第26話 嫌な時はなあ、逃げたっていいんだよ。
結衣と男が睨み合う。それも長い間。
だが、その均衡がついに敗れる。
「【
結衣の右手に【
左手にも【
「【
その詠唱とともに、左手にあった【
しかし、結衣の放つ【
「なるほど、この程度の火力は破られるのか。それなら!」
結衣は、さらに魔力を放出させる。
その間に男は光を放つ。
「危ないわね。」
結衣は、その光を間一髪で避けた。
あの光には少しでも当たってはいけない。
あの光には魔力の放出を抑制する力があるからだ。
結衣は、あの光に当たると私がただの役立たずになる、と心の中で考える。
「【
結衣は放出させた魔力を一気に1箇所へ蓄積させる。
その蓄積した魔法は【
「【
【
男は、その球を光で受ける。
その間に結衣は、もう1つの【
男は、その【
しかしその前に、結衣が男へと近づき、ナイフを持つ右手首を取り押さえる。
「ぐぬ!?」
「チェックメイト! 警備隊が到着するまで待ってるんだよ。」
「......。」
男は、黙っていた。
「あと、そのナイフを捨ててね。」
「......。」
「捨ててって言ってるの聞こえない?」
結衣は【
「......。」
男は、黙っていた。
「ねぇ、聞こえて――」
結衣が男へ向けて叫ぼうとした瞬間、結衣の右腕を光が貫いた。
「馬鹿かよ、地面に反射してる少しの光でも俺は攻撃できんだよ!」
「ッ!?」
魔力が放出できない......!?
「チェックメイトだ、女ども。」
――――――――――
「はぁ、はぁ、はぁ。ここまで来れば大丈夫だろう。」
信長は男から逃げ、村の南までやって来ていた。
途中、結衣と遭遇したため、イリスが戦っていることを知らせた。
大丈夫だろうか、と少し心配しながらも自分の命を優先し逃げてきた。
だが、そんな信長の前に1人の男が立ち塞がっていた。
「誰だ、おぬ......し。」
一瞬、本当に誰なのか分からなかった。
着ている服も、見た目も、異世界に染め上げられていたからだ。
だが、その顔は確実に信長の記憶の中にある。
その顔は、信長の記憶を掘り起こす。
その顔は、信長を乱世へと引き戻す。
「まさか、俺のことを忘れたのか?」
「いや、すまないな。もちろん覚えているとも。」
信長は改めてその男の顔を見つめ直した。
「――徳川家康。」
「おぉ、覚えていたか。よかったよかった。」
「我としても嬉しいぞ。もしかしたら、この世界に1人で来てしまったのかと思っていたからな。ただ、お主がいるのであれば話は別だ。家康よ、お主は今、何をしているのだ?」
「それは答えられないな。」
「なぜだ?」
信長が家康にそう言った時、家康が腰にかけて合った刀を抜いた。
「刀を抜け"第六天魔王"。ここで俺はお前を斬る。」
「と、突然何を言い出すのだ。お主と我は味方だ。仲間だ。だから斬り合うということはないのだ。」
「それは有り得ない。俺とお前が味方なんて断じて有り得ない。」
「何を......言ってるのだ。」
「早く刀を抜け。俺を退屈させるな。」
「いや、ちょ、何を言っているのか。我にはさっぱりだ。」
信長は刃を向ける家康の顔を見つめる。
すると、かつての記憶が一気に駆け巡った。
家康と出会った頃から、最後に会ったあの頃まで。
「じょ、冗談......だよな。」
「飽きた。もう斬り落とすぞ。」
家康はただ一言そう言うと、信長へと向けて走り出す。
「ままま待て待て! 本当にお主は徳川家康なのか? 我の知っている家康は鳴くまで待ってくれる心広き男だったぞ!」
「うるさい。俺はあの方に救ってもらった。だからこそ、あの方の命令に従うだけなんだ。」
「あの方って、誰なのだ。」
「お前に言う必要はない。ただ、俺はお前の味方だった記憶なんてないからな。」
「は?」
家康の振る刃が信長のすぐ横を通り過ぎた。
信長はとっさに避け、そのまま逃げ出す。
なんで、家康が我との記憶を覚えていないんだ? なぜ、なのだ?
