慣習

萩谷章

慣習

 今年も終わりが近づき、クリスマスの季節となった。例年と変わらず、私は一人で過ごす。恋人はいるが、一緒に過ごすものではない。クリスマスを恋人と過ごすことは、悪いことではないが恥ずかしいことである。寂しさを克服できていないと思われ、痛いほどの視線を浴びることになる。

 ところが、その昔は違ったらしい。クリスマスは恋人と過ごすものであったようで、一人でいる者は生活の充実度が不足していると思われていたらしい。全く、理解できない価値観である。一人でいることは、自立性の表れではないのか。昔と今で、美徳は変わったらしい。

 クリスマス当日の今日、街行く人々は単独で歩く者が多い。もちろん私もそうである。ときどき、恋人と一緒に歩いている者もいるが、どこか気後れしているような雰囲気を出している。

 私は、予約しておいたレストランに入った。周りは全て一人客である。コース料理をのんびりと楽しみ、一時間半ほど滞在して店を出た。帰りながらカフェに寄り、コーヒーを一杯飲んだ。その後は電車に乗って家に帰り、充実した一人の時間を振り返りながら眠った。


 翌朝起きると、私は重い足取りで台所へ向かった。

「今日から一気に年末か……。クリスマスはもう少し長くてもいいと思うんだがなあ」

 大きな溜め息をついて、私はとりあえず冷蔵庫を開けた。

「まあ、先週から少しずつ減らしてきたから、そこまで大変ではないな……。あ、スコッチがまだ残ってるな。大晦日までに飲み切らないと」

 年末年始に向けて、台所の食べ物をなるべく減らさなければならない。年末年始に贅沢な食事をするのは、「後先を考えない愚か者のすること」と教わって育ってきた。質素に過ごすことこそ美徳であり、新年への願かけでもある。台所にある食材は、なるべく最低限にしておかなければならない。年末年始に買い出しをすると、欲深い者として見られることがあるから、その必要がない程度に調節しなければならない。毎年、この作業には骨が折れる。あまり多くの食材が残っていた場合、食べるのも楽ではないのである。

「昔は、年末年始こそ大いに贅沢する機会だったらしい。全く、昔の人が考えることは分からん……」

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慣習 萩谷章 @hagiyaakira

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