第15話 東郷警備保障

 それから二月ほど経ったある日、渡辺の研究室のドアをノックする者がいた。

「どうぞ」

 薄い板ドアで隙間だらけなので、声は外まで筒抜けだ。

「失礼する」

 入ってきた人物を見てジュリーは腰を抜かしそうになった。

「G、あんたまだ私を狙ってるの、しつこいわね」

 ジュリーは、側に立てかけてあった日傘を手に取り、身構えている。

「誤解をするな。俺は、一度失敗した仕事は二度とやらない主義だ。安心してもらっていい。カレンとの約束もある」

 Gは、そう言うと、胸の内ポケットに手を入れた。

「ひぃーーーーー」

 ジュリーは、ピストルが出てくるものだと思ったか、金切声をあげた。

 だが、Gの手には、ピストルならぬ名刺があった。

 

  (有)東郷警備保障

    代表取締役社長 東郷平九郎

 

「警備会社始めたの?」

 ジュリーは、名刺を手に取り訊いた。

「ああ、この歳になって、食ってゆくには仕事をしなくっちゃならないんでな。国民年金にも入ってなかったし」

 Gは答える。

「そんなことないでしょう。噂によると、スイス銀行の口座には、何百億があるそうじゃないの。悠悠自適でしょう」

「ああ、そのつもりだったが、スイス銀行の口座は完全に凍結された。引き出すことはできん。手元にあった五百万で何とかこの会社を立ち上げたのだ。今日は、先日の礼を兼ねて、営業に参上したという次第だ。何か仕事があれば言ってくれ」

 Gは、そう言うと、小さな菓子折りを出した。片手でジュリーに差し出す。

相変わらず態度がでかい。

「あんた、殺し屋としては、史上最高だったかもしれないけど、営業マンとしては、史上最低ね」

「………」

 Gは、動揺の色を隠せない。史上最低などと言われた経験は生まれてこの方、初めてなのだ。

「まず、名刺の渡し方からしてなってない。そして、そのデカい態度。あたしが、一から教えてあげるわ。そこに直りなさい」

「………」

 Gは、名刺の渡し方はもちろん、挨拶の仕方、言葉遣い、アピールの仕方等などを、ジュリーから細かく指示された。プライドは著しく傷ついたが、黙って従うしかない。

「だいぶん良くなってきたわね。うちはこれと言ってあなたに頼むような仕事はないけど、思い当たるところ紹介してあげるわ」

 二月前までは命を狙われていた相手に、仕事を紹介するつもりのようだ。この女、人がいいのか馬鹿なのか。多分両方なのだろう。

「曽川会長、ジュリーです。御無沙汰しております」

 早速、曽川急便会長の曽川映子に電話をしている。

「あら、今度は何の用? また、変テコな物、造っちゃったの? ムフフフ」

「いえ、今度は、変テコな物じゃなくて、者、人間の方の変テコな者なんです」

 隣で、Gが苦虫をかみつぶしたような顔をしている。

「分かったわ。直ぐに連れて来てちょうだい。面白そうね。ムフフフ」

 ジュリーとGは、転送装置の下に立った。


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