第33話 きっとシアは、そこにいる

 ターニャに案内されたのは屋敷の裏手にある雑木林だった。こういった場所があるのは知っていたけど、足を踏み入れたことはない。

 時刻は夕暮れ時を越えて、日は完全に沈んでいる。少し薄暗く、当然誰もいないから少しだけ不気味だった。


「ここです」


 たどり着いた場所は少しだけ開けた場所だった。けどそこには誰もいない。


「もうすぐ――ああ、来ましたね」


 ターニャの言葉通り、ちょうどいいタイミングで金色の光が現れる。何度か見たことがある、シアが使用するゲートの光だ。けどその光は少し弱々しく感じられた。

 ゲートが開いたけど、その大きさはシアのものよりも小さい。けどその小さな円の中から、オーロラちゃんとユティさんが倒れ込むように出てきた。


「オーロラちゃん!? ユティさん!?」


 疲れ切ったように肩で息をする二人に、俺とターニャは慌てて近寄る。オーロラちゃんの肩に手が触れる頃には、ゲートは維持できなくなったのか消えてしまっていた。


「オーロラちゃん、大丈夫!?」


 俺の言葉にオーロラちゃんは息を整えて頷く。けどまだ疲れは全然抜けきっていないように見えた。


「ノ、ノヴァお兄様……さっきぶり……ね。私の魔力じゃ維持できないからユティお姉様にも頼んだんだけど……やっぱり片道が……限界っ」


 一人ではゲートを維持できないから、ユティさんと協力して二人で繋げてくれたらしい。ここまでやってくれたオーロラちゃんとユティさんに、申し訳なさを感じた。


「ノヴァさん……教えてください……何があったんですか?」


 オーロラちゃんよりは息が安定しているユティさんが尋ねてくる。俺は彼女の目を見て、何があったかを話した。

 母の墓参りにシアを連れて行ったこと。その時にシアから母親の事を聞いたこと。そして話している途中でシアの様子がおかしくなって、ゲートの中に消えていったこと。


 最初、オーロラちゃんとユティさんは俺の話を難しそうな顔で聞いていたけど、母親の話になった時にはオーロラちゃんは青い顔をしていて、ユティさんは何かを深く考え込んでいた。

 話終わってからしばらくして、ユティさんが口を開く。


「まずいですね……あの子はきっと、母親と自分を重ねているんです」


「重ねている? 同じって……そういう……」


 ゲートに入る寸前で心ここにあらずという感じで呟いた言葉。あれは母親と自分が同じということだったのか。


「で、でもシアとシアの母親は違うでしょう? それこそ全然――」


「ノヴァさんはそう思っていますが、あの子はそうは思わなかった。あの子は外から見れば輝かしい歴史を持っているでしょう。18歳でアークゲート家の当主になって、すぐにコールレイク帝国との戦争を終わらせた」


 それはよく知っていることだ。闇夜の中で、ユティさんの灰色の瞳が鈍く煌めいた気がした。


「その過程で、あの子が綺麗なことばかりをしてきたわけがないでしょう?」


「…………」


「詳しくは流石に話せませんが、私達の母がやってきたこと……魔法を得るために他の全てを蔑ろにして、切り捨てて、恨みを買って、ということはあの子だってやっています。だから、気づいてしまったんです。自分はきっと、母親と同じだって」


 この世の中が綺麗ごとだけで出来ていないことはよく分かっている。だからシアがそういったことをしてきたのも、あってもおかしくないことだ。


「俺が……気づかせちゃったから……」


「……正直、なんであの子がここまで取り乱しているのかの正確な理由は分かりません。ですが私達の母親と自分を重ねているのは間違いないです」


「…………」


 何も言えなくなっているときに右手に感触を感じた。見てみれば、オーロラちゃんが手を握っていた。


「よく聞いてノヴァお兄様。アークゲート家の当主の継続には2パターンあるの。一つは円滑に先代当主から譲り受けるもの……そしてもう一つは、先代当主から力ずくで奪うもの」


 シアがどちらの方法で今の当主の座に収まったのか、考えるまでもないように思えた。


「私達はあの子と先代の間に何があったのか、継承の時のことまでは分かっていません。ですがこれだけは分かります。あの子の助けになってあげられるのは、ノヴァさんだけです」


