第54話 ゼロードは失望する

 到着した馬車から飛び降りる。


「おかえりなさいませ、ゼロード様」


「ああローエン、父上はいるか?」


「はい、執務室にいらっしゃいます」


 俺を待っていたローエンに父上について聞いていると、背後から音が聞こえて一人の女性が馬車から降りてくる。ここに来るまでに一言も話さなかった婚約者、セシリア・ワイルダーだ。


「これはこれは……セシリア様もご一緒だったのですね」


「どうしても来たいっていうからな」


「こんにちはローエンさん、お世話になります」


「きっと奥様もお喜びになられます」


「ローエン、早く案内しろ」


「はっ、畏まりました」


 仕事をしろという俺の言葉にローエンはすぐに機敏な動きで対応した。

 屋敷の中へと入って、ローエンの後に続く。


「何か変わったことはあったか?」


「いえ、特にはありません」


「……そうか」


 そのまま案内されて、応接室へ通される。


 この後母上と会う予定のセシリアをその場に残して、ローエンと一緒に父上の執務室へと向かった。


「父上は、今回の親睦会について何か言っているか?」


「大変期待しておいでです。ゼロード様ならば素晴らしい親睦会に出来ると」


「ふんっ、そうか」


 正直、フォルス家にとって他の貴族なんて取るに足らねえだろ。だから親睦会とかいうくだらない会の準備をするのは面倒だったが、父上の言いつけなら仕方がない。

 俺が当主になった暁には、真っ先に無くした方が良い会だとは思うがな。


「では、私はここで」


「ああ」


 父上の執務室前でローエンと別れて、扉をノックする。すぐに部屋の中から声が聞こえて、扉を開けた。


「……ゼロードか」


「……父上」


 部屋の一番奥、執務机で頭を抱えているのはフォルス家の当主、トラヴィス・フォルス。以前は厳格で自信に満ち溢れていた姿は見る影もねえ。今では完全に疲れ切って、気力もない姿になっちまった。


「……親睦会の件ですが、おおむね順調に進んでいます」


「……そうか、それはありがたいことだ」


 返事には心がこもってない。ローエンの野郎、何が期待しているだ。全然じゃねえか。


「……招待すべき貴族にも順次招待状を発送しています。当日の天気も問題ありませんし、この調子ならば成功は間違いなしかと」


 だが父上はフォルス家の当主。いくら情けない姿になったとはいえ、大きく出れる相手じゃない。

 気に食わねえが、きちんと丁寧な口調で報告していると、ピクリと父上が反応した。


「……ノヴァは?」


「……は?」


「ノヴァには招待状は出すんだろうな?」


 なにを言っているんだと、少しだけイライラする。父上は伺うような視線を向けてくるけど、それは俺に対してじゃない。あの出来損ないに対してだ。それが無性に腹立たしくて、低い声で返した。


「……例年、ノヴァには招待状を出していませんが」


「今回は訳が違う! 絶対に出せ! 絶対にだ!」


 さっきまでは抜け殻のようだったのに、急に狂ったように叫びやがる父上。拳を強く握りしめて、父上を睨みつける。


「……それは……アークゲート家の当主がいるから……ですか?」


「……そうだ。だがそれを抜きにしても家族なのだ。送るのは当然であろう」


 なにが当然だ。あの出来損ないが生まれてから前回まで、一度としてあいつは親睦会の場に出ていない。フォルス家の主催する祭典に出来損ないは参加しない。それは決まっていたようなもの、暗黙の了解だろうが。


「……そんなにアークゲート家が怖いですか」


「…………」


「天下のフォルス家当主ともあろう父上が……北と南の同じ大貴族でしょう?」


「ゼロード、口を慎め。誰に物を言っている?」


 睨みつけるような視線を父上は向けてくる。その目にイライラした。

 父上の圧が弱い原因は恐れがあるからだと分かるし、その原因があの女だっていうのも分かるからだ。


 あの女のせいだ。あの女が関わってきてから、父上はおかしくなった。昔の堂々とした父上はいなくなりやがった。全部全部、あの女と出来損ないのせいだ。


「……そんなにアークゲートが恐ろしいなら、あの女を迎え入れなければ良かったでしょう!?」


「ゼロード! 貴様ぁ!」


「っ!」


 父上が机に両手を叩きつけて立ち上がる。その瞬間に膨大な量の覇気を押し付けられて、思わず声が出た。


 けど、それがどうした。俺はもう父上と並んでいる。覇気のやり取りでも負けやしねえ。

 そう思って覇気を放出しようとした瞬間に、俺の体に浴びせられる覇気が霧散した。


「……ふー」


 大きく息を吐いた父上は頭を押さえる。


「すまん、取り乱した……ゼロード、何度も言うがフォルス家のためなのだ。親睦会の招待状の一枚くらいで大きな問題が起きないなら、それに越したことはないだろう?」


「……はい」


「そういうことだ……今日は報告ご苦労だった。わざわざ来たのだ、屋敷でゆっくりしていけばいい。


「……はい、お言葉に甘えます」


「……ああ」


 父上との会話の間、俺はずっと拳を強く握ったままだった。父上の言葉には到底納得がいかねえ。それに一度覇気を出されてやり返そうと思ったところでひっこめられたのも気に食わねえ。あのまま暴れていれば、この無性に腹が立って仕方がない気持ちを何とかできたかもしれねえのに。


 俺は無理やり踵を返して執務室を後にする。あぁ、イライラが止まらねえ。


 執務室の扉を閉めて廊下を足早に歩く。少しでもストレスを発散したくて酒でも飲みてえ気分だ。

 あぁ、でもセシリアもいたな。あいつの前だと色々とうるさくてめんどくせえから、ローエンに頼んで部屋は分けてもらうか。


 それにしても、父上はノヴァノヴァノヴァ本当にうるせえ。そんなにノヴァと結婚したあの女が恐ろしいのか?

 以前会ったけど体も小せえし、ノヴァの後ろにいるだけの女じゃねえか。呪いを考慮したところで父上がなんで恐れるのか全然わからねえ。


「……父上も年ってことか」


 最近は特に老けて見えるようになってきたからな。とっとと当主の座を譲ったほうがいいんじゃねえのか?


 そんなことを考えながら二つ目の角を曲がったとき。

 腰付近に衝撃と冷たさを感じた。


 見下ろしてみれば、水でもぶちまけられたかのように服が濡れていた。


「す、すみません!」


 目を向ければ、そこには俺の服を台無しにしやがったメイドの姿がある。手には掃除の用具が握られていて、どうやらぶっかけられたのはバケツの水みてえだ。


「…………」


 ただのメイドごときが俺にぶつかって、俺に水をかけやがった。


「……あぁ?」


 ふざけやがって、俺の服を汚しただと? 頭の中で怒りが一瞬で湧き上がって。


 その小さなメイドを蹴り飛ばした。

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