第15話 再びダンジョンへ

 ある日の午後の事である。


「そうだ。お前に渡さなければならないものがある」

「はい?」


 居候国家グロックガナーの王、ドワーフのドルガンに呼び止められたクリスティン。

 そして王が持ってきたものは革製のカバーに覆われた見るからに価値のありそうな拵えの大きな両手剣であった。


「この剣は……?」

「お前の剣だ。わしが預かっていた」


 そうは言っても見覚えのない武器である。

 恐らく一振りでちょっとした屋敷が土地ごと買えるほどの値がするのではなかろうか……?


 しかし手にしてみると彼女のそんな違和感は霧散した。


「ああっ! これは……」


 まるで自身の身体の一部であるかのような馴染み方。

 紛れもない。

 これは地下迷宮に潜る前に地上に宿に置いていったクリスティンの大剣である。

 竜の牙を研いで作ったもの。

 ただ見た目はこんなに美しく整っておらず「棍棒の先を刃状に砥いだもの」と言った風なかなり無骨な外見をしていたはずなのだが。


「折角だから研ぎ直して全体を整えておいたぞ」

「ありがとうございます……っ! てっきりもう無くなってしまっているものと思ってました! あぁ、これを持っていってればよかったと何度思ったか……」


 クリスティンの怪力に耐えうる武器が中々ないので彼女はしょっちゅう武器を壊してしまうのだ。

 世界を渡る旅の途中でも幾度となくその事に彼女は苦しめられてきた。


「は~……可愛い。もう離しませんよ」


 抱きしめた大剣の刀身のカバーに頬ずりしているクリスティン。


「物を大事にしてえらい!!!」


 そんな彼女を褒め称えるドルガン王であった。


 ────────────────────────────


 冷たい牢獄に入れられた女魔族が仏頂面で胡坐を掻いている。

 先日フォルドーマと一緒に地上に出撃してきてルクシオンにボロ負けしたメルドリュートである。

 彼女はあの戦いの後メイヤーたちによって捕えられた。


「こんな物、簡単に破られるんじゃないのか?」


 メルドリュートの牢の鉄格子を見て眉をひそめているのはメイヤーだ。


「いえいえ、大丈夫。無力化してあるのです」


 ふるふると首を横に振ったのはメイヤーの脇に立つ眼鏡で表情に乏しい天の御使いアメジスト。

 彼女が指をさしたのはメルドリュートの右の手首に付けられた金属製の腕輪。

 それはマキナとアメジストによる合作の拘束具である。


「あれを付けられると魔族ヴァルゼランは大幅に弱体化します。この牢を破るのは今の彼女には不可能なのです」

「そんな便利なものがあるなら戦う前に出せばよかったろうに」


 呆れたように言うメイヤーにアメジストはやはり首を横に振る。


「装着の際にちょっとした儀式的な手順を踏む必要画ありまして。無抵抗の相手にしか付けられません。倒すのは普通にやってもらわなければいけないので戦う前に出しておいてもどうしようもないのです」

