第18話 たとえ才能がなくとも立ち向かう者はみんな強い。

 耳元で囁かれたという表現が果たして本当に正しいのか疑うほど、その言葉は鮮明に少年の心に響いた。


――俺が強い?


 囁かれた声は最近よく聞く声で、教室でも聞こえる声で、そして、どこか安心感のある声。

 

「お前は織田信長?」


 男はそう言う。

 トイレに行ったはずの信長はスッキリした顔で少年を見つめていた。


「お主は我が玉をつぶしてしまったハエナじゃないか。無事そうでよかったぞ。あとお主の彼女が心配しておったぞ。」


「……。」


 少年は黙る。

 俺は本当に彼女のためになれたのだろうか。


「そんなに心配か? 自分が彼女の役に立てているのかどうかが。」


 信長の言葉が少年の心情を深く包み込んだ。


「安心しろ。たとえ才能や能力がなくとも、たった1つ大事な人を守りたいと思う気持ちだけで立ち向かえる者は充分強いと思うぞ。」


 少年はその言葉を聞くと、そっと信長の顔を見つめた。


「だから誇れ。そして今と同じように、これからも彼女を大事にするんだな。」


 少年は深く頷いた。

 その様子を見た信長はそっと立ち上がり、この事件の犯人であろう男を睨んだ。


「それに比べて……。」


 全ての元凶。

 多くの人の人生を狂わせた人物。

 それが今、信長の目の前にいる。


「お主はクソ野郎だな。」


「なん……だと。」


 男の顔が歪んだ。

 その表情を見て、信長はさらに言葉を続けた。


「他人の関係を崩すのがそんなに楽しいか? 確かに我もNTRものは好きだ。だがな、それを現実で求めてなんかいない。我は現実と幻想の区別くらい出来てるからな。我が求めてるNTRとは、Aな感じのするVでのみだ。」


「何が言いたい。」


「つまり、現実との境目を見失ってるお前はクソ野郎だってことだ。これで我がクソ野郎と言った理由が分かったか?」


 男の顔がさらに歪む。


「AなVしか見てこなかったお主に、1つだけ良いことを教えてやる。他人を呪う暇があるなら、自分磨きでもしするんだな。童貞野郎。」


 信長の声が空間に響く。


「テメェ、殺されたいのか?」


 もちろん男はキレた。


「え、ちょっと、待って……。なに? 我、殺されるの? 嘘でしょ? 我はただ交渉したかっただけなんだぞ!」


「うるせぇ。」


 男は短剣を構え、信長へ向かって走り出した。


「ちょっ、待てよ。って、マジで殺す気? ねぇ! マジで殺す気なの!? いやぁぁぁぁぁ! ダメ、やめて! 殺さないで! 助けてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 先程まで少しカッコよかった信長。

 しかし、今はいつも通りの信長だった。

 男は信長の顔へ向けて、短剣を振り下ろす。


 そう、信長へ。

 男は完全に信長へ狙いを定めて振り下ろしていた。

 そのはずだ。

 だが次の瞬間には、信長は目の前から姿を消していた。

 その代わりに、2人の女の子が目の前にいた。


 1人は剣を持ち、雷を纏っている女の子。

 もう1人は両手に【水球ウォーターボール】を作り出し、男を狙っている女の子。

 男はとっさに後ろへ下がった。


「何が、起きたんだ。」


 目の前の現象が理解できなかった。

 だが、信長を含め、犯人の男以外の人は理解していた。


 タチワによる【物体交換】だ。

 つまり、結衣たちが助けに来たのだった!


 信長のいた位置と結衣たちの位置を交換した事により、男の相手が信長ではなく、結衣たちへと変わる。


「俺に近寄るな!」


 犯人の男は後ろに下がりながら、懐からいくつかの玉を投げる。


「俺のために働け! 犬ども!!」


 男の投げた玉は少しずつ割れていき、そして中からゴブリンが出現する。

 だが、ゴブリンたちは一瞬で倒されることとなる。


「【雷剣サンダーソード:抜刀術】」


 イリスがそう言うと、イリスに近づいていった全てのゴブリンが一瞬で斬り落とされた。

 

「【発射ショット】」


 イリスが倒しきれなかったゴブリンを結衣の【水球ウォーターボール】が撃ち抜く。


「嘘、だろ。」


 さらにもう一歩。

 結衣とイリスは踏み出した。


「【蓄積チャージ極微ミクロ】」


 結衣がそう唱える。

 すると結衣と男の間に、無数の小さな【火球ファイヤーボール】が作り出される。


「さぁ、これを爆発させたらどうなるでしょうか?」


 結衣はそう言うと、男の顔に【火球ファイヤーボール】を近づけた。


「やめ、ろ。」


「警備隊が来るまで何もせずに大人しく待ってるなら爆発はさせない。」


「……。わ、かった。降参だ。」


「それでよし。」


 これにて、事件の幕が下りた。




――――――――――




「結局、あの犯人はしっかり捕まったらしいよ。」


 後日、教室にて結衣がそう信長に伝えた。


「そうなのか、それは安心だな。」


「まぁ、今回に限っては信長の手柄だね。あそこで、信長がお腹を壊してなかったら分からなかったしね。」


「ふん! 感謝したまえ!!」


 信長はドヤ顔でそう言った。


「ま、感謝してほしいなら、ちゃんと授業を受けてからじゃないとダメだからね〜。」


「なッ!?」


 あの場には、タチワとハエナ以外にもたくさんの人がいた。

 つまり、たくさんの被害者がいた。

 そんな永遠の地獄から解放した信長たち。

 ヒーローとでも言えるような彼らだが、彼らの生活が大きく変わることはなかった。




――――――――――




「目覚めたか?」


「……。」


「ま、お前は元々無口な奴だったからな。大丈夫だろう。それよりも朗報だ。」


「ッ?」


「あの織田信長が、もうこの世界で活躍してるらしいぞ。」


「ッ!」


「なら、俺達も早く行動を始めないとな。」


「ッ。」


「よし、行くぞ! 本多忠勝!!」

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