家康があの家康が。なんで、なんでなのだ!
家康の刃がもう一度信長へと襲いかかる。
だが、信長はショックのあまり、いつも通り叫ぶことができない。
しかし、次の瞬間だった。
家康の目の前から信長の姿が消えた。
それだけではなく、砂を大量に巻き込んだ竜巻が目の前で発生した。
「くっ、ここまでか。忠勝!」
家康がそう叫ぶと、突然上空から巨体の大男が降ってきた。
「撤退だ、忠勝!」
「御意。」
そう言うと、家康が忠勝の呼ばれる大男の肩の上に乗る。
そして、砂を巻き込む竜巻を影に姿を消していった。
「間一髪だったね、信長くん。」
信長のピンチを救ったのはミラン先輩だった。
信長に姿を透明にさせることのできる魔法を使い、そして目の前で竜巻を起こす魔法を使った。
「......」
「あれ、信長くん?」
ミラン先輩が信長の顔を覗き込もうとした時、信長は村の宿へ向けて走り出してしまった。
なぜ、なぜ、なぜなんだ!
宿へ入るとすぐに自分の部屋へと向かい、頭を抱え座る。
なぜ、家康が。
他の家臣はどうなんだ。
他の者も我を忘れているのか。
家臣との交流があり、思入れがたくさんある信長にとって、自分という存在が忘れられているということが心へ大きな傷を与えた。
そんな信長をミラン先輩は追ってきていた。
「信長くん! イリスくんと結衣くんが大変なんだ! だからさ!」
「我は戦えない。我は弱いから。」
「そんなことはない! 君は強いんだ!」
「どこがだ! 我に何も力がないから、いつも誰かに救ってもらってばっかなのだろ!」
「信長くん......」
「ミランよ、そこにある酒を我に取ってくれないか。」
信長はそう言うと、机の上に置かれている酒を指さす。
だが、ミラン先輩は家康と出会った後の信長の様子から、何かを察した。
「信長くん、ボクは結衣くんたちのところへ行く。酒は自分でなんとかしてくれたまえ。」
ミラン先輩はそう伝えると、部屋の出口へ向かった。
「信長くん。みんな誰しも辛いことを乗り越えて生きているんだ。それだけは忘れないでね。」
ミラン先輩はそう言うと、宿から出て行った。
―――――――――――
セミがうるさく鳴いていた。
そんな真夏の日、信長とその父、信秀は男2人で腹を割って話していた。
「信長、もし誰かがお前を裏切ったらどうする?」
「は、急に何を言い出すんだ? 親父。」
「まぁ、聞け。もしもの話だ。」
信長はしばらく悩み、そして答えた。
「逃げ出すかもな。でも、そんなことできるわけがないだろうから、何もなかったかのように生きていくかもな。」
「だろうな。お前、馬鹿そうに見えて仲間は大切にするようなタイプだもんな。」
「うるさいな。」
「それでもな信長。そんなんじゃ、心の中に暗闇が溜まっていく一方だ。お前が持たない。いつか病むぞ?」
「じゃあ、どうすればいいんだよ。我がここで逃げたら織田家が終わるのではないか。親父もそう言っておるだろ。」
信秀は空を見上げる。
雲1つない青く続く空を。
「それでも逃げろ。何もかもからな。」
「だけどそれではダメではないか。織田家が滅んだら守れるものも守れなくなる! だから、我が本気で戦うしかないんだ。守るためには、たとえ我がどうなろうと。」
「織田家を継ぐ覚悟ができたってことでいいんだろうけど、半分、他の人のセリフをパクってるだろ? まだまだ覚悟が甘いな。」
「ギクッ!?」
「ただ......。やめとけノブ、お前が苦しくなるだけだ。」
信秀はそう言うと、ゆっくり立ち上がり信長の前に立った。
そして、思いっきり信長の頬を叩く。
「嫌な時はなあ! 逃げたっていいんだよ!」
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