「フン……そうそう上手い話もないという事か」


 鼻を鳴らして咥えた葉巻に火をつけるメイヤー。


「うるせぇんだよゴチャゴチャ。どっか行きやがれ」


 そんな2人を牢の中からメルドリュートが剣呑な視線で射抜く。


「やられてとっ捕まったわりには威勢のいい奴だな? 自分がこれからどうなるかとか、そういう事を考えはせんのか」

「上等だヒゲ。拷問だろうが処刑だろうが気の済むようにやりゃいいさ。オレ様はそんな事にビビりゃしねえ」


 ニヤリと歯を見せて笑う女魔族。

 その態度は虚勢には見えないが……。

 メイヤーはそんなメルドリュートを見て短い間何事か考えているようだったが、やがてポケットから鍵束を取り出した。


「……よしわかった。お前は放免だ。出してやろう」

「は!?」


 鉄格子の戸を開錠しているメイヤーにメルドリュートが上げた声は裏返っていた。


「意味がわからねえ! 何を企んでやがる! おいっ!!」

「企んでなどおらんさ。敵ながらお前の死をも恐れぬ胆力に感じ入ったのだよ。……ホレ、早く出んか」


 動揺しっぱなしで牢から出てくるメルドリュート。

 アメジストは無言で2人のやり取りを眺めている。


「これを羽織れ。お前の青い肌は目立ちすぎる。今の状態で騎士団うちの連中に見つかれば嬲り殺しにされてしまうぞ」


 メイヤーがメルドリュートに頭から被せたのはフードの付いた革製のマントだ。

 もはやされるがままの女魔族は無言でそれを身に纏った。


 そして3人はロンダンを取り囲む城壁の側面の小さな出入り口から荒野に出た。


「ここでいいだろ。後は勝手にしろ」

「………………………………」


 数歩歩いてから振り返ったメルドリュート。

 その表情は複雑だ。


「オレ様はこれを外したらまたお前らを殺しにくるぜ」


 魔族を弱らせる腕輪を示したメルドリュート。

 その物騒な台詞も脅しと言うよりかは淡々としていてどういう心境で口にしたものなのか今一つ掴めない。


「そうか。ではその時は改めて雌雄を決するとしようではないか」


 一方でメイヤーは余裕すら窺わせる薄笑いで平然としている。


 それ以上両者は言葉を交わすことなく女魔族は荒野に消えていった。


「……よろしいのです?」


 マント姿が完全に見えなくなってからアメジストがメイヤーに尋ねる。


「あの腕輪はそこまで頑丈ではないのです。弱体化している装着者は壊せませんが仲間と合流したら簡単に外されてしまうのですが」

「なぁに、構わんさ。計算のうちだ」


 よく晴れた空にフーッと紫煙を吐いてからメイヤーがニヤリと悪い笑みを浮べる。


「いいか? アメジスト。私はな、連中に不和の種を蒔いたのだよ」

「……?」


 メイヤーの言葉に怪訝そうな表情のアメジスト。


「考えてもみろ。ボロ負けした挙句にあんな腕輪を付けられたあいつがすんなり戻ってきたら他の魔族どもはどう考えると思う? これはおかしい。何か裏があるのではないか……そう考えるのは必然だ」

「はあ……」


 眼鏡の少女は何となく曖昧な相槌を打つ。


「いずれ疑念は不信に変わるだろう。コイツは敵方と通じているのでは、とな。そうなればこちらの思う壺だ。仲間内で殺しあってくれればよし。そうならなければ仲間と一緒に再出撃してきた時にこちらから裏切りを促すような発言をしてやるのだよ……『今だやってしまえ!』みたいにな。めでたく連中は戦場で仲間割れだ、がはははは」

「うーん……」


 自信満々で高笑いしているメイヤーであるがアメジストの表情はすっきりしない。


(まったく的外れとも思いませんが、非常に『人間的』な発想なのです。魔族あいつらはそこまであれこれ考える奴はあんまりいないのですよ)


 強大な種族ヴァルゼラン。

 彼らの価値観は『力こそが全て』

 何かあれば戦いで決めるのが魔族の生き方だ。

 その為造反についても大体の魔族は『裏切りそう? そうなったら殺せばいいだけ』みたいな発想になる。

 中にはパロドミナスのように権謀術数に長けた者もいるが種族的に見ればそういった者は極少数であり異端である。


「まあそれに仮に思ったようにいかずにアイツがもう1度攻めてきたってルクシオンをぶつければ問題ない事はわかっとるしな」

「それはそうですね」


 そこは素直に同意できるアメジストであった。


(大体私は処刑も拷問もできん。人質が通用するような相手でもなさそうだしあんなもんここに置いてたって持て余すだけだわい)


 口に出さずにそう思うメイヤーであった。


 実際の所……。

 アメジストの懸念が的を得ておりメルドリュートがそのまま大魔宮に戻ったとしても彼が期待したような結果にはならなかっただろう。

 ところが事態はメイヤーも予想していなかったほうへと転がっていった。


 つまり……メルドリュートは仲間たちの下へは戻らなかったのである。


 暗い森の中。

 大きな木の根に腰を下ろして女魔族は今頭を抱えていた。


「……ああっ、くそっ! 戻れるわけねえだろうが……!!」


 誰にとも無く夜の森の闇の中へ苦々しく言い放つメルドリュート。

 つい先日、人間たちに敗れて戻ったパロドミナスを嘲笑したばかりなのだ。

 そのパロドミナスですら敗れた後は自力で逃走してきた。

 反面、自分はどうだ……?

