第6話 アラブの石油王 ビチババ

 まあ何とか、そんなこんなで、つつがなく、可もなく不可もなく、つれづれなるままにゆったりと平和な日々が過ぎていたある日、驚天動地、あっと驚く為五郎(古すぎる)、インド人もびっくり(もっと古い)的情報がもたらされたのである。

 情報をもたらしたのは、例の如くディック・スモーラーであった。ディックは、東洋系の女秘書を連れて現れた。無論、完璧な整形を施された元中国工作員、林香琳である。

「今日は、悲しい事をお知らせしなければいけません」

 ディックは、ソファーに座ると話し始めた。

「えっ、誰か亡くなったの。元大統領のボキャナンさんあたり?」

 渡辺が訊く。

「違います。彼はいたって元気です。少々認知症の症状が出て来てますが」

「じゃあ、誰が亡くなったんだよ?」

「誰も亡くなっていません」

 ディックは、続けた。

「誰も亡くなってはいませんが………、これから亡くなります」

 意味不明だ。

「これから……?、誰か危篤状態とかなってんの?」

 渡辺は、心配げな顔で尋ねる。本当のところは何も心配なんかしていないのだが……

 しばらく考えていたディックが重い口を開いた。

「実は、CIAが入手した情報によれば、ドバイに住むアラブの石油王ビチババが、常温核融合発電システムの開発者の暗殺をGに依頼したそうです。すでにGは日本に入国しているとの確かな情報があります。おそらく、来週中にはスナイプは実行されるでしょう。身辺の警護を怠らないでください。無駄とは思いますが」

 ディックは、その場にいるのがいたたまれなくなったのか、席を立って帰ろうとした。渡辺は、それを押し留め訊いた。

「どういう事なんだよ。CIAは何もしてくれないのかよ」

「申し訳ございません。CIAも奴には散々煮え湯を飲まされていますので、これ以上関わりたくないのでございます。御自分の身は御自分で、という原則をこの際、通していただければ幸いです」

 ディックの言葉は、渡辺を奈落の底に突き落とした。

「お母さん、先立つ不孝をお許しください。親孝行らしいことも何一つできず、僕は親不孝者でした。今まで育ててくれてありがとうございます。僕は、いささかでも人類の為になることができたのではないかと思っております。さようなら、どうか悲しまないでください。健やかな余生を草葉の陰から願っております」

 渡辺は、夢遊病者のように研究室の中を回りながらブツブツと念仏を唱えるように同じ言葉を繰り返している。

「いい加減にしなさいよ。何処かおかしくなったの?」

 ジュリーがたまりかねて言った。

「おかしい……当たり前だろ。死刑宣告が下されたんだからな。ジュリー、お前はおかしくならないのか?」

「死刑宣告?」

 ジュリーは、Gを知らない。

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