2 遭遇

 大学に入って2週間が経った。

 構内を控えめな桃色に染め始めたソメイヨシノの花と同じく、新入生であふれるキャンパスも色めき立っている。昼の学食前広場でサークルの勧誘に奔走する上級生が大声を張り上げた。雀たちが飛び立つ。

 「今夜、テニスサークルの新歓コンパやります!興味のある方はとりあえずコンパだけでも参加していってください!」


 行くわけがない。

 テニスサークルはクソだ。真面目にテニスする奴なんていない。どうせみんなヤリモクのパリピばかりだ。僕は知っている。

 

 なぜならば、先週、すでに参加済みだからだ。

 新生活への期待を瞳一杯に輝かせた若い男女が、弾む声で言葉を交わす。手には初めて飲むであろう麦酒。まだ20歳未満のくせに。そう小声で呟く僕の手にも初めて握る中ジョッキの重さがズシリと応える。この重さは僕の筋力が貧弱だからというだけではない。僕の周りだけ話が盛り上がらず空気が重い。きっとここが地球上で一番重力が強い。


 そう、僕は入学早々にして、自身の陰キャっぷりを再認識させられることになったのだ。二度と興味のないサークルの新歓コンパなど行かない。

 そんなこと、今までの経験でわかっていたはずではないか。大学デビューで全てをやり直せると思っていた自分が恥ずかしくて死にたくなる。

 

 テニスサークルの勧誘を右から左に受け流し、複雑に蠢く人ごみの間を電気回路を進む電子のようにすり抜けて、午後からの講義のある学部棟に向かう。気配を消しつつも堂々と自然に速足で歩く。服屋で店員の追跡を振り切る時に学んだ歩法。誰にも気づかれることなく、僕は進んでいく。


 …はずだったが、人ごみを抜けたところで、目の前にチラシが差し出された。

 「新入生ですよね?」


 声をかけられるなんて想定外だった僕は小動物のようにビクッとして身構える。チラシを差し出したのは、黒髪ロングでマキシワンピース、化粧は薄めのナチュラルな顔立ち。テニスサークルとは真逆の雰囲気の女性だった。


 「サークル決まりましたか?」

 「私たちは、一緒に勉強したり、ご飯を食べたり、仲間づくりをするサークルです!」

 「週末に体験会をするので、よかったら来てみませんか?」


 穏やかな声で、しかし矢継ぎ早に問いかけ続ける女性に戸惑いながら、しどろもどろで受け答えしているうちに、体験会に参加することが決まっていった。

 

 大学生の本文は勉強だ。

 真面目なサークルで勉強に励み、学友を見つける集まりの方が、テニスサークルよりもよっぽど有意義に決まっている。しかもおいしいご飯も食べることができる。それに僕はギャルよりも清楚系の方がタイプだ。

 自分を納得させる理由を見つけ出し、微笑みかける彼女に手を振る。

 入学してから最も軽い足取りで、僕は午後の講義に向かった。

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