 情けを掛けられて見逃されて戻ってきました等と言えたものではない。

 それならいっそ処刑でもされていた方がずっとマシだ。


「あ~もう……どうすりゃいいんだオレ様は」


 バリバリと乱暴に頭を掻いて項垂れるメルドリュートであった。


 ────────────────────────────


 足取りも軽く砦の廊下を行くルクシオン。

 クリスティンが戻ってきてからと言うものずっと機嫌がいい彼女。

 半ば世捨て人のようであったそれまでとの落差が凄まじい。

 鼻歌を歌いながら1人の騎士とすれ違う。


「……姫様はずいぶんご機嫌だな」


 振り返って騎士は意外そうに言った。


 食堂に探していたクリスティンの姿を見つけて近寄ろうとしたルクシオンを誰かが腕を引いて止める。


「……何よ、カエデ」

「今はダメだ」


 ルクを引き止めたカエデが首を横に振る。


 座るクリスティンの前の長テーブルには湯気の立つ丼があった。

 その中身は何か……それは語るまでも無い。


 正面に座っているのは赤い髪の男。

 相変わらず彼は無表情だ。


 向かい合っている2人を見てややムッとした表情になるルクシオン。


「私も行く」

「ダメだって。今日くらい遠慮しろ。お前クリスティンが戻ってからずっとべったりじゃないか。昨日だって一緒に寝てただろ」


 戻ってから後始末やら何やらでクリスティンもリューもその周囲もずっと忙しくしてきた。

 その為にリューとクリスは2人でいる時間はほとんど取れていないのだ。

 そう思うからカエデはルクシオンに自重を促しているのだった。


「………………………………」


 不承不承と言った感じではあるがルクシオンが引き下がった。


 そんな2人の視線に気付く事も無くクリスティンは丼に残ったスープを飲み干している。


「……はぁ、美味しい。やっと『帰ってきたんだな』という気持ちになれました」

「そうか」


 幸せそうに微笑んだクリスに相変わらずへの字口のリュー。


「色々な世界で色々な食べ物を食べてきましたけど、やっぱり私にはリューのラーメンが1番ですね」

「大変だったようだな」


 クリスティンの所作を見れば彼女の旅がどれほど過酷なものであったのかがリューにはわかる。

 それは紛れもない猛者……達人の佇まいだ。

 2年前とはまるで違う。

 まるで長い時を武の研鑽に費やしてきたかのような……。


「そうですねー。何しろ行った世界にはとりあえず魔族の人がいたので……」


 次元の狭間に放り出されたクリスティン。

 彼女と旅の相棒であったメギドが選んだ期間の方法とは、とりあえず次元の狭間からランダムな世界に飛び込むというもの。

 飛び込んだ先が外れならまた次元の狭間に出て当たりの元いた世界に運よく戻れるまでそれを繰り返す途方も無い旅路であった。

 必要になるのは魔族が扱う巨大なレンズ……次元境界門だ。

 狭間はこの門に繋がっている空間である為、基本的に狭間から飛び込む世界には必ずどこかにこの次元境界門がある……つまりそれを持ち込んだ魔族がいる侵略中の世界か侵略の完了した世界というわけである。


「メギドさんのお陰で基本的には隠密行動でしたからそんなにバリバリ戦ってきたわけではないですけどね」


 黒豹のメギドは影に潜む異能を持つ。

 この旅はその能力をフル回転させる旅であった。


「……すまなかった」

「はい?」


 突然頭を下げたリューにぽかんとするクリス。

 彼の表情には僅かな憂いが窺える。


「お前を守れなかった」

「いえいえ。そこはお気になさらず。守ってもらわなきゃいけないような立場じゃなかったですしね。

 自分でどうにかできなかった私の責任ですよ」


 苦笑するクリスティン。


「私のせいでリューが責任を感じて苦しんでいるんだとしたら私も悲しいし辛いです。ごめんじゃなくて褒めてください……リュー。私頑張ってちゃんと帰ってきましたよ。そこを褒めてほしいです」


