第16話 最強の魔族

 白鶯騎士団はロンダンの防衛の為に残した最低限の戦力を除いて全軍を二つに分けた。

 彼らが1番と5番と呼ぶ大穴から二つの大部隊が迷宮へ突入する。

 その2つの穴が選ばれた理由は簡単だ。他の穴は数十mの縦穴だが1番と5番は緩やかに傾斜している斜めの穴だからである。


 だが縦穴に比べて侵入がしやすい二つの大穴には当然魔族たちによる防衛網が敷かれていた。


「姐さぁ~ん!! 入ってすぐんとこに棘熊がウジャウジャいやがります!!」


 叫ぶ先陣にキリエッタが軽く鼻を鳴らして応じる。

 1番ホールに突入した部隊の総指揮官は彼女であった。


「だろうさ。……ほら真っ向勝負で食い破るよ!! 気合入れなアンタたち!!」


 振るった鞭は大気を裂いて地を抉った。

 その打音を合図として雄叫びを上げて戦士たちは大穴へと突入を開始する。


「うおおおおおおーーーーッッッ!!!! 筋肉ぅぅぅぅッッッッ!!!!!!」


 前方は瞬く間に乱戦となった。

 凶悪で強力な魔物の群れにひるまずに白鶯騎士たちが挑みかかっていく。

 陽動といっても騎士たちは本気だ。

 別動隊が地下を目指している事を知っているのは少数の指揮官のみ。

 今命を懸けている者たちは皆本気で内部に攻め込み制圧するつもりで戦っているのだ。

 逆に言えばそこまでの覚悟がなければ陽動さえも務まらない。


 スパイク亜種のインセクトベアは強力な魔物で数も多い。

 だが白鶯騎士たちは高い士気を維持してじわじわと攻め進んでいく。


(いけそうだね。押し切れるか……?)


