第2話 双子

「どうなってんだ?」

 渡辺の脳神経は混乱し、数か所で大渋滞が始まった。

 その時、後ろからポールの声がした。

「すみません。私はアンドロイドです。双子でも兄でも弟でもありません」

 流暢な日本語だ。


“ア・ン・ド・ロ・イ・ド……?”


「ホッホッホ……、今まで分からなかったって訳ね、鈍いわね」

 ジュリーとカレンが笑う。

「お前たちは分かってたのか?」

「そうね、最初は分からなかったわ。でも、すぐに気が付いたわよ。でも、渡辺には無理かもね。ポールと会うのは二度目だからね。まあ、そんなに気にすんなって……」

 ジュリーは、あっけらかんと言う。

 だが、渡辺は結構傷ついている。親しい友人が極度に少ないこの男にとって、初めてできた弟分のような存在だったのだ。人にはなかなか言えない昔の失敗談なんかもしてしまった。それが今になって、ただの機械だという事が分かったのだ。誰でもショックを受けるのは当然だ。


「カメ寿司の鯛の握りが旨いだの、七味鳥のつくねが旨いだのと言ったのは全部ウソか、このロボット野郎」

 

ポールAに渡辺は毒づく(以後、混乱してはいけませんので、ポールのアンドロイドをポールAと表示します)。

 ポールAは、

「嘘ではありません。喉の部分のセンサーで良質のアミノ酸と脂質が分析されました。美味しいことは分かりました」

「…………」

 その日から、渡辺は人を避けるようになった。要するに拗ねているのである。

ジュリーやポールとも口をきこうとしない。

「怒らせてしまったようです。申し訳ありません。人間を怒らせるのは、アンドロイドとして失格です」

 ポールAは、ポールに謝った。

「いや、僕が悪いんだ。あれこれ仕事があって半月も渡辺教授に付き合わせてしまったのがいけなかった。本物のつもりで半月も相手をしていたんだ。怒るのも無理はないよ」

 だが、渡辺の怒りもすぐに解けた。

 何ですぐに解けたのか?

 答えは簡単。

 ポールが一席を設けることを思い付いたのだ。父親のラッキースター7世が言っていたことを思い出したのだ。『日本人と上手に付き合うのは、一席を設けるのに限る。奴らはこれに極端に弱い』

 早速、赤坂の料亭を借り切り芸者をあげて遊ぶことを渡辺に打診したところ、二つ返事でOKした。それまで一言も口をきこうとしなかった渡辺が別人のように饒舌になった。


「赤坂だとよ。芸者だとよ。俺もついにここまで来たか。田中角栄とまでもいかないが、芸者遊びだぜ。赤坂高級料亭だぜ。なべ様ったら、ほんといい男、惚れちゃってもいいかしら、なんちゃって…うっふふ…銀奴、そちはかわゆいのう…ヒヒヒ…」


 渡辺はすでに桃源郷の世界に入っている。

「馬鹿だね」

 カレンがささやく。

「今度は馬鹿に付ける薬を開発しようか」

 ジュリーが答える。

「そうね、馬鹿がうつったら大変だしね。馬鹿ワクチンなんちゃって」

 カレンが笑いをこらえる。


 赤坂の高級料亭での芸者をあげてのどんちゃん騒ぎは終わった。朝になって気が付けば、ポールと渡辺は座敷で布団にくるまって寝ていた。二人の一物にはリボンが結び付けられていた。渡辺の故郷の名物、野球拳踊りで盛り上がり、二人ともに素っ裸にされてしまったのだ。素っ裸にされた辺りでアルコールが全身に回り気を失った。そのまま朝という次第だ。

 渡辺の機嫌は戻った。芸者をあげてのどんちゃん騒ぎの話を尾ひれ背ひれを付けて言いまわっている。つまらぬ噂話が大学構内を駆け回っている。ただ、一物にリボンが結び付けられていたことは誰にも言ってはいない。


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