 そう言うとクリスは目を閉じて気持ち前のめりになった。

 頭を少しリューに向けて突き出すように……。


 赤い髪の男は少しだけ躊躇ってからその銀の髪の揺れる彼女の頭に手を伸ばす。


「よく頑張った。……お帰り、クリスティン」

「はい。ただいまです、リュー」


 頭を撫でられて心地よさそうにしているクリスティン。


「ちゃんと褒めてやれてえらい!!」


 そして褒めたリューもまた通りがかったドルガン王に褒められた。


 ────────────────────────────


 クリスティンの帰還から半月程が過ぎた。

 その間、大穴から魔物が出てくる様子はなくロンダンの街は表向き平穏な日々が続いている。

 ……だが、誰もがその静けさが嵐の前のものであり一時的なものだと知っている。

 魔物たちを送り込んでいる魔族ヴァルゼラン

 その魔族たちの内、倒した事がちゃんと確認できている者はまだ1人もいないのだから。


「あれ?」


 いつもは開け放たれている白鶯砦の食堂の戸が閉ざされている。

 その戸の前に立つ騎士が訝しげに貼られた張り紙を見た。


「んーと? 『本日重要会議により食堂閉鎖。食事は街で取るように』か……」


 団長フェルザーの名の張り紙を見てため息を付いて街へ向かう腹を減らした騎士であった。


 今だ一部が崩れたままの白鶯砦。

 会議室は使えないので食堂に騎士団の中枢メンバーが集められている。


 各部隊の指揮官やメイヤー、それにリューやクリスティンたちもいる。

 最後にフェルザーがやってきた。

 食堂の戸が開きその姿が見えると全員が襟を正す。


 入ってきた団長……彼は左目に黒い眼帯をしており杖を突いている。

 フォルドーマの放った衝撃波による破壊に巻き込まれて負傷したフェルザー。

 彼は左目の視力を失い、左足の自由を失った。


「……揃っているな」


 杖を従者に手渡し上座に座り一同を見回したフェルザー。


「ご覧の有様でな。片目片足が虚しい事になったが何とか死なずにすんだ。まずは私の不在時の諸君らの健闘に礼を言いたい。お陰でまたこの国は滅びずに残っている」


 頭を下げるフェルザー。

 集った一同は神妙に彼の言葉を聞いている。


「これまで我らは防戦一方だった。しかし、いつ攻めてくるのかわからん魔物や魔族に怯えて暮らすのはここまでだ」


 周囲がざわつく。

 まさか? という顔を見合わせあう士官たち。


 フェルザーは眼光鋭く握った拳を視線の高さに持ち上げた。


「そうだ。我らが奴らの本拠……地下へと攻め込む時がきた!! 本作戦の成功を持って我らはこの地の平穏を勝ち取る!!」


「……!!!」


 雷鳴のように団長の言葉はフロアを駆け抜けた。

 誰もが適度に緊張し、また適度に高揚した面持ちでフェルザーを見ている。


 そんな静かに燃える一同の片隅でクリスティンは大福をもぐもぐしながら話を聞いていた。


 ……実の所、彼女は前日にこの話をフェルザーから聞かされているのだ。


 今回の作戦、その最大の目標は魔族たちではなく迷宮最下層にある巨大なレンズ状の魔具、次元境界門である。

 これは魔族たちが別次元からやってくる為には必須のものであり破壊してしまうと彼らはもうこの世界へ狙ってやってくる事は不可能になる。

 魔族たちが異世界を侵略する時の手順のそのスタートは基本クリスティンが帰って来た時と同じだ。

 最初にレンズを持った魔族がランダムワープで現れ侵略地に相応しいと思えばその世界に設置したレンズから仲間を呼び寄せるのだ。


 ……その次元境界門を破壊する。

 そうすればもう新たな魔族がこの世界に現れる事はなくなる。

 厳密にはまたランダムワープの末に現れる魔族がいるかもしれないが、アメジストによればその可能性は限りなくゼロに近い数字であるという。