 キリエッタが無言でそう思ったその時、先陣の騎士たちに異変が生じる。


「……ぐあぁッッ!! 何だ!!??」

「気をつけろ!! 何かが伸びてきて……!!!」


 足元から、横壁から、天井から伸びてきた無数の濃い緑色の触手のようなものに絡みつかれ締め上げられて苦悶の呻きを上げる騎士たち。


「チッ! 何だいこりゃあ!!??」


 キリエッタも足元から伸びてきたそれを素早く回避した。

 それは植物の蔦のようだ。

 うねうねと伸びてきた蔦が一瞬前までキリエッタのいた空間を薙いでいく。


「フォシュシュシュシュ……招かれざる者どもよ、この暗い穴の中に屍を晒すがよいぞ」


 耳障りな笑い声と共に地面から人型の植物とでも言うべき全身を葉や蔦で覆った濃緑色の異形が姿を現した。

 絡み合う蔦や枝が人型を形成しているというべきか……。

 頭頂部には毒々しい赤い斑点模様の紫色の大きな花が咲いている。


「我が名はサイオーム、『侵食するもの』サイオームだ。お前たちは皆、我が養分となってもらうとしようか、フォシュシュシュシュ」


 魔族サイオームが不吉な言葉を口する。

 すると、その発言の通りに蔦に絡めとられた者たちが苦し気に呻きながら瘦せ衰えて枯れていき力尽きていく。

 投げ出された無数の骸は全てミイラ化していた。


「ううむッ! 不味い……なんと不味いのだ。質の悪い養分どもめが……」


 サイオームは苦々しげにそう言い放つとミイラ化した亡骸を無造作に投げ捨てた。


「喰らう気も起きんわ! ならば悉く縊り殺してやるとしよう!!」


 全身から再び蔦を伸ばす魔族。

 鎌首をもたげて蛇のように襲い来るそれらを必死に騎士たちが払い除けている。


「こんなのがいるとわかってりゃ除草剤を持ってきたんだけどねぇ……」


 口元を歪めるキリエッタ。

 その頬に冷たい汗が伝った。


 ─────────────────────────────


 同時刻5番穴。

 前方からの熱風に突入した騎士たちが顔をしかめている。

 その一団の中にはカエデの姿もあった。


 ここでもまた待ち構えていた魔族ヴァルゼランが大量の魔物と共に侵入者たちを迎え撃つ。


「グゴゴゴゴゴ!!! 燃えろお前らぁッ!!! 燃えていけよ!!! 真っ赤に燃えろ!!! ファイヤーッッッ!!!!」


 大穴内部に雄叫びが轟く。

 割れんばかりの大音声を張り上げている者がいる。


「うるさいなぁ……」


 白鶯騎士たちと共に進むカエデ。

 彼女の覆面から覗く目元にキュっと皺が寄る。


「前の奴ら何興奮してるんだ。騒ぎすぎだろ」

「……いや、あれ敵ですよ」


 近くの騎士が困った顔で言った。


 先陣を切った勇猛な騎士たちに浴びせかけられたのは灼熱の溶岩だ。

 絶叫が上がり炎に包まれ彼らは倒れていく。

 そして溶岩の一部が盛り上がり人型を形成した。


「グゴゴゴゴゴゴ、オレは『焼き尽くすもの』ブレーガー!!」


 岩石と溶岩でできているボディの魔族。

 頭部には逆立つ髪の毛のように炎が燃え盛っている。


「人間ども……ここから先に進みたいなら命が通行料になるぞぉ!! 燃えていこうぜ!!!」


 口なのか、そこから言葉を発しているのかはわからないが人の顔で言うのなら口元にできた裂け目を三日月形にして魔族はそう言った。

 見た目も発言も暑苦しい。


「あんなのもいるのか。何なんだよ魔族って……」


 吹き付けてくる熱風に顔をしかめるカエデ。


 待ち構えていたものは溶岩男だけではない。

 周囲には赤黒い鱗の巨大なトカゲがひしめいている。

 火蜥蜴サラマンダー……主に火山地帯に生息する下級の亜竜だ。

 炎を吐き熱に強い。

 この溶岩の身体を持つ魔族が従えるに相応しい従者であるといえよう。


「か、カエデさま! どうしましょう!!?」

「いや私に言うなよ。私は斥候だぞ」


 泣きついてきた騎士にカエデが渋い顔をする。

 そんな彼女の隣にスッと進み出てきた人影が一つ。


「私がやるわ」


 蒼騎士ルクシオン。

 まぎれもなく人類陣営最強の戦士である彼女は切り札的な存在であり本来ならばまだ後方待機のはずであったが……。


「皆を下げてちょうだい」


 すっかり生気を取り戻した彼女に以前の厭世観は感じられない。

 理由はいうまでもない。

 クリスティンの帰還である。


 彼女が歩き出せば人の輪が割れる。

 誰もその行く手を遮らないように……。

 戦う竜の姫には近寄らない。

 ここで戦う者たちであれば最初に叩き込まれるルールであった。


「おオッ!!? なんだ!! 寒気だと!! このオレが寒気を感じているのか!!?? グゴゴゴゴッ!! 気に入らねぇッッ!!! ならば更に燃えていくとするぜ!!!」


 近付いてくるルクシオンに気付いたブレーガー。

 周囲の岩や溶岩を取り込み身体を肥大化させた魔族がルクシオンに向かって両腕を広げて迎撃の態勢をとった。


「竜は熱に……」

「来やがれ女ぁッッッ!!! ファイヤーッッッッ!!!!!」


『竜は熱にも炎にも強い』と、そう言いかけたルクシオンであったが……ブレーガーの絶叫によってかき消されてしまう。


(騒々しいにも程があるわね)


 刃槍を構えたルクシオンがげっそりした顔でため息を付いた。


 ─────────────────────────────


 迷宮内部を進むクリスティンたち。

 2年ぶりの探索行である。


「流石に構造は変わっちゃいないが……酷いもんだ」


 周囲を見回してげんなりした表情になるヒューゴ。

 地下1層2層は荒れ切っている。

 何度となく大型の魔物の群れが通過しているからであろう。

 罠や仕掛けの類は悉く破壊されている。

 解除するような知性も技術もなく体当たりで全て押し通ったのだ。

 作動した罠にかかって絶命したらしき魔物の朽ち果てた骸もそこかしこに散見される。


「好き放題に荒らしやがってよお。ひっぱたいてやりてえぜ。まあ、実際ひっぱたいたら多分オジさんの腕の方がやべえ事になるんだろうけどよ」


 無精ひげエルフのボヤきにくすっと笑ったクリスティン。


「こんな時になんですけど、ちょっとだけ楽しいです。何だか……前の時に戻ったみたいで」

「いいじゃねえのよ。こんな時だからこそ明るく行かなきゃなあ。悲壮感バリッバリでしかめっ面で進んだっていい事はなんもねえんだ。わかったらリューもちっとは楽しそうな顔しようぜ」


