第27話 フリガナを振るのが大変になってきた。

「はぁ。」


 信長は強めのため息をついた。


「『嫌な時は逃げてもいい』か。親父もアニメのセリフをパクってるではないか。」


 そう言うと信長は酒を一気に口へ放り込んだ。

 すると突然、信長の視界が大きく回転し始めた。頭は真っ白になっていく。


「ありゃ、いつの間にか1本飲み干しているではないか。」


 信長がそう言った時、眠気が信長を襲った。

 

「我も、酒が、よわく、なった、な......。」




――――――――――




「まだ......。まだ負けたわけじゃないんですけど?」


 結衣は全力で魔力を放出させる。


「いや、テメェはもう無理だよ。だって戦えないだろ? 早く楽にしてやるからじっとしてて。」


「大人しくできるわけ、ないでしょ。」


 結衣は貫かれた右腕を抑えながらも、その右手を男へと向ける。

 

「【蓄積チャージ】!」


 ゆっくりと手のひらに【火球ファイヤーボール】が作り上げられていく。

 男はナイフを月へ向けた。

 そして、月の光が結衣へと放たれる。

 同時に結衣も【火球ファイヤーボール】を放つ。

 だが、結衣の作った【火球ファイヤーボール】は完全なものではなかった。

 そのため、簡単に月の光に飲み込まれてしまった。


 それだけではない。

 結衣の放った【火球ファイヤーボール】では月の光を止めることはできず、光はそのまま結衣の右肩を貫いた。


「......!?」


 今まで味わったことがない。

 この世界に来てから初めて味わった感覚だった。

 全身の血の流れがしっかりと分かる。

 貫かれた部分が熱い。

 しかし興奮しているからだろうか。不思議と痛みはなかった。


「もう......いち......ど。」


 結衣は、もう一度魔力を放出させる。

 それもこれまでの人生で、最大の出力の魔力を。


「なんでそこまでして戦おうとするのかな。俺には分からないや。」


 結衣をここまで強く動かす理由は簡単だ。

 元にいた世界では有り得ない光景を目の当たりにしたからだ。

 大事な人を拐われしまった。

 そんな人たちを見ることなんて、今までの生活では有り得なかった。


 だからこそ、初めて見た。

 だからこそ、その人たちの為になりたいと思った。

 だからこそ、ここで負けていられないと思った。

 だからこそ、今ここで立ち向かうんだ。


「【蓄積チャージ】!」


 結衣の右手に作り上げられたのはサッカーボールほどの大きさにまで膨れ上がった【水球ウォーターボール】。

 一方、男はナイフを月へ向けた。

 そして、結衣の後ろで回復していたイリスが一定量の魔力を放出し終え、体に電撃を走らせ男へ向けて走り出した。


 これが最後の攻撃だろう。


「【発射ショット】!!」


「【雷剣サンダーソード】!!」


 結衣とイリスの声が重なった。

 だが、そんな結衣とイリスの体の間に光が通過した。

 その光は、建物へ激突。

 しかし、そこで光が終わることがなく、建物で反射して結衣の右腕とイリスの腹部を更に貫いた。


「「ンンッ!?」」


 結衣とイリスがその場で倒れ込んだ。

 最後の攻撃が遮られてしまった。

 そんな2人に男がナイフを向ける。


「もう油断はしない。確実にテメェらを仕留める。」


 そう言うと、男はナイフを月へ向けた。

 すると、月の光が辺り一面へ乱反射される。

 それは、避け場のない完全な領域を作り上げていた。


 発射から着弾までタイムラグがあった。

 それでも、避ける場所はない。

 体を動かすこともできない。


「お願い、誰か、助けて。」


 結衣は、この世界に来て初めて誰かに助けてを求めた。

 今まで1人で戦ってきた孤高の戦士だった結衣だからこそ、有り得るはずがないことだった。

 助けを求められていた結衣が助けを求めた瞬間だった。


 その時、突如として光が消えた。

 その場にいた全員が何が起きたのかを理解することができなかった。

 ただ、そのような状況の中でも、たった1つ分かることがある。

 それは――


――結衣とイリスの前に、あの"第六天魔王"が立っていた。

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