 大地に開いた七つの大穴のうち主力部隊を二つに分けて内部に突入する。

 だがこの2部隊はどちらも囮だ。

 本命は三つ目の穴より極々少数で迷宮内部へ突入し最下層を目指すのだ。


 そしてその本命の部隊は……。


「だはは、何かなつかしい顔ぶれじゃないのよ」


 へらへら笑う無精ひげのエルフ、ヒューゴ。

 その前にはクリスティンとリューがいる。

 2年前にハインツ・ミューラーを探す為に迷宮に入った3人だ。

 それが今再び迷宮に挑む為に集合している。


「そうですね。あの時とは随分色々状況は変わってしまいましたけど……」

「まーまずは今日まで誰もくたばってない事を喜んでおこうや」


 相変わらず仏頂面のリューの肩をぱんぱん叩くヒューゴ。


「生きていたのはともかく。お前が部隊の指揮をしているとはな」

「まーな。オジさんこれまでバイトで大体のお仕事してきてるからよ。軍人だって屁でもねーよ」


 ヒューゴはそういうが実際はそれは並々ならぬ彼の努力の賜物である。


「とは言っても正直なとこ今回はどんだけ役に立てるかはわからん。内部は恐らく2年前とはまったく別物になっちまってるだろうからな。オジさんの考古学の知識はあんま通用しねーだろう」


 腕を組んで難しい顔をしているエルフ。

 それでもこの男に同行者として白羽の矢が立ったのはこれまで長い年月を掛けてひたすらに地下迷宮を探索し続けてきたその経験に期待する所が大きいからだ。


「ま、今は部隊の指揮もしてるつっても戦いがからっきしなのは相変わらずよ。やべーのが出てきた時はお任せするからな。よろしく頼むぜ」

「がんばります……!!」


 ぐぐっとガッツポーズしているクリスティン。

 今回はメギドの助力は得られない。


「私の役目はお前をこの世界につれて帰ってきたことで終わりだよ。これ以上を期待するな。後は自分たちでどうにかするんだな」


 黒豹はそう言って戻ってきてからはずっと日中はのんびり昼寝して過ごしている。

 人のメギドはいない。

 隕石落としの時は手を貸してくれたらしいし、瀕死のフェルザーを救出したのも彼らしいのだがその後は姿を見せることは無い。

 2年前もメイヤーとほぼ行き違いになるように人のメギドは姿を消し、それから先日のクリスティン帰還の時までは姿をくらましたままであった。


「人の私はこの私ともまた若干思考が異なっているからな」


 黒豹は同一の存在から記憶や魔術を敬称して生まれた人のメギドをそう評する。


「人の私はこの獣の私より深く強く人に絶望している。同じ姿をしているからこそこの獣の私では見てこなかったものを見てきているのかもしれんな。我らは同一存在として互いの見聞きしたものの大半を共有しているのだが、中にはあえて他の自分には伏せている記憶もある」


 かつて魔王を倒して世界を救った4人の英雄王……その内の1人魔道王メギドをコピーした人造生命ホムンクルスとして誕生した彼の分体たち。

 彼らは普段はそれぞれ思い思いに暮らしているが時として目的を共にし集合する事もある。

 フェルザー・ミューラーの何を気に入ったのか彼と友誼を結んだのは人のメギドだ。

 その出会いの記憶は共有されてはおらず、豹のメギドは彼らがどのようにして巡り合ったのかは知らない。


「お聞きの通りですので、私ちょっと行って門を壊してきますね」

「……ああ」


 出発の前にメギドに挨拶にきたクリスティン。

 伏せて眠る黒豹は気だるげにそう声を出すと一瞬だけ目を開いた。


「まあ程ほどに頑張ることだ」

「はい」


 微笑んでクリスティンは部屋を出ていく。

 静かに扉が閉まると獣は大きな欠伸をするのだった。



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