第22話 今と昔のアップルパイ

12月20日。


というわけで、俺達は‥‥というより今回のメンツである俺と先生セヴァスティアン熊猫パンダ燒梅しゅうまいの二人と一匹は、村から南の地にある『パイの森』という場所にやって来た。


まぁ、タイトルにも書いているから分かっていると思うがアップルパイの材料及びお店特製アップルパイを買いに来ているのである。

あと、分かっていると思うが、パイの森に雪は降ってないぜ。


「えっと…先生。アップルパイを買いに来たんですよね?俺達」


「勿論です。ですが、ついでですからな…とっ!」


そんな会話をしているうちに、先生はコカトリスを一撃で倒した。

あぁ、言っておくがコカトリスは結構強い魔物だぜ?

この人が異常なだけだからな。


ちなみに言っておくと、俺も単独で倒せるだけの強さはもう持ってるぜ。

まぁ、数十分は掛かるけどな。


その俺と先生の後ろでは馬車を運転しつつ、俺と共にドロップアイテムを馬車に詰め込む熊猫パンダ燒梅しゅうまいの姿があった。

俺はまだ馬車の運転になれていないため、拇拇ももに頼んで付いて来てもらっているのだ。


そんなこんなしているうちに、俺達一行は森を抜け開けた場所に出た。

そこの中央に一軒のこじんまりとしているが煙突のある家があり、その玄関先で箒を掃く人の姿があった。


「お久しぶりです。羽゛多子さん」


ちなみに『羽゛多子』さんをなんて読むかはここでは説明しないぜ。

色々な方面から苦情が届きそうだからな。


「あらあらまぁまぁ。こんな辺鄙な所まで、いつもありがとうねぇ」

「品物はもう用意出来ておりますので、どうぞどうぞ中へお入りくださいませ」


結構お年を召されていた羽゛多子さんに手招きをされた俺達は、家の中へと入って行った。

そして、彼女は品物を取りに奥の部屋へと消えて行く。


「あの方って、お一人でここに住んでるんですか?」


小声で先生に訊く。


「今はそうですなぁ」

「少し前までは旦那さんとペットの犬と一緒に住んでおられましたが…」


おっと、それ以上は聞いてはいけない気が色々したので、そこで話は終わるぜ。

そうこうしているうちに、奥から羽゛多子さんが荷物を持って出て来た。


ドスン


という音と共に、右手に担いでいたソレを床の上に置いた。

30kgはありそうな袋につめられた小麦粉の袋だった。

そして、もう片方の肩に乗せているリンゴの入った段ボール3箱を置いた。

流石は、愛と勇気だけが友達のアニメに出て来る登場人物にそっくりな名前の人だけのことはあった。


羽゛多子さんは更に奥の部屋へと入って行き、もう一つ依頼していたアップルパイの入った3箱を持って戻って来た。

厚みが5cm、直径30cm程の羽゛多子さん特製アップルパイである。


「これで間違いなかったですかねぇ」


先生は商品を一瞥した後、爽やかな笑顔で『間違いございません』と答えると、財布を取り出し料金を支払った。


「毎度ありがとうねぇ」


そう言う羽゛多子さんを背に、俺と先生と燒梅しゅうまいは荷物を馬車に詰め込んで森を後にして帰校した。


そんなわけで、お昼はアップルパイだ。

食堂のテーブルに並べられた3つのアップルパイは、先程先生の手によって均等に切られた状態である。

そして、各席には先生の特製レモンティとアップルパイの受け皿が置かれている。


「流石は羽゛多子さんのお手製アップルパイは絶品ですわ」 by 綾香


「うむ。流石は羽゛多子さんじゃ。先生のも美味いが羽゛多子さんは更にその上を行くわい」 by 侃三郎かんざぶろう


「本当、羽゛多子さんのアップルパイは絶品ですね」 by 葉月


「本当に素晴らしい仕事をされる方ですね。羽゛多子さんは」 by けい


「いやぁ、羽゛多子さんのアップルパイは最高やわ」 by 千里


「本当れふね。はふはふはふ。しゃしゅがはばはほはんれふね」by リョク


「羽゛多子さんのアップルパイは世界最高峰にゃ」 by 拇拇もも


「ウァ」


「今度、羽゛多子さんに教えてもらいにいこうかなぁ」 by 小春


おーい。あまり羽゛多子さん羽゛多子さん言わんでくれ。

本格的に、この作品がヤバくなりそうだ。


そんな事を思いながら、ふと、いつものように真横に陣取り無言でもっしゃもっしゃとアップルパイを味わっているユウキに目をやる。


「アップルパイ美味いか?」


「最高」


ユウキはそう答えると、右手の親指を立てた。


「そうか。なら買いに行ったかいがあったな」


そう言ってアップルパイに口を付けた瞬間、ふとジャンヌの顔が目に入った。


「………」


ジャンヌが無言で見つめていた先は、俺の真横でアップルパイに夢中になっているユウキであった。

そして程なく、俺の視線に気づいたジャンヌと目が合う。

他の面々と違って美味しそうに口にして無かったので、つい訊いてしまった。


「そのアップルパイ。口に合わないのか?」


「いや、アップルパイは非常に美味い……だが、お前は非常に不味い」


それだけ言うと、ジャンヌは終始無言でアップルパイを食べていた。

俺はジャンヌの言っている意味が分からなかったが、それ以上訊いたところで答えるわけも無いので、そのままスルーしたのだった。


------


西暦2042年5月7日。


巷ではまだまだゴールデンウィークなどと浮かれているが、俺は少し前にようやく病院のベッドから抜け出せたばかりで、通院の日々が続いていた。


そして、いつものように病院までいく道中に購入したアップルパイと甘々のコーヒーミルクを手に病院の中庭にあるベンチに座っていた。

程なく、白衣を身にまといぼさぼさ髪の小動物のような少年が、ぽふっ、と俺の横に座る。


「今日も食べるかい?」


俺はそう言って、彼にも見える位置に袋を開けた。


「うん」


彼はそういうと、袋からアップルパイとコーヒーミルクを取り出して、もっしゃもっしゃと食べ始める。


「美味しいかい?」


「うん」


彼は無表情でそう答える。

そんな彼と出会ったのは1月前。

待ちに待った退院の前日、丁度この場所である。

たまたま食べようとしていたアップルパイをジッと見つめていたので分けてあげたのがキッカケであった。

それからというもの、通院の日は、彼とはこうして会うのが日課となっていた。


「ゴールデンウィークはどこかに行ったのかい?」


彼はフルフルと首を横に振る。


「仕事があるから」


そう言うと、彼はアップルパイを一口もっしゃりと食べた。


「そう言えば、最初に会った時も仕事してるって言ってたね」

「どんな仕事をしているんだい?」


「自立進化型人工知能のアップデートとそのサーバーの保守作業と人工有機生命体の研究」


学校の課題なのだろう。

最近の小学生は、そんな高度な課題をやるんだな。

と俺は思ったのだった。


「そうかい。凄いなぁ」

「あぁ、そうだ。自立進化型人工知能と言えば、うちにもその子が居るんだよ」


「ほぅ」


「緑子と言うんだけど、家の中限定だけど自由に行動が出来るんだよ」


「ほほぅ」


「って、信じられないかも知れないけどね」


俺の言葉に、彼はフルフルと首を振る。


「そうかい。そう思ってくれると助かるよ」


俺は照れ笑いをしながら頭を掻いた。


「その子に会っても良い?」


「え!?あぁ、勿論構わないよ」


そんな彼の言葉に快く承諾したのだが、その機会は二度と訪れることは無かった。

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