 前の時とは2年前にこの三人で地下に潜った時の事だ。

 先へ行く赤い髪の男に後ろから声を掛けるヒューゴ。

 彼の位置からはリューの顔は見えていないがいつもの仏頂面である事はわかる。


「俺はいつもこの顔だ」


 振り返りもせずにそっけなく言うリューであった。


 ─────────────────────────────


 罠も仕掛け扉も破壊されほとんど一直線に壁も破壊されている為クリスティン一行は驚くほど早く3層への階段に辿り着いた。

 この先はかつてはドワーフたちの国……グロックガナーがあったのだが……。


「うっげえぇ……何だ、何だよこりゃよお!!??」


 階段を下りながら青い顔で叫んだヒューゴ。

 3層への下り階段は途中から景色を一変させた。


 天上も床も壁も全て毒々しいピンク色の臓器のようなもので覆われていた。

 それらは蠢きながら不気味に規則正しく脈打っている。


「あー……えーとですね。これは魔族の人たちが使う半分生き物半分建物みたいな感じのものらしくてですね。今ある建造物に同化してこういう感じに作り変えちゃうんですよ」

「何だってわざわざこんなグロテスクにしちまうんだ」


 クリスティンの説明に心底嫌そうに表情を歪めるヒューゴ。


「この状態になったら内部の構造を自由に変えられるんです。部屋を増やしたり通路の行き先を変えたり……。後はテーブルやベッドとか椅子とか、そういうのも自由に生成できるそうです」

「同じものを見てきているのか」


 振り返って尋ねるリューにクリスティンがうなずいた。


「沢山の世界を旅してきましたけど、どの世界にも魔族の人がいましたから。基本的にあの人たちの本拠地は必ず中がこうなってましたよ」


 魔族の使う次元境界門から時空間の狭間に放り出されたクリスティン。

 彼女の選んだ帰還の方法とは狭間から強引なワープで次元の壁を突き破ってどこかの世界に出る。そしてその世界が自分たちの世界でなければその世界のどこかにある境界門を探し当てて再び狭間へ行く、というものだ。

