やして自在に操るサイオーム。

 それだけではない。

 幻覚作用のある花粉を撒いたり身体に刺されば痺れる棘を生やしたりとその攻撃方法は多彩で苛烈であった。


 近付けば大幅に不利になる。

 だが地中に根や蔦を伸ばし距離をおいた戦闘でも強い。


 そんな中で活躍しているのが鋼の兵士コテツである。

 金属の身体を持つ人造兵士である彼にはサイオームが得意とする痺れる樹液や幻覚花粉が通用しない。


「フォシュシュシュシュシュ、鬱陶しいガラクタよな。搦手が通じぬのであれば力でバラバラにしてくれようぞ!!」


 唸りをあげて迫りくる無数の蔦が白銀のカラクリ兵へ襲い掛かる。

 一撃一撃が武装した兵士を昏倒させる威力を秘めた猛攻だ。


「コテツ!! やばそうなら一旦引きな!!」

「お気遣いありがとうございます、キリエッタ」


 後方から叫んだキリエッタに礼儀正しく応えながらもコテツは退かない。


「今援軍がこちらへ向かっている所です。それまで持ちこたえなくては」

「……なんだって!? 援軍!!? そんな話はアタシは聞いてないよ」


 驚くキリエッタ。

 そんな話は指揮を任されている自分も聞いていない。

 今回は総力戦なのだ。後から駆け付けてこれるような戦力はもう残っていないはずなのだが……。


「お~~~い……」


 背後から聞こえてくる力ない声。

 小柄な何者かがぺたぺたとサンダル履きで走ってくる。


「おおぃ……来たぞ私が……ハァハァ……おぇッ」


 到着するなり両膝と両手を地に突いてえずいている白衣のマキナ教授。


「植物のような敵が出たとコテツからの信号があったのでな……ハァハァ……秘密兵器を……持って……おぇぇ」

「早すぎだろ」


 サイオームと遭遇してからまだ10分も経っていない。


「ああもう、まず落ち着いてからにしなって、ほらこれ飲んで」


 マキナの背中を摩りながら携帯用ボトルの水を飲ませるキリエッタ。


「ぷはぁ~……生き返る!! 五臓六腑に染み渡る!! よし、というわけでこれだ!!」


 手にしたバスケットをババーンと取り出す教授。


「超強力除草剤!! 『見わたすかぎり荒野くん』!!!」

「名前が怖い」


 嫌そうな顔のキリエッタ。

 開けてみるとアンプルと一緒に何かが入って……というよりその何かの方がメインであり小さなアンプルが隅っこに無理やり詰めてある感じである。


「一緒に入っているのはお弁当だ。焼きタラコのおにぎり、後で食べてくれ。お新香も私が自分で漬けたやつ」

「ぶはっ!! そんな物騒なもんを弁当と一緒に入れてくるんじゃないっつの!!」


 引き攣った顔で叫びながらキリエッタがバスケットからアンプルを取り出した。


「って、これどうやってあいつにブチ込むんだい。間違ってこっちが触っちゃったらやばいんじゃないの?」

「当然考えてあるとも……ほれ」


 続いて教授が取り出したものはボウガンであった。

 ただ、矢を射る普通のものではなくシリンダー状の何かを射出するように改造されているものだ。


「そこのシリンダー内にアンプルをセットしてだね……それで撃って当てるのだよ。先端が細い針になっている」

射撃武器これ系は苦手なんだけどね……はぁ、まあそんな事も言ってらんないか」


 改造ボウガンを構えるキリエッタ。

 わいわい騒いでいた割には後方だったからか魔族はこちらに注意を向けていない。

 未だにコテツと一進一退の攻防を続けているようだ。

 照準器越しにキリエッタが人ならざる者同士の戦いを凝視する。