「……俺……が……」


「前にも話しましたが、ノヴァさんがあの子を変えたんです。きっと、あの子はずっとノヴァさんに恋焦がれていた。だから当主になったんだと思います。フォルス家とアークゲート家。長年の確執がある両家の間で結ばれるのが無理なら、力ずくで上に立つしかないから」


 フォルス家の三男坊の俺と、宿敵であるアークゲート家の娘であるシア。今でこそシアが当主だから何の問題も起こっていないけど、10年前のあの日のままなら俺達が結ばれることは絶対にない。

 だから、シアは当主になった。今シアが苦しんでいる原因になった原因は俺かもしれない。


 なら、それを何とかしてあげられるのも俺しかいない。


「ノヴァさん、どこかあの子が行きそうな場所は思いつきませんか?」


「行きそうな……いそうな……場所」


 ゆっくりと空を見上げて、シアとの思い出を遡っていく。今日のアークゲート家での時間、サリアの街での時間、父上の屋敷での再会……そして、あの日の雪だるま。うずくまったあの時の少女の姿が変わり、成長したシアになった。


「……王都だ」


 そうだ、きっとあそこだ。いや、あそこしかない。そう呟けばユティさんは頷き、ポケットから小瓶を取り出してオーロラちゃんに投げた。


「魔力を回復させて、あと一回だけ無理やりゲートを開きます。通れるのはきっとノヴァさんだけ。帰ってくることも出来ません。でも、絶対に見つけられますよね?」


「あぁ、絶対にそこにいる。絶対に」


 確信をもって、俺は頷いた。ユティさんは小瓶を呷る。同じようにオーロラちゃんも呷った。


「これ……すっごく不味いのよ……だからノヴァお兄様、もしお姉様を見つけて連れ戻したら、どこか付き合ってよね」


「ごめんなオーロラちゃん……でもありがとう。うん、今度はサリアの街を案内するよ」


「あら、それなら私も仲間に入れて欲しいですね」


「もちろんです……姉妹全員を案内しますよ」


 そう言うとオーロラちゃんもユティさんも苦笑いをした。何か返し方を間違えただろうか。そう思ったけど、それ以上に気になることがあった。


「でも、大丈夫ですか? ゲートは発動者と一緒じゃないと使えないんじゃ……シアのときも彼女と手を繋がないと使え――」


 そこまで言葉を紡いでからあることに気づく。俺はついさっき、どうやってここに来た? ゲートを通ってだ。あれはシアが一人残された俺のことを思って使ってくれた魔法だと、今なら分かる。

 分かるけど、でもあのときは。


「そんなわけありません。ゲートは地点と地点を繋ぐだけです。繋げば誰でも入れますよ。手を繋ぐ必要もありません」


「…………」


 ユティさんの言葉を聞いて、俺は言葉を失う。そうだ、さっきのあのとき、俺はたった一人でゲートを通った。手を繋ぐこともなく、通り抜けることが出来た。


「……ゲートを通るのに……手を繋ぐ必要はない?」


「ほらノヴァお兄様、ゲート開くよ!」


 俺の声を無視して、オーロラちゃんは手を伸ばす。ユティさんも同様に手を伸ばしていた。

 金色の光が、再び現れ、集まっていく。シアのと同じゲートの魔法。手を繋がなくても使用できる魔法。でも手を繋がないと使えないとシアがそう言ったのは。


「きっと」


 光が、形を作っていく。


「いえ、間違いなく」


 小さな円が、出来上がっていく。

 ユティさんが、答えを紡ぐ。


「あの子がノヴァさんと手を繋ぎたいから、そんな嘘をついたんでしょう。ささやかで小さな……いえ、素敵な嘘ですね」


「ノヴァお兄様! 行って! お姉様を連れて……それでまた手を繋いでここに帰ってきて!」


 あぁ、シアは本当にいい姉妹に恵まれたんだな、と思った。


 オーロラちゃんに背中を押されると同時に、俺は光の中へ飛び込む。シアの光よりは弱々しくて、そして小さな円だったけど、とても温かく感じた。

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