 それをひたすら元の世界に戻れるまで繰り返した。

 転移はランダムとはいえ、狭間は境界門に繋がった空間。

 つまりそこから飛んでいける世界は全て魔族が境界門を持ち込んだ世界……つまり侵略を終えた世界か現在侵略中の世界のどちらかという事だ。

 彼女がこの禍々しい魔族のアジトに突入した回数は十や二十では済まされない。


「そりゃ便利ではあるがよお……趣味悪ぃなぁ」

「その辺はあんまりあの人たち気にしないみたいですね」


 階段を降りて足を早めて進む一行に前方からひんやりとした風が吹いてくる。


「……いる」


 それまで無言だったリューが短く呟いて足を止めた。

 合わせて他の二人も立ち止まる。


「待ち伏せされてるってか?」


 ヒューゴの言葉にうなずくリュー。

 そして赤い髪の男は静かに長い息を吐いた。


「この先にいる奴は俺が相手をする」


 宣言するリューに2人は何も言わない。

 というか目の前の小柄の男の発する無言の圧……気迫のようなものに何かを口にするのは躊躇われた。


 かつてグロックガナー王国のあった場所は巨大な開けた空間になっていた。

 建造物はもう何一つ残っていない。

 がらんどうだ。


 ……そんなだだっ広い空間の中央に床から生成された丸いテーブルと椅子があり1人の魔族が腰を下ろして一行を待っていた。

 青黒い装甲で全身を覆った魔族。

 強大な力を持ち生涯を戦いに明け暮れる彼らの中でも『闘神』と異名され畏れられる戦士。


「クオン」


 近付きながらリューがその魔族の名を呼ぶ。


「思っていたよりも随分早くこの時が来たな」


 立ち上がるクオン。

 するとテーブルも椅子もぐにゃぐにゃと変形しながら床に吸収されていき始めから何もなかったかのように床と一体化した。


「あえて言うまでもないと思うが……」


 エコーのかかった低い声でクオンが言う。


「我とお前では未だに実力に大きな隔たりがある」

「ああ」


 肯きながらリューはこの2年間のクオンとのやり取りを思い出していた。


『お前よりも強い魔族はいるのか?』


 そう、クオンに問うた事がある。


「いない」


 魔族の答えは簡潔だった。

 偽りでも驕りでもない事は当時のリューでもわかった。


「誇れるような事ではない。この力は我が故のもの」


 自らの握り拳を見て言うクオン。


魔族ヴァルゼランとは暗黒神の末裔たちだ。本能に『強さ』……『力』への欲求があり『侵略』と『支配』への欲求がある。全ての魔族は生まれながらに光に属する神々の産んだ世界へ攻め込んで我が物としたいという強い欲求を持っているものなのだ。……だが、我にはその侵略や支配への渇望がなかった。異端だ」


 語るクオンの口調は淡々としておりどのような気持ちでそれを口にしているのかはリューにはわからなかった。


魔王級ロードクラスと呼ばれるほんの一握りの魔族の実力者たちはその内指揮官として魔族たちを率いて他世界へ侵略の為に旅立っていく。我は指揮官にならなかった唯一のロードクラスのヴァルゼランだ。一兵卒として侵略に参加してはいるがな」


 無造作に拳を突き出したクオン。

 発生した衝撃波が大地を裂いて数十m先の大岩を粉々に粉砕する。


「かつては我と互角に戦える者もいた。だが部隊を率いれば己を鍛えているだけというわけにはいかぬ。その後も強敵との戦いを望み己を鍛えるだけであった我と差ができるのは当然の事だ。我自身そういった己の在り方を歪だとは思っている」


 続いた台詞はほんの僅かにだが苦笑の響きを含んでいたように思う。


「……だがこればかりはどうにもならぬ。我は己を研ぎ澄まし武の高みに至る事にしか興味が持てぬ」


 …………………………。


 そして現在。


 クリストファー・緑はクオンと対峙する。

 己の師であり、ただ最強であるしかなかった魔族と真正面から向かい合う。

 自らを真っ直ぐに射抜いているリューの瞳を見るクオン。

 そこには怒りも憎しみも無くただひたすらに真っ直ぐな闘志だけがあった。


(刺し違えるなどとふざけた事を考えているわけではなさそうだが……)


 その男の目を見て魔族はそう思った。

 だが……わからない。ならばリューは何を考えているのだろう。

 戦えば万に一つも自分の勝ちはない事はわかっているであろうに。

 侵入してきた彼らの目的は見当が付いている。

 次元境界門の再度の封印か破壊のはずだ。


(勝てずとも足止めができればいいという考えか? それを我が許すと思っているほど甘く見られてはいないと思うが)


 構えを取っているリュー。

 無造作に棒立ちのクオン。

 あまつさえ今魔族は考え事をしている。

 だがリューは仕掛けない。

 この隙があって尚、目の前の相手は自分の攻撃に完璧に対応してくるだろうという確信がある。


(まあよい)


