第11話 G狙撃失敗

ジュリーは、不思議の世界に居た。何処か分からぬ闇の中に放り出されると思っていたが、周りは何の変化もない.場所は同じガレージの中だ。渡辺もポールもカレンも居る。竜一が岡持ちを持ったままポカンと口を開けている。

《失敗か?》  

 と思ったが、どうも様子が変だ。

「カレン、どうなってんのよ」

 カレンに声をかけたが聞こえないようだ。

 よく見ると、景色の輪郭が心なしかぼやけている。色もどことなく白みがかっている。すべての色に白の絵の具を混ぜたような色調だ。

 ジュリーは、外に出てカレンの肩を叩いた。だが、その手には手応えはなく、カレンも全然反応をしない。

《幻覚?》

 かと思ったが、厳格にしてはリアルすぎる。


「ママ、ちょろちょろしないでね。我慢して車の中に居るのよ。ガレージを離れたゃだめよ」

 カレンには、そのように念を押されていた。

 すぐに車に戻ったが、二時間もすれば苛立ってくる。そもそもが落ち着きのない性格なのだ。暇を持て余してスバルサンバーをいじり始めた。とりあえず、キーを回してみるとエンジンがかかった。ジュリーは免許を持ってないが、動かし方ぐらいは知っている。右足にあるアクセルを踏んだ。

「ギャーーー」

 車は急発進をして、ガレージのシャッターに迫った。運転したことがないので、アクセルを踏み込んでしまったのだ。ブレーキをかけるいとまもなくシャッターに激突したと思いきや、何もなかったかのようにシャッターをすり抜けた。外に出ても止まらない。街路樹ををなぎ倒し、否、通り抜け、他人の家の中に飛び込み、大型トラックに正面から突っ込み、しばらくそんな状態が続いた。

「なんだ、車の運転なんて簡単ね」

 大通りに出てやっと落ち着くと、この台詞が口からこぼれた。なんとかかんとか車を運転できるまで、正面衝突五回、人身事故七回、物損事故九回をしでかしている。この女に反省の二文字はない。

 暇を持て余す日が二日ほど続いた。


 狙撃実行の日が来た。Gは鉄塔に登っている。大学の通用門の側に建つ送電用の鉄塔のテッペン近くに電気保安要員の制服を着て伏せているのだ。アーマライトM116を構え、スコープにターゲットをとらえようとしていた。ターゲットまで400メートル。Gにとっては、さほど困難ではない。

 ジュリー、正確にはジュリーaは講義の最中だ。講義室の窓は擦りガラスで覆われているのだが、天井の一部分だけが採光のため透明のガラスが使われている。その一部分から時折ジュリーの頭部が見える。そのタイミングをひたすら待っているという訳だ。

 地上から約70メートル、木枯らしが吹きすさび、遮るものも何もない状況の中、Gの身体には耐え難い病魔が再び襲いかかっていた。「やまいだれに寺」と書く、

『痔』

 という名の病である。

 スコープにジュリーの頭部をとらえるのだが、そのたびに肛門に激痛が走り、照準がぶれる。

 だが、

 Gも超一流、プロ中のプロである。

 タイミングを合わせ、スコープにジュリーの頭部を捉えると、肛門の激痛に耐えながら静かに引き金を引いた。

 アーマライトM116の銃口から発射された弾はGの計算した通りの弾道を描いて講義室の天井の透明ガラスに穴をあけ、ジュリーの頭部に迫った。

 が、弾は、頭部に差し出されたジュリーの手の中に納まった。弾は手で受け止められたのだ。

 さすがのGも何が起こったか一瞬戸惑った。

 だが、

 Gも超一流、プロ中のプロである。

「アンドロイドか………」

 Gは、すべてを理解した。スナイプは失敗したのだ。

 ジュリーaは、瞬時に弾道を逆算しGの位置を特定した。ジュリーaの目は、Gをすでに捉えている。晴れた日ならば、東京から富士山の頂上の新聞の字まで判別できる能力がある。

「ジュリーaよりカレン様、Gを捉えました。ロックオン完了済みです」

「ジュリーa、お疲れさん。こちらも準備完了よ」

 Gは逃走に入っている。あらかじめ用意をしていたワイヤーを使って一気に地上に降り立つと、愛用のアーマライトM116を素早く分解してアタッシュケースに収めた。そして、黒縁の眼鏡をかけてトレンチコートを羽織り、ビジネスマン風の姿になって足早に立ち去ろうとしている。狙撃から一分を要していない。

「フッフッフ、さすがに素早い逃げ仕度ね。でも、逃げることはできないわ。あなたはすでに袋の鼠よ」

 カレンは、青い目を細めて不気味に笑った。

 不正アクセスした偵察衛星が、ロックオンしたGを捉え、その映像がカレンのパソコンの画面に流れている

 カレンの人差し指が、パソコンのキーを軽く叩いた。

 大学前の並木道を歩いていたGは、突然、緑のプラズマに包まれた。


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