第32話 シアの行方を捜して

 父上の屋敷を走り回り、それでもシアは見つからなかった。途中で父上に会ったけど、いつも通りの父上を見てシアはここにはいない事を知った。


「シア……いったいどこに……」


 そう思ったときだった。目の前に不意に金の光が現れ、楕円を作る。何度か見た、シアのゲートの魔法だった。


「シアッ!」


 彼女がその先に居ると思って、思わずゲートに飛び込む。景色が一気に変わる。先ほどまで探し回っていた屋敷よりも小さな屋敷が目の前に現れて、それが俺の屋敷であることにはすぐに気づいた。


 あたりを見渡す。けれどシアの姿はどこにもない。ゲートを繋いでくれたのは彼女に間違いないのに、どこにも居ない。右を見ても左を見ても、後ろを見ても、いない。


「どう……なって……」


 わざわざ俺を屋敷まで送り届けてくれた? でもなんで姿を見せてくれないのか。そこではっとする。もしシアが居るのなら、この屋敷かもしれないと。

 玄関に入り、室内を全速力で走る。自分の部屋に駆けこめば、ターニャが立っていた。


「ノヴァ様? もうアークゲート家の屋敷から帰ってきたのですか?」


「ターニャ! シアは……シアはここに来ていないか!?」


「い、いえ……来ていませんが……」


 驚いて目を丸くするターニャを見るに、ここには来ていないみたいだ。それならジルさんに聞いても答えは同じだろう。

 なら、シアはどこに居るのか。やっぱりアークゲート家に帰ったのか。


「アーク……ゲート家……」


 シアの母親の話をしてから、シアは急におかしくなった。それに最後に残した「私も同じ」という言葉。何が彼女に起こっているのかは分からないけど、放っておくことなんて出来なかった。


「そうだっ、オーロラちゃんとユティさん!」


 ポケットから便箋を取り出す。いつも持ち歩いている黒い縁の便箋と今日貰った桃色と白の便箋が出てきた。

 黒の便箋を使おうか一瞬迷ったけど、桃色の便箋を選んで机に向かう。ペンを手に取って素早く走らせた。


『オーロラちゃん、俺だ。ノヴァだ。そっちにシアは帰ってきているかい?』


 簡単に用件だけを書いてアークゲート家の家紋を三回押す。慌てていたからか四回押してしまったけど、正常に魔法は発動したみたいで、便箋は消えていった。

 返信用の紙をじっと見て、待つ。ほんのわずかな時間の筈なのに、とても長く感じられた。


 ひょっとしたらオーロラちゃんは便箋を見ていないんじゃないか。彼女だって忙しいかもしれない。仕事をしているであろうユティさんにも送った方が良いか?

 そう思って白い便箋に手を伸ばしかけたとき、紙に文字が書き込まれる音が響いた。オーロラちゃんが返事を送ってくれたみたいだ。


『こんにちは、ノヴァお兄様。お姉様ならノヴァお兄様と一緒じゃないの? 少なくとも屋敷には帰って来てないと思うわよ』


「くそっ……」


 返事を見て俺は奥歯を噛みしめる。シアはアークゲート家の屋敷には帰ってきていない。それならどこに行っているのか。あの時、シアは間違いなく自分の意志でゲートの中に入っていったはずだ。


 また筆の走る音が響く。オーロラちゃんが続けて返事を書いてくれているみたいだ。


『何かあったの?』


 考えるよりも先に俺は桃色の便箋をもう一つ手に取って、素早く書き込む。


『シアが消えた。ゲートを使って一人でどこかへ行っちゃったんだ。アークゲートの屋敷にいるかと思ったけど、いないみたいだし』


 同じように便箋をオーロラちゃんの元に送信する。すると俺が鬼気迫る様子で手紙を書いているので心配して覗き込んでいたターニャが口を開いた。


「レ……シアさん、いなくなったんですか?」


「ああ、母上のお墓に来てもらったんだけど、そこでシアのお母さんの事を聞いたら急に……」


 ターニャに答えていると、再び筆が走る音が響いた。


『緊急事態だってことは分かったわ。ユティお姉様と一緒に、ゲートでそっちに向かうわね』


 文字を見て、俺はあれ?と思った。確かオーロラちゃんはゲートを使えないって聞いたけど、ゲートでこっちに向かうと書いてある。どういうことだろうとは思ったけど、それを聞く前に文字がさらに書き込まれる。


『ノヴァお兄様、そこの座標ってお姉様から聞いていない? 行ったことがなくても、座標が分かれば行けるんだけど』


 ただ続けて書かれた内容を見て俺は眉をひそめた。座標、というのを俺はシアから聞いたことがないと思う。どうやってゲートを開くかよりも先に、これじゃあここにゲートを繋げることが出来ない。とりあえず桃色の便箋をもう一枚広げたけど、ペンは行き場を失って空を彷徨った。


「座標……座標? シアはそんなこと……一言も……」


 必死に頭の中でシアとの日々を思い返すけど、やっぱり思い当たる言葉が一つもなかった。


「数字じゃなくて、何か言葉なのか? だとしてシアがそんなことを言って――」


「ノヴァ様、貸してください!」


 悩ませる俺の背後で、ターニャが声を荒げた。突然の事に驚いて振り向くけど、彼女は鬼気迫る顔で俺を見ている。


「早く!」


「あ、ああ!」


 便箋とペンを渡すと、ターニャは自分の手のひらを壁にして素早く何かを書き込んだ。かと思えばアークゲート家の家紋を三回押して魔法を発動させてしまった。

 光となって消えていく魔法の便箋を見ながら、その向こうのターニャを見る。


「ターニャ……一体どういう……」


 きっと彼女が座標というのを書き込んでくれたのは分かった。けどなんで座標を知っているのかが分からなかった。

 驚きで目を見開いてターニャを見れば、彼女は観念したように目じりを下げた。


「……必ずお話しします。ですから今は、どうかシアさんに集中してください」


「あ、ああ……」


「……場所に案内します。こちらです」


 ターニャの後に続いて、俺は部屋から出て行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る