 そのままクオンが歩き出した。

 リューへと向かって。

 赤い髪の男が全身を緊張させる。


「この一撃で全てわかる」


 彼我の距離十数mを残しクオンの姿は固唾を飲んで見守るクリスとヒューゴの視界から消えた。

 正しくは認識の外側に消えた。

 その神速の踏み込みは既に不可視の領域であり……。

 繰り出された抜き手は神々をも刺し貫く神殺の魔槍と化す。


 一瞬全ての音は消え、次いで衝撃波が周囲に走った。


「……うげ……」


 ヒューゴの喉から掠れた呻き声が漏れた。

 彼の目には眼前の一瞬の攻防は見えていない。

 クオンの姿が消えたと思った瞬間、吹き飛ばされそうなほどの強風が吹き今度はリューが消えている。


 リューはガードの体勢のまま遥か後方に吹き飛ばされ壁にめり込んでいる。


「耐えたか……」


 呟いたクオン。

 一切手加減していない本気の一撃だった。

 その場で胴体に大穴を開けて絶命しているはずのリューが壁まで吹き飛んでいる事が彼が対応できたという証拠である。

 それができた相手は数百年ぶりだ。


 だがそれで状況が好転したわけではない。

 初撃で全て終わらせるつもりだったクオンの目論みは外れたがそれはそれだけの事だ。

 自分の絶対的な優位が揺らいだわけでもない。


 めり込んだ壁からリューが床に降り立ち大きく息を吐く。

 その足元に血の雫が落ちた。


「………………………………」


 最初の一撃から仕留めるつもりで来るだろうと思っていたリューの予想は正しかった。

 持てる全ての力で対応した。

 クオンにも伝えていない彼の持つ異能、感知するオーラ。

 そのオーラでクオンの攻撃の「出」を察知した。

 そして全てのオーラを小さな楯状に集中させて防御に回した。

 攻撃の察知が1秒遅れても、集中したオーラが数cmずれただけでも自分は今この世にいなかっただろう。


「2年前のお前なら何をされたのかもわからずに命を落としていた」


 喋りながら歩き出したクオン。


「お前に武術を施したのは無駄ではなかったな」


 リューは動かない。喋らない。

 全身に気を循環させてダメージからの回復を図っている。

 完璧なガードをしたにも関わらず先程の一撃はそのガードの上からリューの身体に大きなダメージを残していた。


「今の反応が苦し紛れの奇跡だったのか……それともお前がここから更なる高みに至るのか」


 そして再び闘神はリューの眼前に立つ。


「見せてもらうぞ、リュー」


 拳を放つクオン。

 両腕をクロスしてそれを受けるリュー。

 牽制のジャブだ。

 だがそれでもガードしたその拳はリューの全身を軋ませる。


「………ッ!!」


 表情を歪ませ歯を食いしばるリュー。

 びりびりと全身の骨が痺れ痛みが脳を攪拌する。

 これで相手にとっては牽制なのだ。


 無数に繰り出されるクオンの攻撃の前に防戦一方になるリュー。


 最早反撃する気力も無いのかリューからの攻撃はない。

 彼は……ただやられるままになっている。

 一撃の反撃もできないままにリューの呼吸はどんどん乱れていく。

 足元に無数の赤い斑模様が増え続ける。


(……心が折れたか? このまま何もできずに終わるか?)


 激しい攻撃を続けながらクオンは内心で訝しむ。

 ぐらぐらとリューの上体が揺らいだ。

 何かする気はあったとしてもこの有様ではもうそれも無理だろう。


「買いかぶり過ぎたか」


 これ以上嬲り者にする事もあるまいとクオンはこの戦いを終わらせる判断をした。

 最後の一撃は初撃と同じ抜き手。

 闘神の持つ最速最強の一撃……神殺しの槍。


 ……その一撃をリューは待っていた。


 最初の一撃の時に速度を把握した。

 自身の全てを投げ打って辛うじて即死だけは免れた。

 次にこの一撃が来る時が勝負の時だと定めた。

 自分からの攻撃はその一度だけだ。

 その一撃に全てをかけるつもりで攻撃の為のオーラを体内に温存して高め続けている。

 今の自分ではどうやってもクオンを倒せる一撃は放てない。

 だからこそのこの戦法……交差法カウンター

 相手の最強の一撃をカウンターで迎え撃ってその威力を上乗せした攻撃を叩き込む。


 鋭い指先が眼前に迫っている。

 前に出て身体を低く落としながらその一撃を回避する。

 こめかみをかすめていく手刀。

 赤い髪が数本宙に舞う。


 そして……リューがクオンの懐に入る。


(……嗚呼……)


 1秒の十分の一にも満たない時間の中で最強の魔族が思う。


(この世界に来てよかった)


 赤い髪の男の拳が闘神の胸部の装甲に炸裂する。

 着撃点を中心に青黒い装甲に蜘蛛の巣のようなヒビが入りクオンは天を仰いで口から鮮血の飛沫を飛ばしたのだった。



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