第2話
そして、卒業パーティの会場にて。
僕はジュール様に言われた通りに婚約破棄を始めていた。
「ジュール様より言付けを預かっておりますので、述べさせていただきます。まず、マリィ様との婚約破棄をする経緯についてですが……」
この後の台詞、長かったんだよな。
と、僕はメモをとり出して確認する。
うわ、断片的な言葉しかメモできてない……。
僕は仕方なく、虫食いのメモを読み上げた。
「『俺は真実の愛を見つけた。それは金絡みの結婚だ』と」
「え……」
あ、マリィ様がきょとんとしちゃってる。
「真実の愛……とは、いったい……?」
確かにそれだと、愛なのか、金につられただけなのかよくわからない。僕の主人がこんなにお馬鹿な欲深男だったなんて、知らなかったよ。
「次に、ジュール様はこうも申しておりました。『俺は髪をなびかせながら生きる』」
「まあ……えっと、それは……爽やか、ですのね」
ジュール様が何を言いたいのか、僕にもわからない。
『髪をなびかせながら生きる』って何だろう。
あ、ジュール様のお父様のアドルフ様は、毛髪が乏しいお方だから……『俺は父とは違って、髪ふさふさで生きるぞ!』という宣言かもしれない。
僕は彼との会話を必死に思い出しながら、口を開く。
「ええっと……確か、新しい恋人ができたとか何とかです」
「はあ……そうなんですか」
マリィ様は呆然としている。自分が捨てられるということにショックはないようだ。
いや、ジュール様の伝言が意味不明すぎて、唖然としているだけかもしれないけど。
「あと、ジュール様はこうも申していました。『婚約破棄をすることで、俺が泣きすがろうとも、お前は無視をすればいい』と」
「はあ……ジュール様が、わたくしに泣いてすがるのですか?」
「はい。きっと泣き喚くだろう、とも言っていました」
「まあ……」
「ちなみに、マリィ様。ジュール様の新しい恋人が誰なのか、気になるのではないでしょうか」
「そうですね……気になると言えば気になります」
「ちょっと待ってください。名前をメモしておいたので」
確か「A」で始まる名前だったはず……。
あ、あった。
それらしき名前を見つけて、僕はそのまま読み上げた。
「……アドルフ・ミュッセ様です」
「え……っ? そのお名前は……ジュール様のお父様では……?」
「あれ……?」
そこで僕も気付いたけど、メモにはしっかりとその名前が書かれている。なんてこった。メモをとるのに夢中で、ジュール様のお相手がこんな大物だったとは気付かなかったよ。
すると、周囲からも懐疑的な声が漏れる。
「え、うそ……」
「やだ……親子で……?」
「っていうか、男同士……」
僕は次のメモの朗読に入った。
「ちなみに、ジュール様がマリィ様ではなく、その方を選ばれた理由ですが……『伯爵令嬢という立場でありながら、お前はいつも地味な格好ばかりではないか。その点、俺の新しい恋人はいつも美しく、華やかなドレス姿を披露して、俺を癒してくれるのだ』と」
「ジュール様のお父様が……!?」
「華やかなドレス姿……?」
「女装趣味なの?」
周囲のひそひそ声はより大きなものに変わった。皆、軽蔑したような顔をしている。
と、その時。
「話にならん!」
集団から1人の男が現れて、マリィ様をかばうように立った。
「お兄様……」
彼はシリル・ティロル様。マリィ様のお兄様だ。彼女とよく似た顔立ちをしていて金髪碧眼。肩につくくらいの長さの髪を後ろで1つに結んでいる。
「婚約破棄をこのような公衆の面前で告げるのはおろか、自分は姿を現さずに従者に代理を頼むだと!? うちの妹を何だと思っている!」
「申し訳ありません」
「お待ちください。お兄様。ロイクさんを責めても仕方ありません」
と、マリィ様はシリル様を宥めて、僕に向き直る。
「他にジュール様からの言伝がありましたら、すべてお聞かせいただけますか?」
「マリィ様……」
僕はじんと感動していた。
何てお優しいのだろう。
やはり、マリィ様は天使だ……。
しかし、シリル様はまだ怒りが収まらないらしく、荒々しく告げる。
「その前に、慰謝料の話だ! そのような勝手な理由で婚約を破棄するからには、こちらからは多額の慰謝料を請求させてもらう。1000万Gは下らないぞ! 払う当ては子爵家にあるのか」
「あ……お金の話ですよね? はい、『それくらいのはした金は、手切れ金代わりにくれてやろう』だそうです」
僕はしっかりと彼からの伝言を告げた。
すると、そこでマリィ様が初めて、悲し気な表情に変わった。婚約破棄の実感がようやく湧いてきたのかもしれない。
雨に濡れた子犬のような目を伏せて、
「ジュール様は、本当にわたくしとの婚約を解消したがっているのですね……」
僕は最後のメモに目を通す。今日の婚約破棄についての、ジュール様の意見が書かれていた。それをマリィ様の前で読み上げてもいいものか、僕は悩む。
――だから、その間にシリル様が別の話題を口にしていたことには、気付かなかった。
「子爵家はうちに借金までしていた。慰謝料を用意できるとは思えない。領地を売ってもまだ足りず……親子ともども鉱山送りになるかもしれぬのだぞ? その覚悟が彼らにはあるということだな」
「ジュール様は、『俺も、一度はやってみたかったのだ』と言っていました」
「炭鉱夫をか!?」
「『想像すると、笑いが止まらない』とも。あ、ジュール様のお父様も楽しみにされていたそうです」
「炭鉱夫にどれだけ前向きなんだ?!」
「あ、でも、ジュール様のお父様はドレス代について嘆いていたそうです……」
「着るのか!? 着るんだな!? 鉱山で!!?」
僕の知らないうちに、とんでもない勘違いが生まれていた。
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