「当たっとくれよ……!!」


 祈るような心地で引き金を引く。

 射出されたシリンダーは狙いを過たず魔族の触手の内の一本に命中した。


「よしっ!! やった……!!!」


 ぐっと拳を握って喜ぶキリエッタ。


「む。あいつ地面から生えてるのか。だったら別に直接本体に当てなくてもその辺の地面に適当に当てればOKだ」

「先に言えって!!!! 寿命削るような心地で撃ったってのに!!!!」


 隣のマキナに目を剥いて叫ぶキリエッタであった。

 そんな騒ぐ二人の目の前で魔族に異変が起きる。


「ヌッ……!? ググ……なんだ? 身体が……これは……」


 ぎこちない動きでサイオームが自身の体を見ている。

 身体から伸びた無数の蔦の内数本が茶色く枯れて朽ちていこうとしている。


「なんだッッ!!?? ウオオオオオオッッッ!!!!!」


 枯死した部位は瞬く間に全身に広がっていく。

 もがきながら明るい茶色に変じていく魔族はその場に崩れ落ちると数度の痙攣の後に動かなくなった。

 その呆気なくも無残な最期にキリエッタが額の汗を拭ってため息を付く。


「はぁ~……おっかないねえ」

「まあこんな所だろう。概ね想定通りの効果だ。10分そこそこで効果が切れるから環境への影響もほぼないのだよ。すばらしいと思わないかね」


 自慢げに胸を反らしているマキナにパチパチとお義理の拍手を送るキリエッタであった。


 ……だが、その場にいる誰もが気付いていない。

『人型の小さな根っこ』とでもいうべき小型の何かが素早くその場から離脱し暗い穴の奥へと走り去っていったことに。


(もう撤退の合図とは……予定よりも随分早いようだが。パロドミナスめ、首尾よく事は運んだのであろうな?)


 それは全身が枯死する前に分離したサイオームの本体とも言うべきもの。

 同志パロドミナスから撤退するようにと魔力による信号を受け取った彼は闇の中へと消えていった。


 ─────────────────────────────


 溶岩と岩石でできた身体を持つ魔族ブレーガー。

 この燃え盛る魔族の出現によりルクシオンを除く全ての騎士たちは一時的に退避している。

 既に周囲の温度は普通の人間が活動できる限度を超えてしまっているのだ。


 ブレーガーは不定形のように形を自在に変える事ができるようだが基本的には人型でいる。

 戦い方も殴打や蹴りや体当たりといった原始的なものが多いのだが……。


「グゴゴゴゴゴゴゴッッッ!!! 受けてみろオレの『魔岩弾マガンダン』ッッ!!!」


 自身のボディからもぎ取った燃え盛る握り拳大の岩石を投擲してくるブレーガー。

 こういう変則の遠距離攻撃を仕掛けてくる事もある。


「…………」


 それをルクシオンはまったく動じることなく手にした刃槍グレイブで弾いた。


「やりやがるぜぁッッッ!!! 魔岩弾!! 魔岩弾!!! マダンガンッッ!!!」


 灼熱の飛礫が無数に襲い来る。

 だが竜の姫の顔は冷めたままだ。


「うるさいわね……途中言い間違えてるのも鬱陶しいし」


 ため息を付きながらルクシオンは全ての岩弾を弾き散らした。


「グゴアッッッ!!! ならこれはどうだぁッッ!!! ファイヤーッッッッ!!!!」


 遠距離攻撃は効果が薄いとみて魔族が踊りかかってきた。

 豪腕を振るい殴りかかってくるブレーガーを見てルクシオンがわずかに目を細めた。


(これならこの前のメルドリュートの方がまだマシかな……でも……)


