女優魂!コーラの泡に消えた笑顔

女優魂!コーラの泡に消えた笑顔

 私、水島美咲は女優をしている。

 芸能事務所に5年在籍し、あと1年続けても結果が出なければ夢を諦めようと考えていた。


 そう、私は崖っぷち女優なのだ。

 女優だと言ってはいるが、仕事といえば死体か通行人くらいしか経験していない。


 ところが、今日、急遽CMの仕事が舞い込んできた。

 予定していた女優が急病になり、たまたまスケジュールが空いていて、現場に駆けつけられそうな人が私だけだったということらしい。

 清涼飲料のCMなので、私の爽やかなイメージが全国に放送されることとなるのだ。


 なんという偶然だろうか。

 代役であろうが、そんなことは関係ない。


 最高の仕事をして、爪痕を残せば次の仕事に繋がるはずだ。

 このチャンスは絶対に成功させなければならない。


 ――


 現場に到着すると準備万端のスタッフが私を待っていた。


「水島さん、急遽代役ありがとう。簡単に説明すると、コーラ1本を美味しそうに一気飲みしてほしいんだ」


 え?コーラですって!

 私がこの世で一番苦手なもの、それはコーラだ。

 子供の頃に一度だけ飲んだことがあるが、苦くて酸っぱくて、まるで薬のようだった。


「すみません、私……コーラが苦手なんです。他の飲み物に変えてもらえませんか?」


 監督は眉をひそめた。


「そんなこと言ってる暇はないよ。コーラ会社のCMなんだから、コーラ以外の飲み物に変えるわけにはいかないだろう。君はプロだろう?プロなら、好き嫌いなんて関係ない。見た人が美味しそうだと思えればそれでいいんだよ」


 監督の言うとおりだ。

 私はプロなんだから、断ることは許されない。

 何よりも自分のためなんだ。覚悟を決めるしかない。


 その瞬間、私の頭にある作戦が浮かんだ。

 コーラを飲む前に、口の中に砂糖を入れておくのだ。

 そうすれば、コーラの味が甘くなって、飲みやすくなるかもしれない。


 幸い、撮影には料理も使うとのことで、砂糖が用意されていた。

 私はそれを口に含んだ。

 準備は整った。

 私はカメラの前に立った。


「スタート!」


 監督の声が響いた。

 私は笑顔でコーラの缶を手にし、一気に飲み始めた。


 私はすぐに後悔した。

 砂糖とコーラの組み合わせは、想像以上に不味かった。

 甘すぎて、吐き気がするほどに。


 しかも、炭酸が口の中でシュワシュワして、砂糖がぜんぜん溶けなかった。

 それでも、ジャリジャリする何かを我慢して飲み干すまで、私は笑顔を崩さなかった。


「カット!」


 監督の声が響いた。

 私はコーラの缶を置き、トイレに駆け込んだ。


「おえ……げほげほ」


 全て吐き出し、口をゆすいだ。

 こんなに辛い思いは初めてだ。


 鏡に映った自分の顔はひどいものだった。

 だめだよ、こんなことじゃ……。


「そうだ、私は女優なんだ。本当に覚悟を決めるんだ」


 私は撮影場所に戻り、監督に取り直しをお願いした。


「もう一度お願いします。今度はちゃんとやれます!」


「うん。さっきのは全然ダメだったからね。今度こそ頼むよ」


 私は再びカメラの前に立ち、コーラの缶を手にした。

 もう迷わない。

 これは美味しいものなのだ。たぶん。

 はじけろ!自分。コーラだけに。


「スタート!」


 監督の声が響いた。

 私はコーラを一気に流し込む。


 小細工せずに飲んだコーラは予想を遥かに超えて美味しいものだった。

 甘さを中心とした複雑な風味と、鼻を抜けるような清涼感、そして喉にほどよい刺激を与える炭酸。

 私は笑顔で飲み干した。


 味覚は成長すると変わると聞くけど、ここまでだったとは。

 私に足りなかったのは、覚悟だけだった。



 後日、CMに映っていたのは砂糖を口に含んで飲んだ映像だった。

 編集してみたら、案外面白い顔だったらしい。


 やっぱり私はコーラが嫌いだ。

 (完)

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