 殴打を避けながら刃槍を振るいルクシオンがブレーガーの胴体をバツの字に切り裂いた。


「効かん効かん効かぁぁぁぁんッッ!!!! グゴゴゴゴッッ!!!!」


 これだ……とルクシオンが不快そうに眉を顰めた。

 この魔族には物理攻撃がほとんど効かない。

 切っても抉っても即座に元通りになってしまう。

 その為、相手の攻撃力はルクシオンにとって驚異というほどではないのだが戦いはずるずると長引いているのだった。


「仕方ない……」


 覚悟を決めたルクシオンが前に出た。

 その彼女へ猛然と灼熱の魔族が襲い掛かる。


 表面を岩石でコーティングした巨大な拳が眼前一杯に迫る。

 だが……竜の姫は動かない。


「消し飛べぇぇぇィィィィィィッッッッッ!!!!!!」

「……っ!」


 攻撃をまともに浴びてルクシオンは吹き飛ばされ地面で一度跳ねた後横の岸壁に叩き付けられた。

 普通の人間であれば全身打撲にプラスしての大やけどでひとたまりもあるまい。

 ブレーガーに勝ち誇った様子はない。

 今の一撃をルクシオンがわざと受けた事を彼は知っている。


「ふぅ」


 ルクシオンが立ち上がってくる。

 そして彼女は口の端の血の汚れを親指の腹で拭った。


「なるほどね。やはり核があるのね。そして……それは高速で身体の中を流動してる」

「!!!!」


 全身を大きく震わせたブレーガー。


「グゴゴゴゴゴ……その通りだ。よくぞ見抜いたな。実に愉快だ!! 益々燃えてきたぜ!!!」


 震えは驚愕と、そして歓喜。

 その昂ぶりを現すかのように全身を覆う炎を益々猛らせて焼き尽くすものが両腕を広げる。


 だが、そこでこの魔族に異変が起きた。


「!!!?? なッ……何!!??」

「……?」


 動きを止めたブレーガーに怪訝そうな表情のルクシオン。

 彼女は気付いていないがこの時、目の前の魔族はある魔力信号を受信していた。


「ヌッ……グゴ……なんという事だ!! これからだというのに!! これ程までにオレは燃え盛っているというのにッッ!!!!」


 ブレーガが地面に思い切り両腕を叩きつける。

 地面が砕けて舞う破片の中、ルクシオンは無表情に魔族を見ていた。


「引き上げろと言ってきた。折角いい所だったのになぁ……」


 ルクシオンに背を向け大穴の奥へ向けて歩き出すブレーガー。


「勝負は預けておくぜ。いいか……オレがお前を殺すまで誰にも殺されるんじゃね……」


 肩越しに振り返って……そして思わず間抜けな声を出してブレーガーは停止した。


「………は?」


 ルクシオンは……足元の地面に刃槍を突き立て両手をフリーにして、そしてその右手を去り行くブレーガーに向けて翳している。


「私、行っていいだなんて一言も言っていないのだけど」


 高まるルクシオンの魔力。

 ゆらゆらと白く輝いて揺れるオーラが彼女を覆っている。

 大穴全体が鳴動している。

 何かとてつもない事が起こる前触れである事は疑いようもない。


 その時、ブレーガーはルクシオンの背後に口を大きく開いたドラゴンの幻影を見た。


「まっ……待て…………ッッッ!!!!」


 両手を翳して何かを防ごうとするブレーガー。

 一瞬の間を置いてルクシオンが極大の純白のレーザーを放った。

竜の炎ドラゴンフレイム

 それは竜の吐く炎のブレスを再現したルクシオン・ヴェルデライヒの最強の攻撃魔術。


「ッッッッ!!!!!!」


 眩い光の中でブレーガーが崩れて溶けて消えていく。

 核も何もかも……塵一つ残さず消失する。


 灼熱の魔族はこうして跡形も無く燃え尽きて命を落としたのだった。


「…………………………………………」


 全ては終わり騎士団たちは崩落して完全に埋まってしまった大穴の前で立ち尽くしていた。


 ルクシオンは目を逸らしている。

 その前にはおっかない顔のカエデが仁王立ちしていた。


「埋まっちゃっただろ」

「……そうね」


 低い声のカエデに目を合わせようとしないルクシオン。


「どうすんだよ。このまま突入してクリスティンを助けに行くはずがパーだぞ」

「なんか途中で勝手に帰ろうとしてたから……頭にきて」


 ぼそぼそと言い訳をするルクシオン。


 そんな彼女らの頭上を一羽の鳶が暢気に飛んでいた。


 ─────────────────────────────


 魔族パロドミナスは転移で何処かへと逃げ去っていった。

 残されたクリスティンたちは眼前の巨大な半透明の袋の中のフォルドーマを見上げる。


「止めを刺しておくか」

「え? う、うーん……」


 リューの言葉に難しい顔をしてクリスティンが腕を組む。


「どうでしょうね……。流石にちょっとこの干物みたくなっちゃってる人にそこまでするというのも……」

「そうか」


 提案はしたものの特段に強い思いがあって言ったわけでもなさそうなリュー。

 あっさり引き下がった彼にほっと息を吐くクリス。


「……クリスティン・イクサ・マギウス」

「あっ」


 耳元で名を呼ばれビクンと肩を震わせたクリスティン。

 声の主は自分が背負っているクオンである。

 いつの間にか意識を取り戻していたようだ。


「下ろせ。自分で歩ける。止めを刺していないのは我を捕虜にするつもりだからだろう。我は敗者の身……抵抗はせぬ」


 実際の所、クリスティンはその後の事をそこまで考えていたわけではない。

 とはいえ、このままクオンを連れて帰ればそういう事になったであろう。


「そ、そうですか……でしたら、まあ……」


 恐る恐るという感じでクオンを下ろすクリスティン。

 自分で言った通りに彼女は立ったがやはり完調には程遠いらしく病人のようにふらついている。


 装甲に覆われた身体に頭部だけを生身で外気に晒して銀の髪の美少女がフォルドーマを見上げた。

 その無残な姿に彼女が何を思ったか……。

 表情の無いその顔からは何も読み取る事はできない。


「このガリガリのでけえのは一旦置いとくとしてよ、早いとこ門を探すとしようや」


 腕組みしたヒューゴ。

 皆と同様にフォルドーマを見上げた彼はどこか薄ら寒い表情である。

 いくら枯れ果てた姿とはいえこの見上げんばかりの巨体の総大将は並の人間ほどの戦闘力しか持たない彼にすればあまりお近づきにはなりたくない存在なのだ。


 ─────────────────────────────


 クリスティンが言った通りに6層は2年前とはまったく変わっておらず、ナマモノ的にうねうねした壁や床や天井ではない石と金属による空間のままだった。


 ほぅ、とため息のような感嘆の吐息のような短い息を吐いたクリスティン。

 どうした? とでもいうようにリューが彼女を見る。


「あ、いえいえ……ここに戻ってくるまでに色々あったなあって」


 ちょっと疲れた顔で苦笑するクリスである。


「想い出に浸るのは帰ってからにしようぜ。やる事やっちまわねえとな……」


 言いながらヒューゴは背負ったカバンを下ろして中をごそごそと漁っている。


「お、お前たち…………」


「!!!!」


 突如として響いたその場にいる何者のものでもない掠れた声。

 一行は全身を緊張させ声のした方を見た。


 ゆらりと揺れながら白いマントに白い仮面の人影が現れる。

 目の部分だけ黒く丸く穴の開いた不気味な仮面の何者か。


「魔族か」


 身構えるリュー。

 その彼より前にクリスティンが出る。

 リューも重症なのだ。


「なにか……食べもの……」


 しかし白マントの魔族はよろよろと進んできてぱったりと床に倒れた。

 そして床の上でピクピク痙攣している。


「……え?」


 呆気に取られて動きを止めるクリスティン。


「そ奴はショルドワ。我と同じ魔族だ。体内で毒を作る奴なのだが迷宮内で迷って飲まず食わずで彷徨っていて倒れた。そして栄養失調で自分の体内の毒素に抵抗しきれずに今苦しんでおる」

「魔族の人って……」


 何ともいえない表情で遠くを見るクリスティン。

 数多の世界を旅して多くの魔族と戦ってきた彼女だが、栄養失調で死に掛けてる魔族を見るのは初めての事である。


 ちょっとの間迷ってから彼女はショルドワを背負った。

 よれよれの白マントの魔族は異様な程に軽い。


「連れ帰るのか」

「ええ、まあ……。ほったらかしは流石に忍びないというか」


 クオンに聞かれて微妙な表情のままクリスティンはうなずいた。


「おかしな奴よ。強者の余裕と言うわけでもないようだが」

「そうですね。甘いとか温いとか色々な人に言われてきました。……でも……」


 そうして彼女が見せたのはやっぱり苦笑いで……。


「誰も死なずに済むならやっぱりそれがいいかなって」

「………………………………」


 でもそれを口にした時の彼女の瞳はまっすぐに揺るぎの無いものだった。


「よし! 仕掛けたぞ!! 仕様書じゃこの距離なら大丈夫なはずだが念のためもうちょい離れようぜ」


 クリスたちが現れたショルドワにどたばたしていた間も必死に爆弾を設置していたヒューゴ。

 もしもの時は門の破壊だけはなんとしても行わなければいけないという判断からである。


「カウントは60秒後にセット、と……。スイッチを押すぞ!! すぐに離れてくれよ!!」


 カチッ。


 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!!!!


 スイッチを押した瞬間、真っ赤な光が周囲を照らす。

 背後で起きた大爆発にヒューゴが吹き飛ばされた。


「カウント意味ねええええええ!!!!!!!!!!!」


 絶叫しながら吹き飛んでいく食い詰めエルフ。

 そして、宙に浮かんでいた巨大レンズが砕け崩れて無数の破片となり落ちてくる。

 それはここから遠く離れた次元にある魔族の故郷、冥獄界オルドゴウルから新たな魔族がやってくるのが不可能になった事を現している。

 正しくは狙ってこの世界にやってくる事が、だ。

 偶然辿り着く事はある。

 だがそれは星の数ほどもある世界から偶然この世界を引き当てた場合の話だ。

 限りなくゼロに近い。


「………………………………」


 その光景を見上げてクオンが遠い目をした。

 崩れ落ちる大きなレンズ片の中に一瞬、荒れ果てた青黒い岩ばかりの世界を見たような気がした。


(さらばだ、我が故郷。さらばだ、同胞たちよ)


 表情は変えずに静かに目を閉じて何事かに思いを馳せる闘神であった。

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